第31話  小姓との別れ

五月二日  

六月十一日

     榎本軍の大鳥総督は三小隊を引 き連れて七重に夜襲に成功する。。

     三日には大川村(箱館と七重の中間付近)に進出して駐屯していた新政府軍 

     に衝鋒隊・額兵隊が、また、別動隊は七重浜への夜襲をかけどちらも成果 

     を上げている。

     しかし新政府軍は十分な兵員・武器・食料等が次々と補強され大勢は固

     まった。


土方総督  「鉄之助、市蔵。これから言うことは命令だ。お前ら二人で箱館を脱出 

     するんだ。そして日野の俺の実家に届けてもらいたいものがある。俺の写

     真と頭髪それから辞世の句が入っている。」

市村鉄之助 「土方先生、私は嫌です。他の者にしてください。私は最後まで先生の

     傍に居りたいのです。お願いします。」だ

和田市蔵  「私も絶対嫌です。鉄之助と同じです。」

市村鉄之助 「先生、否ですっ。勘弁してくさい。先生と一緒に死なせてください。 

     私は先生を父と思って今日まで来たのす。お願いですから、お願いですか

     ら。」


     土方は二人を思いきり抱き締た。

     そして、一人一人に新撰組の被と短刀を渡した。


土方総督 「市之助、市蔵。お前ら二人は

     新撰組鬼の副長土方歳三の子供だ。生き抜いて生き抜いて、みんなの分

     まで生きるんだ。いいな。イギリス商船がお前たちを待っている。これが

     港に停泊している船の船長に渡す紹介状だ。十分気を付けて行け。金も用

     意している。お前らがいてくれて楽しかったよ。」

和田市蔵  「先生、先生。」

市村鉄之助 「先生、行ってきます。私は先生の子供なんですよね、皆さんの分ま生 

     生きます。胸を張って生きていきます。島田さんによろしくお伝えくださ

     い。先生、ありがとうございました。」


     二人は大泣きしながら懸命に話している。嗚咽しながら土方に抱き着いて 

     くる。

     土方も泣いていた。


市村鉄之助 「先生、否、父上行ってまいります。」


     二人は走り出した。そして振り向いては「先生っ」と叫んだ。何度も繰り

     返した。


 土方の日記

     来るところまで来た。

     伊庭八郎、永井蠖伸斎、天野真太郎、岡田斧吉、武骨で真っ正直な奴

     らが死んでいく。

     箱館市中での戦いだ。四陵郭、権現台場は戦にならねぇ。

      弁天岬と千代ヶ岡、ここが落ちたら終わりだ。

     俺の見立ては大体当たった。軍艦の数の差が勝敗を決したんだ。

     心の奥底で「もっとましな戦がしたかった。」と云っている俺がいる。

     滝川、星、伊庭、天野、蠖伸斎、春日、こいつらは強いよ。

     ちゃんと考えて戦ってくれた。

     二股口の戦いはよくできたと思う。戦は面白い。大将次第で負ける戦

     も勝利できるし、大勝出来る戦も負けることもある。大将次第なんだ。

     海軍は最強の軍艦を持っていたかもしれねぇが船を動かす大将がいけなか

     った。何隻船を沈めれば気が済むんだ。

     俺は最近、自分の人生を振り返ることが多くなって来た。行き着くのは 

     「もう一度やり直したい」だ。だが相手がいることだって考えるようなっ

     た。俺がやり直したって榎本は変わらねぇ、大鳥も変わらねぇ、そしたら

     同じ結果になる。運命ってやつか。

     それじゃあ、仕方ねぇ。やれることをやるだけか。

     市村、和田生きろよ。胸を張って生きていけ。

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