第10話  密談

十二月二十日  

二月一日

     この日、土方は箱館病院に行くことにした。鷲ノ木上陸後の峠下、

     七重村の戦闘で負傷した兵士、松前城・江差での戦闘で負傷した兵士、  

     敵の負傷した兵士の様子を見てこようと思った。

     榎本が高松凌雲に箱館病院の院長を依頼した時、高松凌雲は三つの条件 

     を出した。

     一、 病院運営には一切の口出しはしないこと。

     二、 すべての権限を凌雲に一任すること。

     三、 戦傷者は敵味方問わず治療する。(日本で初めて赤十字活動を取り 

        入れた運営方針)を約束させた。

     榎本は快諾した。特に(三)に関 してはヨーロッパ風なので喜んでいたら 

     しい。


土方歳三 「凌雲先生、ご無沙汰しています、患者の容態はいかがですか。気にはな 

     っていたのですが。」

高松両案 「蝦夷地平定おめでとう。負傷兵も大変喜んでいたよ。士気も上がった 

     ようだ。早く復帰したいと言っているよ。」

土方歳三 「病院も手狭になってきてじゃありませんか。」

高松凌雲 「そうなんだよ。一か所に収まりきれなくなったので分散している。

     おかげで移動するのに時間がかかってかなわんよ。

     今、一か所に収容できるよう病院を立てているところだよ。

     完成予定日は二月二十三日(四月四日)だよ。棟梁の助右ヱ門も一生懸命  

     やってくれているよ。江戸っ子のような気っ風のいい男だよ。それと、

     棟梁の知り合いで時々顔を出してくれる柳川熊吉という任侠の親分もいい 

     男なんだ。土方君も名前くらいは聞いたことがあると思うが浅草の新門

     辰五郎の子分だった漢で五百人も子分がいる大親分だよ。」

土方歳三 「面白そうな男だな。ところで先生、雪が解けるまで戦らしい戦いはな 

     いだろう。薩長との大戦は五月(六月) に入ってからだと思う。先生に

     頼みたいことがあるんだが。さっき名前が出ていた助右ヱ門と柳川熊吉 

     に会えるよう段取りつけちゃもらえないだろうか。」

高松両案 「お安い御用だ。何時にする。」

土方歳三 「早い方がいいな。先生、しっかり休んでおいてくれ。また 来る。

     あっ、それから必要な物があったらいつでも言ってくれ。それじゃぁ、

     またな。」


土方は弁天岬台場に立ち寄った。 皆、慌ただしく動きまくっている。森常吉・相馬主計・島田魁・角田糺・大野右仲・安富才助・野村利三郎と簡単な軍議を開いた。


土方歳三 「皆、教練はどうだ。問題はないか。薩長との大戦は雪解けだ。

     それまでに可能な限りの準備をしておいてくれ。。二十二日に役職を

     決める会議があるのは知っていると思う。大野君と安富君と相馬君は

     陸軍奉行添役になるだろう。野村君は陸軍奉行添役介だ。君達は五稜郭 

     に詰めることが多くなる。

     森君、島田君、角田君、君達が中心になってここと市中見回り、函館山

     警備をしっかりやってくれ。伝習士官隊の滝川充太郎隊長はしっかり

     した人物だし彼を補佐している鈴木君・内田君・大舘君も実直な男達だ。 

     今、彼らはここにいるのか。」

森常吉  「居ります。」

土方歳三 「市村君、ここに来るよう呼んできてくれ。」

     

     市村は走って出て行った。 

     すぐ伝習士官隊隊長達がやってきた。


滝川充太郎「土方先生、何か御用でしょうか。」  

土方歳三 「簡単な軍議をしたいと思ってやってきたんだ。突然呼び出して申し訳な

     い。早速だが、箱館を守るのは伝習士官隊と新撰組・砲兵隊・工兵隊の 

     三百名だ。三百名でどう戦うかを考えておいてもらいたい。」

相馬主計 「それに関しては、滝川隊長とある程度は話し合っています。ただ三百名  

     でどう戦っていけばいいのか考えあぐねています。上が考えたことですか 

     ら言っても仕方ないんでしょうが、室蘭の開拓方・間道守備隊合わせて

     六百名はどうなんでしょうか。薩長に勝利してから開拓すればいいのでは 

     ないでしょうか。」

滝川充太郎「土方先生、我々は敵が鷲ノ木に上陸するということは万に一つもない  

     と考えております。誰が考えてもわかることですが上陸したら先方は松前

     藩兵、その松前藩兵が松前ではなく鷲ノ木では納得しないでしょう。

     噴火湾は主戦場にはならないのではないでしょうか。ならないのであ 

     れば兵力を箱館市中と江差方面に回すべきです。」

大野右仲 「今の滝川隊長の発言はここにいる者全員の考えです。また、開陽が沈没 

     してしまった今、箱館湾での敵艦との海戦は苦しいんじゃないでしょう

     か。軍艦対軍艦、それに弁天台場からの援護射撃ではなく、艦対弁天砲

     台の戦いになりす。砲兵隊隊長とも話をしたのですが敵は動き回る。

     それに射程距離の問題もある。敵艦は安全圏から弁天台場、千代ヶ丘台

     場、五稜郭を狙ってきます。五稜郭まで届く大砲を積んでいると言ってい

     ました。当然、榎本さんはこのことをご存じだと思います。どう考えて

     いるんでしょうか。」

森常吉  「もう少し、我々で検討します。お時間いただけないでしょうか。」

土方歳三 「時間はまだある。実は俺も君らと同じ疑問を持った。そして二十二日の  

     役職を決める会議において榎本が総裁になることは確実だ。榎本は陸軍

     に関しては口出しはしないと約束した。しかし、この作戦を大きく変更す 

     る意思はないようだ。

     その中で俺なりに最善を考えている。君達がこれから考えた答えと俺の考

     えが一致すれば面白い戦ができるだろう。ただ、勝つ戦は考えるな。

     如何に引き分けに持っていけるかの戦いを考えてくれ。相馬君、大野君、

     安富君、野村君、君らは五稜郭で榎本派の動きに何かあったら俺に報告 

     してくれ。。

     そして君らのが考えが纏まったら連絡してくれ。頼む。」


     土方は弁天岬台場を後にした。

     今頃、渡辺市蔵は俺が書いた上陸してくる兵力の詳細を書いた紙きれを 

     榎本に渡しているだろう。

     榎本、大鳥、松平、永井らは、血相を変えているだろう。どう出てくる  

     かだ。

     二十二日になればわかる。

     千代ヶ岡陣屋に寄って中島殿と話しをしたい旨、市村を先発させておい 

     た。千代ヶ岡陣屋の空気は緊張感があっていい。京都時代の新選組屯所と 

     似ている。土方はそう思いながらかずかに首を横に振った。

     京都は俺に対する恐怖だった。しかし、ここは、絶対の信頼感があっての 

     緊張感だ。まるで違う。俺には中島殿のような統率力はまねできないと 

     と思った。


土方歳三 「中島殿、迷惑じゃなかったかい。」

中島三郎助「私も土方殿と話しておきたいことがありました。」

土方歳三 「中島殿から話してくれるかい。」

中島三郎助「結論から申し上げます。榎本殿は自分自身のために蝦夷地にやって来た

     のだと思います。榎本殿は死ぬ気でこの戦をする覚悟はない。どう生き残 

     れるかでしょうな。

     私がまだ江戸・浦和を行き来していたころのことですが、勝海舟殿に近い

     人から「榎本君は最近二日と開けずに勝殿の屋敷に来ては、オランダで   

     学んできたことを大げさなくらいに話していた、その人が一度同席したこ 

     とがあったようで、蝦夷地はオランダと似ている。酪農大国を作れる。 

     是非、私にやわせてほしいと、聞いていて今そんなことを話す時ではな 

     いだろうと思ったそうです。その時期はすでに大政奉還をした後で江戸城 

     の無血開城後の話です。榎本殿は勝殿に「一度西郷隆盛に合わせてくれな 

     いか。」と懇願していたとのこと。私は榎本殿がそんなことを言うはずが 

     ないと歯牙にもかけなかったのですが、なぜ、榎本殿は西郷に会いたい 

     としつこく言っていたのか、私はそれを考えてみました。その当時の

     西郷は薩摩藩の巨頭で西郷を慕う者が数多くいました。新政府は西郷を  

     要職に着けましたよ。いずれ、新政府は蝦夷地を開拓します。榎本自身

     その時は榎本に白羽の矢をと考えていたのではないでしょうか。まず、 

     自らが薩長に不満を持つ旧幕残党を引き連れて蝦夷に渡る。今の我々で

     すよ。そして決戦になる。万が一我々が勝利すれば、榎本殿は好きなこと

     をこの蝦夷地でできる立場になります。また、敗れたとしても伏線を引い 

     ていれば白羽の矢が立つ、そんな思いでいるのではないかと考えたので

     す。ありえないようなことです。お耳を汚したらご容赦いただきたい。」

土方歳三 「中島殿、よく言ってくださった、中島殿の言われることまんざらでも

     ないと思う。俺も榎本のことはずっと考えていた。そしてここ数日で

     俺なりの考えが纏まった。どう纏まったのか。中島さん、今回の榎本・ 

     大鳥・ブリュネの立てた決戦に向けての戦闘配備だが何か感じないか。」

中島三郎助「配備が広範囲すぎるという点、室蘭開拓方、間道守備隊の兵力の多さ、  

     あたかも敵は鷲ノ木からやってくるかのような配備。解せませんな。」

土方歳三 「そこなんだ、俺もずっとおかしいと思っていた。戦をちょっとでも

     知っているならあんな配備はするはずがねぇ。

     下心のあるやつが拵えるもんだ。 じゃぁ、どんな下心なのかを考えた。  

     榎本は、戦況不利となったら川汲・鹿部を通って鷲ノ木に脱出する。

     そこには、室蘭から澤太郎左衛門が長鯨待で待っている。

     澤太郎左衛門は榎本の子分だ。噴火湾を守備する衝鋒隊の古屋作左衛門

     は大鳥の子分。つじつまが合わねぇか。

     だが、万が一、五稜郭からだ脱出が出来なかったとしたら、中島殿の言

     う筋書きが俄然生きてくる。情報によると、箱館に乗り込んでくる薩長

     の大将は黒田清介だとよ。

     黒田のことは知っている。京都時代黒田は西郷の子分で西郷にかわいがら 

     れていた男だ。主に長州との連絡係をしていたようだ。

     榎本→勝海舟、勝海舟→西郷隆盛、西郷隆盛→黒田清介。榎本の一の手      

      、二の手が見えたような気がする。だからと言ってどうのこうのす  

     るとかじゃねぇ。ただ、榎本の魂胆が分かったらこっちも作戦が立てや 

     すくなる、中島殿そう思わねぇかい。」

中島三郎助「我々二人の考えが間違っていたとしても、戦い方が作りやすくなりまし 

     たな。」

土方歳三 「その通りだよ。腹が決まったって感じだ。」

中島三郎助「千代ヶ岡の兵力は先日決まった通りでやっていきます。ここが攻められ 

     るということは戦も終盤ということになります。ここを増員したとしても 

     焼け石に水です。我ら潔く戦うのみです。」

土方歳三 「悪いがそうさせてもらうよ。ただ、気を付けてもらいたいことがあ 

     る。少彰義隊の渋沢誠一郎だ。渋沢はもう隊長じゃねぇ。池田大隅が 

     隊長だが渋沢の性格からすると威勢のいいことを言うだろう。

     池田大隅はやりにくいと思う。それに渋沢は土壇場で逃げるかもしれね

     ぇ。そのことも頭に入れて部署決めしてくんねぇか。頼む。」

中島三郎助「さすが新撰組鬼の副長ですな。人間を知り抜いておられる。承知しま 

     した。」

土方歳三 「中島殿、苦労を掛けるがよろしく頼む。」


     土方はあえて五稜郭には行かず馬で市中を回ってみようと思った。千代ヶ 

     岡台場から弁天岬台場、この道筋を確保し続けなければならないと思

     っている。

     土方はねゆっくり馬を進めて一本木・鶴岡長(現大手町)・栄国橋(異国

     橋)・弁天岬台場と馬を歩ませていった。馬上土方は考えた。

     もし、敵が寒川(函館山の裏側)の崖をよじ登って山頂についたらどう攻 

     めるだろうか。

     箱館を守るのは三百そこそこだ。 山頂で食い止めるだけの守備はおけ 

     ねぇ。計画では五稜郭守備が五百。もし弁天岬台場がやばくなったら 

     五稜郭から救援を出すしかねぇ。

     何人出せる。有川方面から五稜郭に向かって敗走してくる兵がいたら

     五稜郭の兵隊は増える。

     救援部隊は三百だな。その三百を俺が指揮をとる。

     そこでだ,登って来た敵はまず弁天岬台場に砲撃を仕掛けてくる。

     山頂に登った敵は半数が弁天岬台場、半数はどこに向かう。向かう先 

     は千代ヶ岡台場だろう。

     その敵をどこで食い止める。異国橋では弁天岬台場に近すぎる。

     敵兵が集中してしまう。

     じゃぁ、鶴岡町か。弁天岬台場は 一日では落ちねぇ。落ちねぇなら千 

     代ヶ岡台場に一番近くて箱館湾から大森浜まで柵を作れる限界地点は

     一本木しかねぇ。弁天岬台場には踏ん張ってもらうしかねぇ。

     問題は箱館山山頂に登ってくる敵は何人だろうか。

     以前、中島三郎助殿に聞いたことがある。「敵の船一隻に兵隊は何人 

     くらい乗船できるのか。」と質問したら「三百五十から四百程度」と 

     言っていた。ということは、多くても四百ということになる。

     その四百の半数が弁天、残り半数が千代ヶ岡に向かう。二百というと

     ころか。五稜郭からの救援は三百でいい。全容が見えてきた。

     走ったら箱館湾から大森浜まで約一キロ。五分で移動できる。

     よし大森浜に百人、一本木関門に百五十人、鶴岡町に五十人埋伏する、 

     これで決まりだ。


土方の日記

今日は中身の濃い一日になった。

弁天岬砲台の伝習士官隊・新撰組に関しては問題ない。

中島殿は冷静沈着、腹が座っておられる。中島党は潔く戦い死んでいくんだろうな。千代ヶ岡にいつ行っても空気がそう教えてくれる。

今日、中島殿と話しが出来て霧が晴れた。脳みそがすっきりしている。だから、敵の動きに対しての戦い方が見えたんだろうよ。

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