第33話  土方総督逝く

五月六日  

六月十五日

     この日、榎本は留学時代に苦労して筆写した「海律全書」を新政府軍海軍 

     軍艦提督に寄贈した。その中に陸軍参謀黒田清隆あての書簡も入っていた

     が内容に関しては定かではない。


五月十日  

六月十九日

     この日夜、豊川町の武蔵楼で榎本軍幹部三十余名が「最後の宴」と題して

     宴を開いた。

     榎本総裁の挨拶から始まった。

     榎本の演説は白々しい内容で、「自分は最善を尽くしたが武運には運・ 

     不運が付き物である。我には運がなかった。このようなことを延々とし 

     ゃべっている。

     見かねた大鳥陸軍奉行がそろそろ乾杯にしましょうと言ったことで榎本  

     総裁はに席に戻った。

     土方総督と中島陸軍奉行は居なかった。

     二人は決戦は十一日と思っている。決戦の前日に酒なぞ飲んでいる奴らの

     気が知れない。

     何が最後の宴だっ、土方は弁天岬砲台で最期の軍議を開いていた。

     中嶋も千代ヶ丘で最期の軍議を開いていた。

     新政府軍も着々と進軍を続けている。


五月十一日 

六月二十日

     午前三時、新政府軍は茂辺地に停泊している豊安丸に薩摩、筑後、長州、

     松前の四藩兵四百を載せ箱館山背後の寒川に上陸させた。

     それに、新政府海軍飛竜丸に伊州・津軽の兵二百余名を載せ箱館市街西

     部の尻基部に上陸し弁天岬砲台を背後から攻撃する手筈が整った。

     游軍隊は函館山薬師堂で新政府軍奇襲部隊と合流し山道の案内に当たっ

     た。

     箱館山頂を警備していた蟻通勘吾隊は敵が崖を登って来るのを確認。合図

     の花火を三発打ち上げた。

蟻通勘吾 「長島っ、お前の隊は弁天に戻れっ。佐々木の隊は俺についてこい

     っ。佐々木っ、綱を切れっ。草球に火をつけて崖に堕とせっ。」

佐々木五平 「蟻通さん、敵が登ってきますっ。」

蟻通勘吾  「お前達は山を下りろ俺もすぐ行くっ。」


      蟻通勘吾は登って来た敵兵めがけて剣を振るった三人を斬った。見事な

     剣さばきだった。

     三発の銃声が鳴った。蟻通勘吾はあおむけに倒れた。

     土方の声が聞こえた。

      「死ぬなって言ったろうが、蟻通、俺もすぐ逝くから待っていな。」

     蟻通は笑っているような顔をして目を閉じた。


     同じ頃、尻沢部に上陸した新政府軍に対して新撰組粕谷十郎率いる三十名

     が一斉に銃を放った。「一発必中」。 粕谷の号令で三連射し弁天に向

     かった。粕谷は殿で敵と斬り合いながら後退していった。

     弁天岬砲台の大門が見えた。

     大門には町人が殺到している。非難しに来ているのだろう。その時、横合 

     いから敵兵五名が斬りかかってきた。粕谷は四人を斬り五人目を斬ろうと

     した時、銃弾が頭部を直撃した。

     即死であった。

      

     弁天岬砲台はごった返していた。


森譲吉隊長 「島田さん、住民を砲弾から守ってやって下さい。海側の塀に避難です。

     塀は頑丈ですから砲弾でも大丈夫です。」

永井箱館奉行「森隊長、どうなんだ。」

森常吉隊長 「どうもこうもありませんっ。始まったばかりですから。」

佐々木五平 「蟻通さん、粕谷さんが戦死しました。」

森常吉隊長 「俺は大門を守る。滝川さん貴方は一本木関門までの道を確保してくれ

     ませんか。」

滝川充太郎 「分かった、森さん、弁天を頼みます。」

      「鈴木、内田お前達は異国橋を固めろ。俺は一本木関門に行く。森さ

     ん、後程。」

森常吉隊長 「土方先生に合ったら弁天は大丈夫だと伝えて下さい。」

     弁天岬砲台への艦砲射撃はすさまじいものだった。また、占領した箱館

     山山頂からも砲撃を受けているが弁天岬砲台内部は落ち着いていた。


     一方、千代ヶ丘砲台は命中の確率が高く死傷者が多かった。まだ、敵兵

     は来ていない。ということは弁天も墜ちていないと言うことだ。


中島三郎助 「恒太郎・栄次郎、お前らは少年隊を連れて戦傷者の看護に当たれ。爺

     さん、握り飯を造らせてくれっ。今の内に食っとくんだ。」

中島恒太郎 「父上、町民がここに避難して来たら如何致しましょうか。

中島三郎助 「ここに来た町人には、握り飯を持たせて湯川に行くよう伝

     えなさい。ここは危ないからというんだ。」


     箱館山山頂の新政府軍が山を下りてきた。無傷の四百名だ。伝習隊は百

     名足らず。

     千代ヶ岡砲台からも銃声が聞こえてきた。

     そんな時、土方総督が千代ヶ岡にやって来た。


土方総督  「中島さん、どうだ。」

中島三郎助 「敵はまだ来ていない。箱館山山頂の敵が山を下りてきている。多分異  

     国橋あたりまで来ているんだと思う。銃声が聞こえてきている。そうなっ

     たらここがいつまでもつのか分からんよ。」

土方総督  「俺はこれから一本木を通って弁天岬の援護に行くっ。中島さん、頼ん

     だっ。」

中島三郎助 「また、会おうっ。」


      土方は千代ヶ岡砲台を出て弁天岬砲台に向かった。

      一本木関門に着いた土方は、陸軍奉行添役大野右仲に指示を出した。


土方総督  「大野、敗走して来る見方を吸収して敵を近づけるな。」

大野右仲  「先ほど、幡龍が敵艦朝陽を撃沈しました。」

土方総督  「よしっ、大野、敵を防ぎきれないと判断したら五稜郭に向かえ。死ぬ

     なよっ。」

大野右仲  「土方総督、総督も無茶しないでください。それではっ。」

                                                                    

      大野右仲は一個小隊を連れて一本木関門を飛び出して行った。

      土方の横に副総裁松平太郎がやってきた。


松平副総裁 「土方総督、五稜郭へ引いた方がいいのではないか。」

土方総督  「松平さん、五稜郭に帰った方がいい。ここは俺が守る。松平さん死ぬ

     なよ。榎本にもそう言っといてくれ。この戦はもう終わる。少しでも多く

     の兵隊を生かしたい。それに全力を挙げろと言っといてくれねぇか。最後 

     まで分からねぇことがある。榎本はこの箱館で何をしたかったんだろう

     な。今になっはどうでもいいことか。いいかっ、弁天砲台では援軍

     を待っているっ。大野たちは異国橋で敵を防いでいるっ。俺達は異国橋を

     救援し弁天に向かうっ。逃げる者は俺がぶった斬るっ。分かったかっ。覚 

     悟を決めろっ」


     土方は先頭に立った。

     一方、大鳥総督も有川方面に集結していた新政府軍は、大川口と七重浜 

     口に分かれて午前一時に進軍を開始した。また七重浜口に駐屯していた新

     政府軍は亀田・一本木へと進軍した。

     迎え撃つ側の大鳥軍は赤川と神山方面に衝鋒隊と一聯隊を配し、大鳥自 

     身は伝習歩兵隊・遊撃隊・・陸軍隊・彰義隊を率いて出陣、伝習歩兵隊 

     を大川方面に、遊撃隊と陸軍隊を七重浜方面の守備に付かせた。また、 

     亀田と一本木方面には神木隊・小彰義隊・会津遊撃隊、大森浜には額兵

     隊・見國隊が派遣された。

     戦いは午前三時ころから桔梗野付近で勃発した。

     正午になると四陵郭・赤川・権現砲台・神山の兵がが五稜郭に敗走し

     た。

     亀田方面でも敗れ五稜郭に敗走した。日没になったので休戦状態になり

     五稜郭は一息つくことが出来た。


     この十一日での各方面での戦いで一番の激戦になったのが七重村での 

     戦いであった。百二十名の兵隊が戦死した。


     話しを一本木関門に戻す。

     土方は、馬上の人となり大号令をかけながら松前藩兵めがけて突進しし 

     た。五人の松前兵を斬った直後,土方は大きくのけ反って馬から墜ちた。

     松本佑松・富沢豊吉・小坂鎮之進・丹羽武雄・鈴木熊吉が土方の弾除け

     になった。


富沢豊吉  「土方総督の盾になれっ、土方総督、土方総督、大丈夫ですかっ。」

土方総督  「やっと弾が当たってくれたよ。面倒掛けるが俺の躯は佐野専座衛門に 

     渡してくんねぇか。頼む。」


     松前藩兵の一斉銃撃が起こった。土方の盾になっていた者全員が撃たれ 

     た。全員土方に弾が当たらないよう土方の身体の上に自身の身体を被せ

     た。

     大野右仲が一本木関門に退却して来た。土方の死を知った。土方は近距離

     から腹部を撃たれた。

     腹に大きな穴が開いていた。大野は退却を命じて五稜郭に向かった。

     途中で安富才助に会い土方総督の死を告げた。

     一本木守備隊は五稜郭に敗走。

     土方はそのまま放置されていたが佐野専座衛門の手の者が深夜に土方を 

     佐野専座衛門宅に運んだ。

     佐野は土方をきれいに洗い、新しい服を着せて土方が愛用していた和泉守

     兼定をきれいに研いで土方の横に置いた。

     佐野専座衛門は土方を七重浜の閤魔堂(後の極楽寺)に埋葬した。閤魔堂の

     あった亀田町から歩いて十分程度の吉川町(元ガス会社付近)に醬油製造販

     売会社を経営していた。墓の手入れもしやすいし詣でることも容易にでき 

     ると言うのが理由だったようだ。


     陸軍隊春日左衛門隊長も亀田真道瓦工場付近で銃弾に倒れ五稜郭に運ば

     れたが戦死。

     酒井兼次郎(改役)・川井卓郎(実名 福島直三郎(改役)・松村五郎(改

     役)・田上義之助(会計士官) 田島安二郎(無役、少年)・石島徳次郎(無役少

     年)、以上の者達、五稜郭内で宴席をしているときに甲鉄の艦砲射撃が命 

     中し戦死。

      秋山重松(改役)も甲鉄の艦砲射撃により戦死。(宴席には参加していな

     い。)


   既に、土方総督戦死は五稜郭に知れ渡っていた。榎本総督は「これで終 

     わった」と呟いた。


     新政府海軍朝陽を撃沈した幡龍は砲弾が尽きるまで箱館湾内を走り敵船

     に砲弾し続けた。

     砲弾が尽きた時、松岡艦長は幡龍を弁天砲台の浅瀬に乗り上げた。機関室

     を破壊したが「また使うこともあるだろう。」ということで火はつけな 

     かったが後に焼失された。

     乗組員たちは弁天砲台に収容された。

     砲台内は守備隊、避難して来た町人達、幡龍乗組員でごったがえってい

     る。

     食料・飲み物・弾薬等が底をついてきた。


永井箱館奉行「森隊長、この辺が辞め時なんじゃないかね。砲弾も残りわずかだ 

     し、市中の避難者がこんなにいては戦えないだろう。」

森隊長   「まだやれますよ。弾が尽きるまでは降伏しません。私は土方総督と約

     束したんです。島田君、市中の人を安全なところに集めてくれ。食事も出

     すように、頼む。」

島田頭取 「森さん、分かった。土方先生の分まで頑張らないといけないな。」

永井箱館奉行「分かった、最後の踏ん張りどころだな。」


      松前藩と津軽藩の兵が箱館病院分院(高龍寺)に侵入し、負傷していた会

     津遊撃隊兵士ら八十余名を殺害した。

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