第32話  游軍隊士弁天砲台大砲六門を破壊

     土方は高松凌雲を訪ねた。

     病院はごった返していた。

土方総督  「先生、大変だな。」

高松凌雲  「手が足りねぇ。病院も満杯状態だ。薩長の箱館総攻撃も近いんだろ

     うな。」

土方総督 「十日ってところだな。」

高松凌雲 「土方さん頼みがある。遊撃隊の伊庭君がどうしても病院に入らねぇ。

     まで皆といると言って動ねえ。土方さんから病院に移るよう言ってくんね

     ぇか。」

土方総督 「言っても無駄だと思うが伊庭に会ってくるよ。」

高松凌雲 「会津遊撃隊の諏訪さんが胸を撃たれてここに居る、声をかけてやってく

     れ。」

土方総督 「分かった先生、大変だがよろしく頼む。先生達者で長生きしてくれ。」

高松凌雲 「土方さん、死ぬんじゃねぇぞ。」     


     土方は寂しく笑って部屋を出て行った。

     諏訪は重傷だった。諏訪の部下が昏睡状態が続いていると言った。

     諏訪の手を握って「ご苦労だったな。」一言言って五稜郭に向かった。

     五稜郭は意外と静まり返っていた。

     土方は、榎本・大鳥らに会う気にはなれなかった。

     直接伊庭を見舞った。伊庭は土方の顔を見て泣いた。

伊庭八郎  「土方総督、不覚を取ってしまいました。皆に済まない。」

土方総督  「伊庭、凌雲先生が心配している。病院に行ったらどうなんだ。」

伊庭八郎  「土方総督、私は長くないです。皆と一緒に居たいのです。邪魔なのはわ

     かっていますが私の最後の頼みをみんな聞いてくれました。私は先に逝

     きます。土方総督と一緒に戦いたかったです。」

土方総督  「伊庭、俺もすぐ逝くから途中で待っていろ。」

伊庭八郎  「待っています。そして一緒に皆の所に行きましょう。」


      伊庭は、途切れ途切れに話すのがやっとだった。

      土方は伊庭の手を強く握って部屋を出た。


五月三日

六月十二日

     この日の夜、弁天岬台場でとんでもないことが起こった。

     箱館の五月にしては珍しく降ったった。昼から激しい暴風雨に

     なった。游軍隊の斎藤順三郎は昨年十月二十四日に砲兵取締役として雇

     われていた。この日、斎藤は勤番だった。

     斎藤は台場を抜け出し地蔵町に住んでいる鍛冶職人連増蔵を小舟で台場

     内に入れ、台場に在った大砲七門のうち六門の火門(発火口)に釘を打ち込

     んだ。

     連蔵は弁天台場構築の際、秋田から親子で箱館に渡ってきた。父親は秋田

     で鉄砲鍛冶をしていた。

     連蔵は弁天台場の構造を良く知っていた。

     作業が終わった連蔵は直ちに新政府軍軍艦にこのことを報告、そして富川

     の新政府軍陣屋に行きこのことと函館の現状を報告した。


五月四日  

六月十三日

     島田魁のもとに砲兵隊の近藤熊吉が飛び込んで来た。


近藤熊吉  「島田頭取、一大事です。大砲の火門に釘が打ちつけられています。

島田頭取  「なんだとっ、何門やられたんだっ。」

近藤熊吉  「六門は使い物になりません。」

島田頭取  「現場に案内してくれっ。」


      島田と近藤は走った。


島田頭取  「だれでもいいっ、土方総督を呼んできてくれっ。」

近藤熊吉  「ここです。」

島田頭取  「直すのにどの程度かかるんだ。」

岩橋真吾  「まだ、はっきりしたことは言えませんがこれは職人の手によるもので

     す。かなり周到にやっていますね。」

近藤熊吉  「昨日の昼までは問題なかったです。暴風雨になってからやったんでし

     ょう。」

島田頭取  「犯人の目星はついているのか。」

岩橋真吾  「斎藤が勤番だったので、今、蟻通君呼びに行ってます。」

蟻通勘吾  「島田さん、この野郎どっかに「とんずら」しようとしてましたよ。」

斎藤順三郎 「私は知らない。何のことですか。」

島田頭取  「蟻通君、こいつを砲弾を足首に固定して、吊るしてくれ。」


     土方総督が来た。部屋には森常吉・島田魁・蟻通勘吾・近藤熊吉だけ

     だ。

     森常吉が顛末を報告した。


土方総督  「近藤君、修理にどの程度かかるのか分かったら教えてくれ。」

近藤熊吉  「了解です。」

土方総督  「こいつの首を跳ねろ。」


      三日後、斎藤順三郎は山背泊で斬首された。

      大砲六門は修理したが殆ど使い物にならなかった。

      中島三郎助から今夜千代ヶ岡陣屋に来てほしいと言って来た。


土方総督  「中島さん、どうした。」

中島三郎助 「土方さん、今夜は付き合ってくれ。」

 

     部屋には浦賀組の主だった者達 が酒宴の準備をしていた。

     恒太郎も栄次郎もいる。

     全員、席に着いた。

中島三郎助「今日はささやかだが皆と飲みたいと思って用意した。土方さん忙しいの 

     に済まなかった。」

土方総督 「いやいや、俺も皆と一杯やりたかった。もうじき薩長が攻めて来る。

     中島さん、ここは最後の砦だ。あんたのことだから徹底抗戦か。」

中島恒太郎「土方総督、私と栄次郎がいます。父を守って見せますょ。なっ栄次

     郎。」

柴田伸助 「中島殿、鬼に金棒ですな。」


     全員声を出して笑った。恒太郎と栄次郎は「冷やかさないで

     くださいよ。」と顔を赤くしてる。

     それを見てまた全員笑った。

     中島三郎助は楽しげに微笑んでいる。


中島三郎助 「土方さん、伊庭君の様子を見てきたがいつまでもつのかわからな

     い。」

土方総督 「俺も会ってきた。伊庭は五稜郭で死ぬよ。最後まで皆と一緒に居たいと 

     言っていた。 又、先に逝って途中で待っているとも言っていたよ。」

中島三郎助「土方さん、陸戦においては我が軍は善戦していた、しかし、敵の艦砲射

     撃はすさまじかったと聞いている。その艦砲射撃を阻止する船が我が軍

     にはなかった。回天・幡龍がどんなに動いても数で勝負にならない。

     私は覚悟していますよ。弁天岬砲台も、ここ千代ヶ丘砲台も艦砲射撃の的

     なる。銃撃戦の前に壊滅するだろう。敵の艦砲射撃は五稜郭にも届く。

     だが、まずは弁天とここを徹底的に叩くよ。」

土方総督 「弁天の大砲六門が游軍隊に壊された。決戦までに修理は間に合わない

     ようだ。」

中島三郎助 「新規に雇った者を全員辞めさせたと聞いていたが。」

土方総督 「俺の最終確認が甘かったんだよ。」

中島三郎助「品川出港以来、悪いことが続いている。しかしこの戦も終わりに違づ

     いていますよ。土方さん、心置きなく戦いましょう。」

土方総督「 中島さん、あんたと会えて良かった。恒太郎と栄次郎は覚悟が出来てい

     るのかぃ。」

中島三郎助「私や爺さん以上に覚悟は出来ていますな。」

土方総督 「そうか、お互い悔いのない戦いをしよう。、中島さん、俺も伊庭と途

     中で待ってるよ。

 

     中島は笑って頷いた。

     宴は大いに盛り上がった。

     柴田の爺さんが唄いだした。浦賀地方の唄だと言う。皆さめざめと泣い

     ている。中島も泣いていた。

     土方は、中島の肩を叩いて部屋を出た。


五月五日

六月十四日

      土方は柳川熊吉を訪ねた。

      小雨が降っている。


土方総督 「土方だが親分さんは居るかい。」

佐吉   「土方先生、親分は今留守です。」

土方総督 「いつ帰って来るんだぃ。」

佐吉   「詳しいことは分かりませんが子分三十人と大八車五台を引いて出て行 

     きました。私が親分どこ行くんですかって聞いたら、土方先生との約束を  

     果たしに江差・松前に行ってくるんだ。」って言って出て行ったんです。

     往復船を使うと言ってました。」


     土方は驚いた。既に俺との約束をやってくれている。なんて人なんだ。ま  

     だ、薩長がうじゃうじゃいると言うのに。

     土方は部屋に戻り柳川熊吉宛に手紙を書いた。

     日付は「決戦当日」とした。

     この手紙を佐野専左衛門に託した。

     土方は鉄之助と市蔵のことを想った。そして身の回りを整理しようと立ち

     上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る