第10話 黒幕

「僕を殺害しようとしているのは、王妃である母のベルタ・ネッツァーだ」


 重い一言だった。しかし、彼の表情は思いの外、晴れやかなものだった。


「つまり、誰が王宮内で敵か味方か全然分からないんだ。確かに、僕を支持する派閥と、オスカーを支持する派閥は明確に存在しているが、王妃がオスカーについているとなると、話は複雑になる。父はもう自分の意思を示すことができないけれど、父に一番近いところにいるのは母だからな。誰が裏切るか分からないんだ」


「それで、殿下は王宮ではなく、別荘にいるのですね」


 本来、敵から身を守るなら、王宮に籠るのが最も安全であるはずだった。しかし、現在の状況では、王宮こそが最も危険な場所と言えた。


 レオンハルト殿下は少し驚いた顔をして、私の方を見た。


「すごいな君は。何も言わなくてもすぐに分かるなんて」


 彼は満足げにゆっくりとうなずいた。


「この別荘にいる使用人たちは全て長年自分のところで働いていた信用ある人間たちだ。護衛代わりの従者が二人しかいないのも、本当に信用できるのが彼ら以外にいないからなんだ。二人だけど彼らは腕が立つから信頼してくれ。君を疑っているのも彼なりに僕のことを心配してくれているからなんだ」


「わかっています。それにしてもどうして王妃があなたの命を狙っているのですか?」


「本当の母親じゃあないからな。しょうがないさ」


 私は言葉を失った。


「僕の母親は僕が物心つく前に亡くなっていた。僕は本当の母親の顔を覚えていない。だから、継母のベルタのことを最初は実の母親だと思っていたんだ。彼女はとても優しかったけど、弟のオスカーが生まれた途端、僕に冷たく当たるようになってしまったんだ」


 私がうなずくと彼は話を続けた。


「最初は本当に訳が分からなくて、泣いてばかりいたけど、後から彼女が本当の母親ではないことを教えてくれる人がいて、それで、分かったわけさ。だから、もう悲しくはない。ただ、命を狙われるのは困ったもんだけどね」


 レオンハルト殿下はおどけた様子で喋っているけれど、以前に見かけたときのような冷たい目つきになっていた。


 私は彼の気持ちが痛いほど分かる。私も継母に嫌がらせを受けていたから。


 でも、私は実の母のことを覚えていたし、その時は母から愛情を受けてもいた。だから、実の母だと思っていた人から裏切られてしまった彼の、絶望的な気持ちは自分のものとは比べ物にならないくらいなのかもしれない。


「これから、どうするおつもりですか?」


 継母とは言っても、自分の命を狙われているのだ。こちらから、なんらかの手を打たないければならないのではないだろうか。


「どうもしないさ。ただ、三ヶ月後に王になれば彼女の力を削ぎ落とすことができるだろう。それまでの辛抱さ」


「ですが……」


 私が言い募ろうとしているのを制して、レオンハルト殿下は話を続けた。


「状況証拠はだいぶそろっているけど、決定的な証拠がないんだ。王妃を取り調べるには不十分だ。こちらが下手に動くと逆に嵌められてしまう可能性がある」


「わかりました。ではこの三ヶ月間は外出を最低限に控えて、別荘に籠るしかありませんね」


「いや、王立学校にはもちろん行く。それから、王太子とはいえ、公務も結構あるのでそれもこなさなくてはいけない。何せ父のクラウス王は病床にいるからね」


「せめて、王立学校を休むわけにはいかないのですか?」


「本当は別荘に逃げるのも嫌だったんだ。考えてみなよ。危険にさらされているからと言って、おめおめと逃げるような男を王にしたいと思うのかい? 僕はごめんだね」


 そう言われて、私はうなずくしかなかった。この三ヶ月は思った以上に大変になりそうだ。果たして自分はうまくできるのだろうか。


「深刻な顔をしないでくれよ。これでも十分勝ち目は出てきたと思っている。君という切り札が手に入ったんだからね。明日は一緒に学校に行くよ」

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