第3話 思わず王太子を助けてしまった

 王立学園の昼休みは長い。


 昼休みにはみんな何をするかというと、学園内にあるレストランで食事を楽しんだり(結構食事のレベルは高い)、時間が空いている時には自宅や友人宅に招きあって、優雅にお食事会などしている人もいる。でも、私は違う。


 学園内のレストランに行っても肩身が狭いだけだし、家に帰っても誰も食事を用意してくれない。(あの妹そっくりの底意地のわるい継母は、人の目に見つからないようにしながら、きめ細やかく私に嫌がらせをする)


 だから、色々面倒なんだけど仕方ないので、昼食にはいつも自分で弁当を用意して、学園内の中庭にあるベンチに一人で座って食べていた。庭には色とりどりの花が咲いていて、これはこれで雰囲気的に悪くない。


 蓋を開けてもあまり驚きがない弁当ではあるが(もちろん自分で詰めたと言うこともあるが)、まあ、何も食べないよりマシである。孤独であれ、仲間がいるのであれ、空腹は誰にでも平等に訪れる。


 一人でそう考えながら食べていると、向こうのほうから賑やかな集団がやってきた。


 うわあー嫌だなあと思った。


 あれは王太子とその取り巻きの集団だ。


 王太子レオンハルト・ネッツァーはいつも目立っている存在だった。サラサラした黒い髪に、うれいを秘めた深い紺色の切長の目。美しい顔立ちに加えて長身で、なおかつお金も地位も持っているんだから、当然といえば当然なんだけど、学園内の女性の人気は絶大なものだった。いや、王国中かもしれない。


 彼の横にはいつも従者が二人いて、彼の警護をしているのだが(残念ながら、ちょっと冴えない感じなので、名実ともに引き立て役にピッタリな二人だった)、暴漢から彼を守ると言うよりはむしろ、取り巻きの女性たちが、必要以上に近寄らないようにしているように見えた。


 実際、彼は群がる女性に対して、ニコリともせず、非常に迷惑そうな顔をしながら歩いていた。彼はなんと言っても知的でクールなことでも有名だった。直接話したことは一度もなかったが、私はどちらかというと、もっと、フレンドリーな人の方が好みなので、できれば一生関わりあいたくはなかった。


 だから、彼らが通り過ぎるまで、『私は空気になる空気になる』と念じながら、弁当箱の蓋を一旦閉じて目をつぶっていることにした。だがしかし、突如、頭の中に例のイメージが現れた。


《向かいの建物の屋上から矢が飛んできて、王太子の胸を貫く。鮮血が飛び散り哀れ王太子はその場で倒れ込む》


 その瞬間、とっさに弁当箱を投げ捨て、私は王太子に飛びついて押し倒した。二人の従者はあまりの出来事にあっけに取られて、棒立ちになっている。耳元にヒュンという音がした。


「お前、レオンハルト殿下に何するんだ」


「おい、取り押さえろ」


 無理やり王太子から引き離される私。周囲では女生徒たちの非難の声が降り注ぐ。


 はいはい、私が悪いんですよ、全く。とっさのことだったから、思わずやっちゃったけど。私は弁当の中身がぶちまけられた中庭を見た。まだ半分以上残っていたのになあ。そう後悔しかけたとき、立ち上がって埃を払いながら。王太子が口を開いた。


「乱暴はやめろ、その人を離してやるんだ」


「ですが、こいつは」


「お前の目は節穴か、地面を見ろ地面を」


 レオンハルトの指差した地面には矢がつきさっていた。目が点になっている二人の従者たち。少しは謝ったらどうなのだろうと思ったが、面倒なので黙っていることにした。


「助けてくれて、ありがとう」


 彼は近づくと軽く頭を下げた。ひとつひとつの所作がサマになっている。まあ、これなら人気があってもおかしくはないか…… 私には関係ないけど。


「お気になさらないで結構です。それでは私、急いでいますので」


 すぐさま、弁当箱を片付けると、私はすぐにその場を立ち去った。


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