第8話 妹に見送られて家を出る

 次の日は休日だった。私は朝から王太子殿下の別荘へ宿泊する支度を始めた。


 とりあえず着替えを用意していく。この家では誰も私のことを手伝ってくれない。何か足りないものがあったら取りに来ることはできるので、差し当たってのものをテキパキとカバンに詰め込んでいった。


「お母さんから聞いたわ、ここ出ていくんだってね」


 気がつくと妹マリアンネ・ローレンツが、部屋の中に入ってきていた。


「出ていくんじゃないわ。お母さんには三ヶ月くらい友人のところに泊まりにいくって言ったはずなんだけど、全然伝わっていないのね」


「あらそう、姉さんに友人なんかいたんだ。私てっきり、カールのことで気まずくなったから、ここを一人で出ていくんだと思っていた」


 彼女はニヤニヤ笑っている。


「別に気まずくなんかないわ。全然好きじゃなかったし。どうぞ勝手にお幸せに」


 妹のマリアンネは少しイラッとした顔したが、すぐにいつものように口元に笑みを浮かべた。


「ふーん、そう。まあ、そういう話にした方が、こっちも気まずくなくていいかもね。もうすぐ来るの、その友達」


「多分、来ないわ。忙しい人だから」


「へー、そう。でも、私にはちょっと紹介しくれてもいいじゃない。どんな人か知りたいし」


 マリアンネは興味深々といった様子だった。


 とにかく彼女は私が持っているものや人間関係を横取りしたくなる性分で、昔から私はひどい目にあっている。だから、今回の件について、どう説明すればいいのかちょっと迷った。


「うーん」


 一応レオンハルト殿下には直接迎えに来ないよう話を通している。色々勘繰られても困るし、なにしろ説明するのが面倒くさい。何よりもう彼女には関わってほしくない。


 だいたい、マリアンネもそんなに絡んでくるヒマがあったら、少しは準備の手伝いくらいしてほしいのに…… まあ、彼女にそんな要求しても無理か。


「そのうち紹介するわ」


「でも、お姉ちゃん失恋したばかりだから、悪い人にだまされやしないかと思って心配で心配で」


(しつこいなあ)


 私は妹を完全に無視することにして、準備を整えると玄関に向かっていった。


 とりあえず、荷物を運んで、それから迎えが来るまでゆっくりしよう。そう思って重いカバンを引きずりながら歩いていると、『迎えの人が到着しています』とメイドが報告に来た。


(全然、休むヒマがない)


 うんざりしながら玄関を出ると、そこには王太子レオンハルト・ネッツァーその人が立っていた。


「やあ、待ちきれなくて来ちゃったけど、迷惑だったかな」


 そう言いながら、彼は私の荷物を持ってくれた。


「直接来ないでくださいって、言いましたよね」


 私がゆっくりと念を押すように言うと、彼は流石に気まずそうな顔をしている。


「お、お、王太子殿下、どうしてここに」


 マリアンネがそれこそアゴが外れて地面につきそうになるぐらい口をあんぐり開けて驚いていた。まあ、気持ちはわかる。


「初めまして。お姉さんとは大変親しくさせてもらってます。これから三か月間お預かりしますが宜しいですよね」


「し、し、親しく…… あ、姉と、え、いや、その、どうぞ、どうぞ」


 いつもの完璧に変身している状態ではない彼女は、しどろもどろに答えつつ、助けを求めるような目で私を見ている。


 まあ、彼女にはわかるまい。私にも事態がよく飲み込めていないのだから。


「あなたが心配するような悪い人ではないようだから、だまされる心配はきっとないわ。大丈夫よ。マリアンネ」


 私はそういうと、彼に付き添われて馬車の中に入っていった。

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