第9話 別荘にて
別荘に着くと、メイドの人に2階の部屋へ連れて行ってもらった。ドアを開けると、暖かな色調で統一され、優雅な調度品が並ぶ、広々とした部屋が目に入ってきた。
「ご自由にお使いなさいませ」
メイドは部屋に私の手荷物を置いた後、丁寧にお辞儀をして去っていった。
部屋の中央には、美しい刺繍の入った布地でできたソファやクッションが配置され、大きな窓から差し込む光は、重厚なカーテンで調整され、部屋全体に柔らかな明かりを与えていた。カーテンを開けると、眼下には美しい庭園の眺めが広がっている。
部屋の奥の扉は寝室に繋がっていて、中には大きなベッドと鏡台が置かれていた。ベッドカバーは深い紺色で、金糸で織り込まれた模様が煌めいている。
(うーん。なんだか落ち着かないわね)
私は荷物を片付けると、広々とした部屋をぐるぐると歩き回った。
すると、部屋の扉を叩く音が聞こえた。
「ユリア様。レオンハルト殿下がお呼びです」
◇
私は王太子の部屋に連れてこられて、テーブルを前にレオンハルト殿下と向かい合って座っている。メイドが入れてくれた紅茶の良い匂いが漂っていた。
従者二人とも部屋の中にいて、王太子殿下の後ろに控えている。
「別荘は僕が信用できる人間しかいないから、そんなに緊張する必要はありません。好きに過ごしてください」
うーん。好きに過ごせって言ってもなあ。と思いつつ部屋の中を見回す。部屋の隅にある机にはたくさんの書類が置かれていて、壁一面に備え付けている本棚にはぎっしりと本が置かれている。
「何か用事があるときは執事のベッカーになんでも言ってくれ。彼は信用できる人だから」
「わかりました」
「では、あらためて紹介しよう。彼がジョヴァンニ・モンテローソ、そして、彼がヴィクター・ブラッドウェルだ」
彼らは無言で会釈した。
ジョヴァンニ・モンテローソは背が高く、クセの強い茶髪、顔が少し赤ら顔だった。なんとなくニンジンを思わせた。もう1人はヴィクター・ブラッドウェルはジョヴァンニとはちがて少し背が低くがっしりとした体格、短く刈り込んだ黒髪にゴツゴツした顔をしていた。差し詰めジャガイモと言ったところか。
「よろしくお願いします」
私が挨拶すると彼らはチラリと私の方を見たが、すぐに顔をそらせた。
(あまり歓迎されてないみたいね)
別にそのことは気にしてなかったが、とにかく、彼らとの関係性が悪くならないようにしないといけない。レオンハルト殿下の身辺を守ることが第一優先であり、私はそのサポートに来たのだから。
「彼らには君の能力のことを話をしたが、もう少し聞きたいんだ。いいかな」
「はい、分かりました」
私は疑い深そうな二人の前で、自分の能力を語り始めた。
「私は少し先の未来で、何か特別なことが起きた時にイメージが閃く事があるのです」
彼らは黙って聞いていた。
「少し先とは、大体1〜2時間くらい前のことから、ほんの数分前の時もあります。イメージは自分にとっていいことも悪いこともありますが重大な出来事が多いです。自分のごく身近なところで起きる出来事に限定されているので、私が直接関わっていない場合は予知できません」
「それで、未来は変える事ができるの?」
レオンハルト王太子殿下は、穏やかな様子で質問してきた。
「変える事ができるとも言えますし、変える事ができないとも言えます」
「それはどう言う事だい?」
「これから起きる出来事が直前のものだったら、もちろん回避することができない事が多いでしょう。それに加えて、その出来事が起きる状況がすでに整っている時は、結局、避ける事がでできません」
私は少し深く息を吸ってから話を続けた。
「私がカールから婚約破棄を言い渡される時にはすでに、妹のマリアンネが彼の心をしっかり掴んでいたので、私がその場で言い渡されるのを避けようとしても、結果は同じだったでしょう。つまり、避けられない状況もあると言う事です」
「なかなか難しいものだな」
殿下は少し考え込んでいた。
「結局のところ、役立つかどうか分からないではないですか」
そう言ってきたのは従者の一人、ジョヴァンニだった。彼は少し神経質そうな顔で話を続けた。
「確かにこの間はたまたま殿下が難を避ける事ができました。でも、話を聞いた限りでは、毎回うまくいくとは限らないではないですか。それに、私はまだ、彼女のことを疑っています。予知能力なんて本当にあるのでしょうか。もしかしたら、彼女は私たちを信用させるために、事前に敵と打ち合わせをしていて……」
「ジョヴァンニ。少し黙っていろ。あの時、彼女が動いていなかったら、僕は死んでいた。その時、お前たちは全然役に立ってなかったではないか」
「すいません」ジョヴァンニは頭を下げた。
「すまない。ユリアさん」レオンハルト殿下はこちらを向いてこう言った。
「いいのです。信じられないのは当然だと思っています。それよりも、私から質問しても良いですか?」
「なんだい」
「前に殿下と話をした時に、敵は内部かもしれないと言ってましたね」
「ああ、そうだ」
「敵とは殿下の弟、オスカー様のことですか?」
部屋が静まり返る。私が思っていたことは正しかったらしい。やはりそうだったんだ。
現在の王であるクラウス・ネッツァーがもう長くはないということ、そして、レオンハルト殿下の王位継承が予定より速められるという話から、その前になんとかしようという、第二王子派の動きがあってもおかしくはなかった。
「それを知ってしまったら、もう後には戻れないが……」
「すでに、もう巻き込まれているようなものです。私の覚悟はこの間から決まっています」
レオンハルト殿下はゆっくりとうなずいた。
「わかった。全て話そう。黒幕は正確に言えばオスカーではない。僕を殺害しようとしているのは、王妃である母のベルタ・ネッツァーだ」
私は驚きのあまり、息をのんだ。
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