第9話 阿保らしい榎本の守備編成案
十二月十八日
一月三十日
この日、陸軍隊、彰義隊から三十二名新撰組に志願してきた。
この志願の理由だが以下のことが考 えられる。
松前、江差を平定した土方軍は十二月十四日五稜郭に凱旋したが、
彰義隊だけが五稜郭入場を許されなかった。またこの時点で彰義隊隊長
は渋沢誠一郎ではなく、池田大隅になっていた。
理由はは二点。
一、松前城攻略の際、城中にあった松前藩の公金を渋沢が私物化した。
一、松前城下にあった妓楼松川屋で女を買った。彰義隊隊士が探しに来
たが土蔵に隠れてその二日後に彰義隊に戻った。渋沢のその行動に反感
を持つ彰義隊隊士との一触即発を避けるため。
渋沢の一連の行動に関係のあった者が新撰組に配属された。
これらの話を耳にした榎本は「渋沢とその相手を五稜郭で直接戦わせれ
ばいいではないか。」と行ったと言う。
翌日、相手は時間通りに現れたが渋沢はとうとう現れなかった。
渋沢という男は普段は強硬論をぶちまけるがいざとなると腰が引ける
卑怯な男である。何故卑怯なのかは後に明らかになる。
十二月十九日
一月三十一日
榎本武揚の招集で軍議がひらかれた。
議題は「軍編成に関して」と聞かされている。
参集されたのは、榎本武揚、松平太郎、大鳥圭介、土方歳三、永井玄
葉、中島三郎助、榎本対馬、ブリュネ、、フォルタン、マルラン、カズヌ
ーブ、ブッフィエ。
本多幸四郎、滝川充太郎、伊庭八郎、大川正二郎、松岡四郎次郎、人見
勝太郎、澤太郎左衛門、春日左衛門、星恂太郎、天野慎太郎、朝夷健次
郎、永井蠖伸斎、荒井郁之助以上二十四名。
榎本武揚 「本日参集いただいたのは他でありません。軍編成に関して纏めました。
皆さんの御意見をお聞きしたいのですが。この群編成案はブリュネ大尉、
大鳥君が作成したものです。。
ブリュネ大尉、よろしくお願いい たします。通訳係の飯高平五郎君よろ
しく頼みます。」
飯高平五郎「通訳の飯高です。薩長軍との決戦は雪解け後、即ち五月中旬頃と想
定しております。
薩長軍の進軍路は以下の通り。
一、 江差方面から松前→福島→知内→五稜郭
二、 江差方面から二股口→木古内→五稜郭
三、 鷲ノ木方面から大沼→峠下七重村→五稜郭
四、 鷲ノ木方面から鹿部→川汲→湯の川→五稜郭
よって、該当方面の要所→鷲ノ木、川汲、砂原、大沼、七重、大野、江
差、松前、福島、木古内、矢不来、四稜郭、権現坂、等に急ぎ防御台等
を構築すること。
沿岸部の守備範囲方面を室蘭、江差、松前、鷲ノ木に守備隊を配置する
こと。
沈没した開陽の乗組員は「開拓方」とし、開拓奉行を澤太郎左衛門とす
る。
室蘭において沿岸警備と開拓についてもらう。
今、説明した進軍路、上陸方面、砲台建設地、松前、江差、室蘭に兵員
を配置すると二千名を超えてしまう。よって箱館には新撰組を中心とした
二~三百名で守備していただく。
全軍を四つの連隊(列士満 フランス語の「連帯」の意味)に編成する。
第一列士満隊 司令官 フォルタン 連隊長 (欠)
第二列士満隊 司令官 マルタン 連隊長 本多幸七郎
第三列士満隊 司令官 カズヌーブ 連隊長 (欠)
第四列士満隊 司令官 ブフィエ 連隊長 古屋作左衛門
各列士満隊司令官を紹介します。
●第一列士満司令官 アランソア・アルチュール・フォルタンはフラン
ス軍第八歩兵大隊下士官
●第二列士満司令官 ユージン・ジャン・パチスト・マルタンは第八歩
兵大隊下士官
●第三列士満司令官 アンドレ・カズヌーブ フランス軍砲兵隊伍長
皇帝隊種馬係
●第四列士満司令官 フランソワ・ブーフイエフランス軍第八砲兵大隊下
士官次に大隊長を紹介する。
第一列士満第一大隊長 滝川充太郎
第二大隊長 伊庭八郎
第二列士満第一大隊長 大川正次郎
第二大隊長 松岡四郎次郎
第三列士満第一大隊長 春日左衛門
第二大隊長 星恂太郎
第四列士満第一大隊長 永井蠖伸斎
第二大隊長 天野慎太郎
館奉行 永井玄葉
箱館奉行並 中島三郎助
箱館守備兵 新撰組・伝習士官隊・砲兵隊・工兵隊 三百名。
フォルン・マルラン・ブラジェト リブ・クラトウ
松前奉行 人見勝太郎 カズヌー
遊撃隊・陸軍隊・砲兵隊・工兵隊 守備兵四百名
江差奉行 松岡四郎次郎
江差奉行並 小杉雅之進
一聯隊砲兵隊・工兵隊 守備兵三百五十名
開拓奉行 澤太郎治右衛門
開拓方室蘭駐屯 守備兵二百名
箱館病院院長 高松凌雲
鷲ノ木・川汲の海岸線・長万部 衝鋒隊半数
石崎・湯の川 小彰義隊
有川方面 伝習歩兵隊
海軍奉行 荒井郁之助
回天艦長 根津勢吉
幡龍館長 松岡盤吉
長鯨艦長 喰代和三郎
大江館長 小笠原賢蔵
フランス海軍教官
フランス海軍少尉候補生 ヴージ ェーヌ・コラッシュ
フランス海軍少尉候補生 アンリ ・ニコール
大鳥圭介 「ブリュネ大尉、飯高君ありがとう。この部隊編成に関しての質問及び意
見があれば挙手の上、発言していただきたい。」
星恂太郎 「忌憚なく申し上げる。我軍は凡そ三千の兵力しかない。その虎の子の兵
力を方々にばらまいているだけではないのか。決戦を前にして室蘭の開
拓、守備が必要なのか。薩長が鷲ノ木に上陸すると本気で考えておられる
のか。大鳥さん、薩長はどこに上陸すると考えておられるのか聞きた
い。」
大鳥圭介 「薩長が上陸するとしたら、江差方面、鷲ノ木等が考えられる。」
星恂太郎 「なんで鷲ノ木なんかに上陸するという考えが出てくるのですか。兵力
が何万もあるのならわからんでもないが、三千しかないのですよっ。」
松岡四郎 「榎本さん、大鳥さん、貴方達は敵がどこに上陸するかを真剣に考えられ
たのか。。私にはそうは思えん。こんな作戦で勝てると思っておられるの
か。」
人見勝太郎「私は鷲ノ木方面に敵が上陸するなどあるはずがないと思っている。しか
し、仮に上陸したとしたら衝鋒隊半数でどう戦えというんですか。薩長は
何人で上陸すると考えているのか。」
大鳥圭介 「我々が得た情報では薩長は六千と考えている。敵の輸送船団をもってし
ても第一陣での上陸は千人を下回るものと考えている。」
松岡四郎 「大変失礼とは存じるが、そのような計画では戦はできませんな。」
大鳥圭介 「土方君、何かないか。」
土方歳三 「榎本さん、大鳥さん、あんたらは陸軍のことに関しては口出しはしねぇ
と約束したはずだ。だが、今日の作戦お披露目は俺は一切かかわっちゃ
いねぇ。ブリュネさんが中心なって作った作戦だか何だか知らねぇけど
フランスの戦と日本の戦の仕方は違うんじゃねぅのか。上陸する可能性
があるから兵を配置する、方々に砲台を作っておくほうがいい。当たり前
のことだよ。だが、兵隊の数に限界があるんじゃねぇのか。 誰が台場
を作るんだ。地元の民百姓を駆り立てて無給で働かすんじゃねぇのか
い。薩長だけじゃなく民百姓まで敵に回すことになるだろうよ。約束通
り陸軍のことはここにいる連中と決めていく。榎本さん、それでどうだ
い。」
榎本武揚 「土方さん、この作戦はブリュネ大尉が心血を注いで考えてくださった
作戦です。変更ははできません。」
土方歳三 「榎本さん、あんたフランス人と心中出来るのかい。その覚悟があって言
ってんのかいっ。なんで室蘭なんぞに守備隊二百人も置く必要があるん
だ。」
中島三郎助「榎本殿、大鳥さん、土方殿、今日はこの辺で終わりとしましょう。い
かがですか。」
中島三郎助の提案で軍議は終わった。土方は主だった者と千代ヶ岡陣屋
に場所を移した。
千代ヶ岡陣屋に集まったのは土方歳三、古谷作左衛門、中島三郎助、本
多幸七郎、星恂太郎、伊庭八郎、春日左衛門、松岡四郎次郎人見勝太郎
が集まった。
中島三郎助「本日の軍議の続きをいたします。」
人見勝太郎「あの人達は戦をまるで分っていない。薩長は必ず乙部方面に上陸してく
るでしょう。江差の松岡さんのところは兵三百五十ですよ。敵は第一陣
が千人単位で上陸してくると思うんですが。」
中島三郎助「薩長が持っている艦隊でしたら千人は十分可能です。それ以上になると
思っていた方がいいと思いますが。」
松岡四郎 「一聯隊と砲兵だけでは話にならん。おそらく艦砲射撃も相当に激しい
だろうし。。本音を言わしてもらえば、江差に兵を置く必要があのだろう
か。最低でも千人規模なら何とかなるだろうが、人見君のところと合わ
せても七百五十。限られた兵力を分散させるんじゃなく集中させるべき
だと思う。土方さんどう思われる。」
土方歳三 「松岡さんの言うとおりだと思っている。薩長は絶対に鷲ノ木方面には上
陸しねぇよ。上陸地点は乙部方面しかねぇ。室蘭、鷲ノ木、石崎・湯の
川方面の兵を江差、松前に配置すれば四百程度兵力が増える。そうすれ
ば敵の第一陣を防御できる。それに敵はそんなに強くねえよ。強いのは
松前藩兵だけだ。松前藩は榎本軍に恨みがある。だから必死で来るだろ
うよ。しかし、他藩の兵は必至で働いても得る物はねえ。命を懸けてま
での戦はしねえよ。兎に角、戦をするのは俺たちだ。
俺たちが納得できる戦をするんだ。中島さん、貴方の考えを聞かせても
らえないか。」
中島三郎助「土方殿の見た目と同じです。どうあがいても数では劣っています。先ほ
ど榎本殿が考えられた内容では兵力が分散されすぎていて各個撃破されて
各隊が五稜郭に敗走してくることになると考えられます。敵は弁天岬台場
を叩きに来ます。艦砲射撃で襲い掛かってくるでしょう。そうなると弁天
岬台場方面からも敵は五稜郭を目指して襲ってきます。千代ヶ岡台場も時
間の問題でしょう。
箱館市中の兵力はどんなに多く見積もっても四百。これでは勝てません。
敵の一陣は千程度としても第二陣、第三陣と続きます。最終的には八千か
ら九千規模になるのではないでしょうか。榎本案を根本的に変えなけれ
ばならんでしょうな。」
伊庭八郎 「土方先生、榎本さんは、考えを変えてくれますか。最後の方で釘を刺さ
れましたし。」
土方歳三 「この中で室蘭に守備隊を送ることに賛成の者はいるかい。」
星恂太郎 「そんな素っ頓狂なことを言う者などいるはずがありませんよ。」
土方歳三 「室蘭守備隊に関して全員一致ということで取り下げてもらう。それでも
榎本が首を縦に振らなかったとしたら何か魂胆があるんだろうよ。その
魂胆が何なのかは知らねぇし知りたくもねえが。兎に角、時間はまだあ
る。江差、 松前に関してはちょっと様子を見よう。だが福島、木古内、
矢不来、有川、七重・大川の防御は厳重にしておいてくれ。二股口に関し
ては俺が出張ることになるだろう。俺から指示を出す。みんな考えておい
てくれ。解散だっ。」
土方の日記
情報が届いた。薩長は兵員を青森 に集結している。
松前藩兵千六百人、長州藩八百人、徳山藩三百人、備後福山藩六百人、
備前岡山藩五百五十人、弘前藩二千二百人、越前大野藩百 五十人、
津藩二百人、筑後藩二百五十人、薩摩藩三百人、水戸藩二百人、肥後藩
四百人、黒 石藩二百五十人、別府藩二百人 計八千五十人。
中島殿の数字はほぼ当たっていた。もし戦が長引けば動員は増えるだろ
う。しかし、三千対九千の戦いだ。よっぽどこっちがうまい戦いをしない
限り長期戦の見込みはない。
俺が敵将だったら上陸は間違いなく乙部にする。松前藩兵を先頭に立て
松前方面を攻めて来る。
もう一手は二股口から木古内に出てくるだろう。それしか考えられね
ぇ。
敵の第二陣がいつ上陸してくるかだが、俺だったら間髪入れずに上陸させ
る。江差の守備兵力では到底持つわけがない。敵の艦砲射撃が激しかっ
たら戦いにならない。松岡君は松前方面に撤退する。
松岡君が言っていた通り江刺は捨てるべきじゃねぇのか。松岡君が無傷に
近い形で人見君と合流出来たら七百から八百の戦力になる。
十二月中旬以降の配置
● 箱館本部(五稜郭)
伝習歩兵隊 社陵隊 砲兵隊 工兵隊 騎兵隊 計五百名
● 箱館鎮台(弁天岬砲台)
伝習士官隊 新撰組 砲兵隊 工兵 計三百名
● 松前鎮台(松前奉行)
遊撃隊 陸軍隊 砲兵隊 工兵隊 計三百名
● 江差鎮台(江差奉行)
一聯隊 砲兵隊 工兵隊 計二百五十名
● 有川・茂辺地・木古内・福島・吉岡・二股方面
彰義隊 額兵隊 神木隊 会津遊撃隊 計七百名
● 鷲ノ木。尾白内・砂原・鹿部・熊泊・尾札部方面
衝鋒隊 計四百名
● 室蘭開拓奉行
元開陽乗組員等 計二百五十名 輸送船 長鯨丸
最近決まった配置で最大の問題は松前・江差で六百の兵力、それに対して
室蘭・間道(鷲ノ木から 川汲までの方面)に六百。どう考えてもおかし
い。戦況次第で衝鋒隊は移動できるが室蘭は動けねぇ。誰が見ても納得
できねぇ配置を取るのか。どうして、どうして、どうしてだ。ずっと考え
続けていたことだ。作戦は一通りじゃねぇ。
人間「心」が反映されるものだ。必ず生きるための作戦。絶対死守する
覚悟の作戦、戦況不利になったら逃げる作戦。勝てなくても引き分けに持
ち込める作戦。主眼をどこに置くかで戦闘配置は違う。そういう観点か
らこの戦闘配置を見れば榎本の頭の中が見えてくる。
榎本は頃合いを見て少数で湯川・川汲・鹿部。鷲ノ木。室蘭から鷲ノ木
に来て停泊している長鯨丸に乗船して逃亡する。問題は五稜郭から逃げる
きっかけを失った時どう対処するかだ。
榎本のこうした考えは開陽が沈没したときに生まれたのではないだろう
か。
開陽を失った今、勝てる見込みはないと考え、逃げるために海軍の澤太郎
左衛門を室蘭に開拓という名目で室蘭行きを決定した。榎本は薩長が
鷲ノ木には絶対来ないと踏んでいるんだ。
まったくの狸だぜ。
それに衝鋒隊は旧幕府陸軍だ、大鳥の子分みてぃなもんだ。榎本の子分
の澤作左衛門、頭でっかちの連中の計画は完全に出来上がっているじゃね
ぇか。
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