第34話  弁天岬砲台・千代ヶ岡砲台陥落

五月十二日  

六月二十二日

     この日、榎本・松平・大鳥・永 井・荒井は、五稜郭から脱出計画を実 

     行する打ち合わせをしていた。

     午後九時、古屋作左衛門以下十人の兵士が同行する手筈になっていた。

榎本総裁 「大鳥君、準備はどうなっていますか。」

大鳥総督 「既に古屋達は待機しています。ここ五稜郭にも敵の艦砲射撃が日増しに

     増えてます。弁天も千代ヶ岡も時間の問題でしょうな。」

松平副総監 「鷲ノ木までは大丈夫なのですか。」

榎本総裁 「古屋君が手配していますよ。大丈夫です。皆さん私達は逃げるのではありません。これからの日本に私達は必要だからここを出るのです。」


     榎本達は、己の行動を制定化する為に屁理屈を並べ立てた。

     その時、大鳥の部下が血相を変えて部屋に飛び込んで来た。


佐々木源蔵「大鳥総督、大変です。」

大鳥総督 「どうしたっ。」

佐々木源蔵「部屋で酒宴を開いておられた、古屋殿に敵の艦砲射撃が命中、古屋殿

     以下十名が即死又は重症です。」

榎本総裁 「古屋君はっ。」

佐々木源蔵「重症です、湯川病院に運びました。」

大鳥総督 「分かった、下がっていい。」

榎本総裁 「何故、この大事な時に酒宴など開いていたんだ。脱出計画は中止と 

     する。」


     榎本は全て終わったと思った。

     十三日、十四日と弁天砲台及び千代ヶ丘砲台は敵の艦砲射撃で狙い撃ち  

     された。我軍には既に船がない。敵艦隊のやりたい放題になっている。


五月十五日  

六月二十五日

     永井箱館奉行、森新撰組隊長森 常吉、守衛新選組頭取島田魁が集まって 

     いる。

     砲弾、食料、飲み水が底をついた。


永井箱館奉行「全力は尽くした。皆よく戦ってくれた。五稜郭に合流したいが敵にふ

     さがれている。森君、島田君降伏しよう。」

森隊長  「やるだけのことはやりました土方総督に無駄死にはさせるなと、言わ

     れています。今から新撰組隊長を相馬主計君に委ります。」

島田頭取 「分かりました。敷地をきれいにします。それからの降伏にしていただき 

     たい。」


     島田頭取は全員を集めて場内に清掃を行わせた。町民も一緒に

     なって清掃した。

     永井箱館奉行と森隊長が白旗を掲げて新政府軍の前に行って降

     伏を宣言した。

     弁天岬砲台は明け渡された。

     百四十人が投降した。


     また、神山権現台場の二百四十四名も投降した。

     残るは千代ヶ岡砲台のみとなった。 

  

     千代ヶ岡砲台を守備していた小彰義隊の渋沢誠一郎は部下を

     伴って千代ヶ岡砲台から脱走し湯川に潜伏した。

  

中島恒太郎 「父上、小彰義隊の連中が見当たりません。渋沢さんもです。」

中島三郎助 「大方、湯川あたりに逃げたんだろうよ。」

中島英次郎 「父上、連れ戻さなくていいんですか。」

中島三郎助 「お前達、敵の総攻撃のあった日からの渋沢達の動きを見てなかった

      のか。往生際が悪く死をよしとしない者の動きだった。その様な者を

      連れ戻して何の意味がある。土方さんが言っていた。普段は強気の発言 

      を良くしているがいざと云う時には渋沢は尻をまくるってな。

       土方さんは何でもお見通しだったよ。

       柴田の父つぁん、今日は皆に酒を振る舞ってくれるかい。


柴田伸介  「よぅし、明日で終わりですからね。大宴会ですな。皆っ、酒を全部運

     んできてくれ。 恒太郎坊ちゃん、栄次郎坊ちゃん、明日は思い切り戦っ

     てくだされ。わしら浦賀組も最後までお供しますから。爺は箱館にきて

     本当に良かった、漢として戦場で死ねるのですからな。中島殿、来世も 

     家来にしてくださいますか。爺は、爺は、幸せ者です。」


     函館戦争において千代ヶ岡は常にまとまっていた。集められた町民とも

     うまく行っていた。

      中島を中心とする浦賀組の隊員達の人柄が大きいと言えた。


中島恒太郎「来世も父上の子として生まれますから、いいですよね。

中島英次郎「父上、来世も母上を娶って下さいね。絶対ですよ。母は、

     興曽八が守ってくれますよ。」

       

     中島三郎助は三男の興曽八を妻に託した。佐々倉桐太郎と

     いう人物の尽力で長男恒太郎の跡を継ぐことが許され、静岡藩

     三等勤番組となり、家名を残した。

     後に、海軍機関中将となった。  


五月十六日 

六月二十六日

     新政府軍は千代ヶ岡砲台の中島三郎助に降伏勧告を行ったが拒絶、榎本

     総裁も五稜郭に退却する使者を送ったがこれも拒絶した。

中島三郎助「敵は夜明けとともに押し寄せてくる。既に降伏勧告も拒絶した。最後  

     の一兵になるまで戦うことが徳川家から頂いた大恩に報いることと信じ

     ておる。

     国元に父母、女房子供が居る者は頃合いを見て湯川に行くんだ。死んで 

     はならぬ。良いか、わしらには守る者はない。敵はこの千代ヶ岡を落と

     したら戦が終わることを知っている。死にたくないと思っていることだろ

     う。我らは撃ちまくって敵に恐怖心を植え付けるんだ。兎に角、撃ちまく

     るんだ。

     胸壕に沿って移動するんだっ。

     よくぞ、この中島三郎助に付い て来てくれた。心から感謝する。

     町人兵諸君、今までご苦労様でした。今すぐ家に戻ってくれ。柴田の爺さ

     ん、給金を持たせてやってくれ。」

安太郎  「中島様、わし達は酒盛りした時に話し合ったんでさぁ、全員、最後ま 

     で中島様や皆さんと一緒に戦います。ただ、金八と銀蔵はもうすぐ初めて

     の子が生まれるんで、返してもええですか。」

金八   「安太郎さん、わしは中島の恒太郎さんにとてもよくしてもらったんだ。 

     俺は、恒太郎さんの役に立ちてぃんだ。だから帰らねぇ。かかぁも分か

     ってくれたんだ。」

銀蔵   「俺も帰る訳にはいかねぇ。柴田の爺様、栄次郎様がどんだけかかぁに良

     くしてくださったか、俺はこんなお侍さんに会ったことがわぇ。ありがた

     くて、ありがたくて。わしもここに残る。中島親子、柴田の爺様、浦賀

     組の皆、ここにいる全員か泣いていた。

中島三郎助「皆の命、この中島に預けてくれっ。」


     柴田の爺様の音頭で「えい、えい、おぅ」「えい、えい、おぅ」「え

     い、えい、おぅ」三度合唱した。

  合唱が終わるのを待っていたかのように新政府軍の一斉射撃がはじまっ 

     た。箱館湾からは艦砲射撃、味方が倒れていく。浦賀奉行同心の朝夷三 

     郎が銃弾を浴びて倒れた。胸部を撃たれて瀕死の状態だった。

     中島恒太郎が横に行って止めを刺した。銀蔵が頭部を撃たれて即死、遼太

     郎・政三郎・遺贈が直撃団を受け吹っ飛んだ


中島英次郎「父上っ、大丈夫ですかっ。」


     中島三郎助は声のした方へ振り向いた瞬間、胸部に数発被弾しのけ反っ

     た。即死てあった。

     恒太郎は抜刀し、狂ったように敵の射手めがけて走った。太腿と頭部に 

     直撃、栄次郎も肩を射抜かれたが抜刀して敵に切り込んだ。更に数発が

     胸部を貫いた。

     壮絶な最期だった。


     湯川方面への退却がはじまった。千代ヶ岡砲台は血の海と化し津軽藩と 

     長州藩喇叭手の兵二人が死体見分を始めた。

     柴田の爺様はこの二人を射殺し最後の弾丸で自決した。

   

     この千代ヶ岡砲台の戦いは箱館戦争の中で一番の激戦だった。限られた 

     場所(砲台内)での戦死者は八十九名、武士階級戦死者二十一名、町人兵戦

     死者六十八名。町人兵戦死者名蔵・漸次・清七・庄兵衛・利右衛門・常 

     吉・常吉・亀吉・民次郎・弥三郎・直吉・万吉・重次郎・太郎吉・久太

     郎・重右衛門・廣三郎・彦八・久吉・鎌太郎・久太郎・定吉・遊之助・ 

     金八・安太郎・甚三郎・和八・常五郎・豊太郎・忠吉・金次郎・甚四

     郎・銀蔵・繁蔵・清左ヱ門・岩尾・峯吉・徳太郎・要吉・清次郎・由

     蔵・勅次・良吉・忠三郎・富蔵・重吉・善吉・喜兵衛・春吉・吉五郎・

     幸蔵・牧蔵。

     (碧血碑資料番号 一八一〇四 四九四七八参照)


     この日、榎本は五稜郭の自室で自決しようとしたが秘書役の大塚霍之丞

     に止められ自決を断念している。また、榎本は大塚に命じて次のような文

     章を書かせている。

     「五月十一日早朝、新政府軍は函館山側面の寒川の崖をよじ登って山頂に

     到達した。先頭にたって崖を登って来たのは黒田参謀だった。大将の鏡で 

     はないか。」


     黒田が崖を登ったと言う記録はない。何故、榎本は歯の浮くような文章

     を敢えて書かせたのだろうか。


  午後四時ころ、白旗を持った使者が新政府軍に降伏を告げた。



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