第11話 学校での騒動
今日は朝から気が重い。
王立学校への送迎はできれば別々にしたかったが、結局一緒に行くことになった。何かあっては困るというのである。
(うーん、でもなあ)
学校での衆人環視のもとでレオンハルト王太子と一緒に登校する。しかも、同じ馬車に乗ってというのは非常につらいものがあった。
(何を言われるかわかったものではないわ)
それに、レオンハルト殿下自身の立場が、私のせいで悪くなる可能性だってある。
私はそれとなく、殿下にそのことを伝えたが、彼は全く意に介していないようで、
「全然問題ないさ。困ったら僕がなんとかして見せる」
とにこやかに言っていた。
(まあ、しょうがないか)
とにかく、彼が王位につくことが確定するまでは、協力しなくては。
◇
私がレオンハルト王太子に寄り添うようにして、馬車から出てくると、当然のことながら、皆が驚愕した顔でこちらを見ていた。中には、以前王太子の取り巻きをしていた人も何人かいて、にらみつけるような目で見ている。
(いや、これは違うんです。誤解なんです)
そう言い訳したかったが、いちいちして言い訳して回るわけにもいかない。
レオンハルト王太子は威風堂々と歩いているのに対し、非常に気まずい気分でうつむきながらついて行く私だった。
(ああ、やっぱりこうなるのは分かっているのに……)
「あの、もう少し離れてもいいですか」
「いや、だめた。学校の中に入るまでは、せめて一緒にいてくれ」
周囲の人間は皆、レオンハルト王太子に挨拶している。彼に何か聞きたそうな顔をしていたが、誰も直接聞く人間はいない。そして、誰もが私に気がつかないような振りをしながら、チラチラ見ているのもよくわかった。実に微妙な空気の中、私は王太子殿下と一緒に学校に入って行った。
そこで解放されるかと思いきや、王太子殿下はなんと教室まで私をエスコートしていった。教室にまでたどり着くと、ようやく私は解放された。
「用事が終わったら、迎えに来るから」
そう言ってレオンハルト殿下が去っていくのを確認するや否や、私の周りにクラスメートたちが殺到してきた。
まあ、そうなるよね。
◇
色々な質問が飛び交う中、私はどうやって説明すればいいのか困惑していた。殿下からは、彼が命を狙われていることと、私の能力のことさえ言わなければ、後は何を言ってもいいよとは言われていた。
(それで、どうやって説明すればいいのよ……)
絶望的な気持ちになりながらも、一応説明することにした。
「この間、偶然王太子様を助けたから、とても感謝されたのよ。あのときは、たまたま私の足がもつれて王太子殿下にぶつかっただけなんだけど。いや、本当にそうで、単に偶然なんだけどね。そうそう、今日は偶然にも学園に行く途中で声をかけられたから、断りきれなくって一緒に馬車で学園にいくことになったのよ」
まあ、これならおおむね嘘ではない。皆が首をひねりながらもとりあえず理由がわかったので、解散、となりそうだった、その時。
「そんなわけないじゃない」
そこに現れたのは不肖の妹マリアンネだった。
「だってこれから三ヶ月も王太子殿下のところで寝泊まりすることになっているのよ。そんな、馬鹿なことってある。ちゃんとここで説明してちょうだい。ちゃんと」
途端にみんなが騒ぎ始めた。
「うーん、それは……」
もう頭が真っ白になって言い訳が思いつかない。
「きっと、恩を着せてレオンハルト様を誘惑したのよ。そうに違いないわ」
マリアンネの一言を聞いて皆はイキリたった。
「最低……」
「レオンハルト様のご好意につけ込んで、なんていうひどい女なの」
「淑女のたしなみを知らないなんて」
一斉に非難の声が教室中に飛び交う。ああ、またこうなってしまった。どうしよう。どうすれば……
「聞いてくれ、みんな。それは違う」
そこに現れたのはレオンハルト王太子だった。皆が一斉に彼の方を向いた。
「助けられたのは本当だ。それは間違いない。彼女が身を挺して助けてくれたんだ。でも、彼女が僕を誘惑したってのは違う。本当は僕から彼女につき合ってくれって頼み込んだんだ」
皆が驚きの声をあげて私の方を見る。いや、間違いじゃないけど…… 何か大きな勘違いをされそうな気がする。とても紛らわしい言い方なのではありませんか、王太子殿下。
「彼女は有能だから公務も手伝ってもらっているんだ。だから、ユリアには申し訳ないけど、ずっと一緒にいてもらっている。今後は彼女のことを侮辱したら僕が絶対に許さないから、みんなはそのつもりで」
……契約が終わった三ヶ月後、本当に付き合ってないと知られたら、私どうすればいいんだろう。もう、ここには通ってこれないのでは。
「嘘よ、絶対嘘、私信じない。私よりも格上の相手に愛されるなんて…… 絶対嘘よ」
ガシャーン
妹のマリアンネはそばの机を蹴っ飛ばしたあと、足を押さえてうずまった。
「い、いたたた」
「大丈夫? マリアンネ」
私が心配そうに覗き込むと、彼女はおもむろに立ち上がって、何も言わずに少し足を引きずりながら教室から出ていった。
皆が呆気に取られる中、彼は相変わらず涼しげな表情で私の肩を抱き寄せ、こう言った。
「さあ、ユリア、行こうか」
私は祝福する声と、それと同時に、ギリギリとして歯軋りや、羨望や怨差が混ざった眼差しを背中に感じながら、教室を後にした。
◇
「いったい、この状況をどうしてくれるんですか。王太子殿下」
教室から離れてから、すぐに私は彼の手を振り解いた。
「どうって、別に嘘は言ってないだろう。全部、本当のことじゃないか。これで君もいじめられることはない」
「三ヶ月後はどうするんです? 私、もうどこにも居場所がなくなります」
「居場所がないなら、僕のところにずっといればいいさ。何も問題ない」
「そういう問題ではないんですけど」
私はため息をついた。
「なら、いっそのこと、僕とつきあう?」
彼はクールな様子で、冗談なのか本気なのかも全くわからない。
「互いにフリーだし、悪くない話じゃないかな」
「あの、いい加減にしてもらえますかね」
私はだんだんと腹が立ってきた。
「とりあえず、僕のことをレオって言ったらいい。君のことはユリアって呼ぶから」
「私、帰らせてもらいます。荷物は後で届けてもらいますので、それでは」
私が回れ右をして立ち去ろうとすると、レオンハルト殿下は慌てて私を止めた。
「いや、ちょっと待って、ちょっと待って。僕が悪かった。三ヶ月後になったら、君のことはみんなにきちんと責任持って説明する。だから、行かないでくれ、お願いだから」
必死にお願いされると私は弱かった。それに、命を狙われている人を見捨てるわけにもいかない。
「冗談を言うのは、今回だけですからね」
私はそう言って念を押すと、深いため息をついた。
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