第27話  大射撃訓練

二月十九日 

三月一日

     午前四時、十数隻の小舟が闇の中を静かに弁天岬砲台の岸壁に滑るよう  

     に着岸した。物音ひとつ立てずに荷を台場に運んでいく。

     新撰組隊士達も段取りよく荷を運んだ。一時間ほどで小舟は波音ひとつ立 

     てないで寒川方面に消えて行った。

     小銃一万丁、銃弾二十万発。

     コンラート・ガルトネル兄弟は約束を守った。

     午前十時ガルトネル兄弟は五稜郭に現れた。七重村の土地三百万坪を

     九十九年間にわたり借り受ける条約の調印式を行うために。調印式はほ 

     どなく終わった。

     土方は小銃の割り当て等を指示し、射撃訓練を二月二十五日(四月六日)と

     決めた。

     集合場所は木古内台場。各隊から射撃手三十名を選抜させること。詳細 

     は追って知らせるとした。

     彰義隊隊長菅沼三五郎と会津遊撃隊隊長諏訪常吉に射撃場を用意するよ 

     う命じた。


     一、   的は五百メートル先と八百メートル先に用意すること。

     一、   丘陵地にも同様の的を用意すること。

     一、   匍匐体制での射撃とする。


     木古内陣地に小銃と必要な銃弾が輸送された。

     土方は新撰組頭取役に各隊駐屯地に土方の伝令として走らせた。

     非常に厳しい内容である。

 

     一、   五百メートル先の的には全員十発すべて命中して当然とする。

     一、   八百メートル先の的は全員十発中八発命中とする。

     一、   不合格の者は弁天岬台場及び千代ヶ岡台場に転属させる。


     何故、弁天岬台場と千代ヶ丘台場に転属なのかと言うと、逃げ場のない 

     台場であり艦砲射撃の集中砲火に曝される、激戦が予想された。だから 

     土方の新撰組、中島三郎助の浦賀組が死を覚悟して守備しているそんな

     部署には行きたくはないだろう。そういう意味が込められている。


二月二十五日 

四月一日

     土方は前日に木古内陣屋に入っていた。大方の隊も前日までには集合して 

     いた。

     集合喇叭がなった。各隊一列縦隊で整列した。五百人の兵士が直立不動

     の姿勢でいる。


土方総督 「全員休めっ。これから射撃訓練を実施する。全員合格を期待している。 

     不合格者が出た場合、その者は「地獄」の弁天岬台場か千代ヶ岡台場に 

     転属させる。訓練は三十分後、各隊隊長はここに残れ、後の者は解散

     っ。」

     「いいか、お前達。以前言ったとおりだ。この射撃の連弩次第にかかって 

     いる。決戦までに射撃の精度を上げろ。今から順番を決める。くじを引い

     てくれ。」


     順番が決まった。

     一番 神木隊・杜陵隊

     二番 額兵隊・新撰組・会津遊撃隊

     三番 一聯隊・衝鋒隊・伝習歩兵隊

     四番 陸軍隊・遊撃隊・伝習士官隊

     五番 彰義隊・小彰義隊

      

     一隊三十人×銃弾二十発  合計六百点となる。

     合計五百四十点以上を合格とする。


     結果が出た。

     神木隊     四百六十二点

     杜陵隊     四百三十五点

     額兵隊     五百六十二点

     新撰組     五百十九点       

     会津遊撃隊   五百六十四点

     聯隊      四百九十七点

     衝鋒隊      五百五十九点

     伝習歩兵隊   五百六十三点

     陸軍隊     五百五十八点

     遊撃隊     五百八十八点

     伝習士官隊   五百七十一点

     彰義隊      五百三十二点

     少彰義隊     四百四十八点


土方総督 「ご苦労だった。神木隊酒井隊長、杜陵隊伊藤隊長、新撰組森隊長、一 

     聯隊松岡隊長、少彰義隊小林隊長、彰義隊菅沼隊長、君達は合格する  

     までここで訓練続行とする。諏訪君、すまねぇが見分してやってくれ。」

     「見國隊は四月上旬に四百名でやってくる。決戦は目の前に来ている。

     薩長を恐怖に陥れる最大の武器は小銃命中率と機動力だ。敵がどのように 

     進軍してこようとも対応できる作戦を何通りも考えておくこと。」


     土方は満足していた。松前から有川を守る隊はほぼ合格してくれた。

     決戦までまだ時間はある。薩長を震撼させられるかもしれない、土方に 

     は見えている。本気で戦うのはせいぜい数千。面白れぇ戦をしてやる。


     一方新政府軍は、松前藩・弘前藩を中心に約八千名が青森に集結してい

     た。

     新政府海軍は二月に入ってストーン・ウォール号を購入して品川沖に係留 

     させていた。


三月九日  

四月二十日

     品川沖に係留していたストーン・ウォール号(甲鉄)が青森に向け出港し

     た。途中宮古湾に燃料補給等で寄港する。五稜郭がこの情報を知ったの

     は 三月十五日であった。

     榎本総裁・大鳥陸軍奉行・荒井海軍奉行・土方総督・甲賀源吾艦長等は      

     騒然となった。直ちに軍議が開かれた。

     回天の松岡館長、幡龍の小笠原艦長、野村利三郎等が軍議に加わった。


榎本総裁 「皆さん、甲鉄が品川を出港いたしました。アボルタージュ作戦に関す 

     る軍議を行います。

荒井海軍奉行「甲鉄は、今月下旬まで宮古に停泊していると思われます。今月二十三 

     日に箱館湾を出港し、二十五日早朝にアボルタージュを行います。作戦に 

     は、回天、幡龍、高尾が参加します。土方総督は百名の陸軍兵を三艦に乗 

     船させます。回天は外輪船なのでアボルタージュには向きません。そこで 

     幡龍がアボルタージュを仕掛けます。回天・高尾は停泊している敵艦を狙

     います。練りに練った作戦です。突撃は陸軍が敵甲板に移り甲鉄を奪う。  

     ただし時間を掛けるだけ不利になります。土方総督、よろしくお願いいた 

     します。」

土方総督 「出航は二十一日の何時だ。」

荒井海軍奉行「午前七時出航とします。如何ですか。」

土方総督  「分かった。」


      それぞれ最終確認をして軍議は終わった。

      陸軍でこの作戦に参加するのは、神木隊・彰義隊からの選抜百名とな

      っている。

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