第30話  剣豪伊庭八郎重傷

四月二十日  

五月三十一日

     新政府軍は十九日第三次上陸隊の中から長州一中隊、薩摩一中隊を木古

     内方面に導入した。

     二十日日、新政府軍は本格的に木古内を責めた。

     それに対して榎本軍は大鳥総督が額兵隊三小隊、伝習士官隊一小隊を率 

     いて来援した。

     松前から敗走して来た兵を合わせて約八百名の陣容になった。新政府軍の

     陣容は約二千七百名。

     新政府軍は、木古内中野の堡塁を占拠し札苅・泉沢まで進出した。それ

     に対して大鳥支隊は松前からの敗走兵を糾合し、海からは幡龍の援護射撃 

     があり新政府軍は笹小屋に後退した。

     大鳥総督は諸隊長を集めた。


大鳥総督 「木古内を放棄して矢不来・有川に移動する。」

星恂太郎 「何を言っているんですか。木古内を捨てれば二股口で戦っている土方総

     督はどうなるのですか。」

春日左衛門「大鳥総督、私も星君と同意見だ。戦いは始まったばかりではない

     か。」

伊庭八郎 「土方総督に口は出さないと約束したのではないですか。ここで出来る

     だけ敵を釘付けにすべきです。」

人見勝太郎「大鳥総督、何故今なんですか。明確な説明をお願いしたい。」

大鳥総督 「新政府軍の別動隊が大野平野に近づいていると言う情報が入った。大 

     野平野を抜かれたら五稜郭はおしまいだ。これは榎本総裁からの命令で

     もある。反論は許さぬ。二十日深夜までに全軍矢不来・有川に移動す

     る。 以上だ。」


     諸隊長の憤りは頂点に達してい る。


伊庭八郎  「諸君、どうする。遊撃隊はここに残る。」

春日左衛門「伊庭、よく言った。陸軍隊も残るぞっ。」

松岡四郎次郎「残るべきだな。それから土方総督に知らせなければならん。。一聯 

     隊から人数を出して知らせる。」

星恂太郎 「我ら額兵隊も残る。」

人見勝太郎「よし決まりだ。私が大鳥さんの所に行って掛け合ってくる。伊庭゜、星

     付いて来てくれ。」

    

     松岡四郎次郎は部下に書簡を渡して土方総督のもとに走らせた。

     人見・伊庭・星の三人は大鳥の宿舎に走った。

     一時間後、人見・伊庭・星が戻ってきた。

     三人が言うには大鳥は聞く耳を持っていず、只々、榎本総裁の命令だと繰 

     り返すだけだったと言う。

     木古内の戦いでは新政府軍の戦死者は十名、負傷者は二十名だったが榎

     本軍の戦死者は武士階級で三十名、町人兵士が十四名。

     福山での榎本軍の戦死者は武士階級が三十名と記録されている。

     矢不来に退却するに及んで伊庭八郎の遊撃隊は「しんがり」を務めた。 

     木古内陣地に残り新政府軍と激しい銃撃戦になった。


伊庭八郎 「柴田っ、本山っ、杉田っ、ここを死守するんだっ。兎に角、時間を稼

     げっ。」

柴田真一郎「隊長っ、俺達は西側を守る。本山っ、隊長のそばから離れるなよ 

     っ。」

本山小太郎 「柴田っ頼んだぞっ。」

柴田真一郎 「お前らは俺に続けっ。」


     激しい銃撃戦の中で伊庭隊長が銃弾に倒れた。胸部に被弾したが息は

     ある。


本山小太郎「柴田に隊長が撃たれたと伝えて来い。隊長を板に寝かせろっ。柏崎っ、

     三十人連れて隊長を船に乗せるんだっ。船の場所は知っているなっ、お前

     は隊長に付いていてくれっ。俺達は矢不来に行く。柏崎っ急げっ。」

柴田真一郎「本山っ、隊長は。」

本山小太郎「かなりやばいぞ。柏崎に隊長を船に乗せて五稜郭に行くように指示し

     た。」

柴田真一郎「本山っ、お前は部下を連れて矢不来に行くんだっ。俺も後から駆け付 

     けるっ。」

本山小太郎「柴田っ、死ぬなよっ。」


      遊撃隊は矢不来に着いた。

      伊庭八郎重体は大きな衝撃になった。


四月二十二日 

六月二日

     二股口では新政府軍が薩摩・水戸藩兵を増員し、弾薬食料も補充され 

     た。榎本軍の滝川充太郎指揮の伝習士官隊二小隊が増強された。

滝川充太郎「土方総督、伊庭が撃たれました。船で五稜郭に運びましたが胸を撃ち

     抜かれたと言うことでかなり危ないようです。」

土方総督 「即死の方がよかったのにな。」


     土方はそれ以上何も言わなかった。


土方総督 「おい滝川、敵の小銃の腕は大したことはねぇ。だがまだ撃つのかってい 

     うほど撃ちまくってくる。小銃は俺達の方が断然上だ。兎に角、、敵を釘  

     付けにするんだ。


     二十三日から三日間続いた銃撃戦は苛烈を極めた。新政府軍は最新の武

     器を使っている。

     この二股口での土方軍の戦死者は八名、如何に土方の指揮能力が高かっ

     たかを物語っている。

     二十六日から二十九日までにらみ合いが続いたが、松前から南下していた

     新政府軍が矢不来・富川を通って渡島平野に進出したことから、新政府軍

     に挟撃される恐れもあり、榎本が五稜郭に引き揚げろと言う勧告があり

     五稜郭に引き揚げることとなった。


     二十一日、新政府軍は堕とした木古内に松前口軍と稲穂峠口軍を合流さ

     せ一路箱館に向け進軍を開始した。二十二日は茂辺地村に到着。

     二十三日、新政府軍は矢不来に向かって進軍。

     榎本軍は箱館占領直後から矢不来・富川に法座・胸壕・堡塁を準備してい

     た。衝鋒隊と額兵隊それに木古内から墜ちて来た諸隊兵が加わり、二十

     四日茂辺地村を挟んで 小競り合いがあった。

     二十九日、新政府軍太田黒和太参謀は矢不来の総攻撃を下知した。


     新政府軍の陣容は次の通りであった。

     松前藩    二中隊と一小隊

     津軽藩    三中隊

     長州藩    一中隊と一小隊

     水戸藩    一中隊

     津 藩    一中隊

     筑後範    一中隊

     越前大野藩  一中隊

     備後福山藩  二中隊

     徳山藩    一中隊

     御親兵    一小隊

     薩摩藩    一小隊

     砲    備前四門 ・ 松前二 門 ・ その他一門

     全兵力    二千五百名


     それに対して榎本軍は

     彰義隊    百二十名

     神木隊    三十名

     遊撃隊    六十名

     伝習隊    一小隊

     衝鋒隊    一小隊

     額兵隊    二小隊

     全兵力    四百五十名


四月二十九日 

六月九日

     新政府軍は午前四時過ぎ、矢不 来天神森付近から戦端が開らいた。

     海陸連携作戦に茂辺地沖から甲鉄・朝陽の艦砲射撃で援護した。

     榎本軍はこの艦砲射撃により矢不来堡塁に引かざるを得なかった。

     新政府軍は午前八時には海陸、それに山手を迂回した別動隊と三方から

     攻撃を仕掛けてきた。

     春日・丁卯の艦砲射撃が威力を発揮した。榎本軍は次第に追い詰められ

     て正午過ぎには有川方面に撤退せざるを得ない状況だった。

     この戦いにおける新政府軍の戦死者は十九名、戦傷者は九十五名、他に  

     松前藩副長田崎東はじめ七名が戦死、十九名が戦傷している。

     一方、榎本軍は衝鋒隊副隊長永井蠖伸斎と同第一大隊長天野真太郎ら百

     六十名が戦死、戦傷者は七百八十名(奥越戦争日記)とされている。

     今後、榎本軍は四陵郭・権現台場五稜郭・千代ヶ丘砲台・弁天岬砲台を

     核として戦うしかなくなった。


五月一日  

六月十日

     新政府海軍軍艦を警戒巡行していた千代田艦が弁天岬砲台前の浅瀬に乗り 

     上げ使用不能になった。艦長の森本弘策は機関を壊し上陸した。しかし

     満潮になると千代田艦は漂流し新政府軍に拿捕されると言うお粗末な失

     態をする。

     品川を出港する時点で八隻あった艦船は回天・幡龍の二艦になってしまっ

     た。

     新政府軍は甲鉄・春日・丁卯・ 朝陽・陽春の五艦である。

     二日・三日・四日と海戦は続いたが五日に幡龍の機関に命中され運転の  

     自由が利かなくなり、弁天砲台で修理することになった。

     七日には、回天が甲鉄の砲撃を受け機関を損傷した。回天は動くことが 

     出来なくなり浮き砲台と化してしまう。

  六日間の海戦で受けた砲弾の数は以下の通りであった。

     榎本軍   回天 百五発

     新政府軍  甲鉄 五十余発 ・ 春日十七・八発 ・ 朝陽十四・

     五発だった。

     箱館市中では、「鬼の回天穴だらけ」と囃し立てられたと言う。


     この日、フランス軍事顧問団一行九名がフランス軍艦コエトロゴンで横 

     浜に向かった。

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