第26話  雪合戦


一月十六日  

二月に十六日

土方の日記

     今日は何事もなく終わった。

     新撰組は市中見回りを大掛かりにやったが収穫はなかった。

     島田は弁天台場を厳重に点検したが問題はなかった。

     大野右仲からの知らせでは、五稜郭も新規採用した者達への対応に追   

     われていたと言う。やはり、荒尾勇次郎は脱走したと言う。この情報は 

     昨日捕縛した者から得たものだった。

     今日は一日吹雪いていた。

     薩長と早く決着をつけたい、そんな想いが日増しに強くなっている。

     体を動かしていないと心が萎えてくる。


一月十七日  

二月二十七日

     昨日の雪が嘘のように晴れ渡っている。

     大鳥圭介が弁天台場に来た。


土方総督 「大鳥君珍しいな。どうしたんだい。」

大鳥陸軍奉行「土方君、単刀直入に聞く。あんた何を考えているんだ。」

土方総督 「どういうことだ、言ってることが分らねぇ。」

大鳥陸軍奉行「今度の新政府との決戦だがあんた勝つ気はあるのか。」

土方総督 「勝てねぇな。逆立ちしても勝てねぇよ。大鳥君、あんた勝つ気でいるの 

     か。」

大鳥陸軍奉行「勝てないと思っている。」

土方総督 「榎本さんにしても、あんたしても蝦夷地に来た当初は戦う

     機などなかったよな。徳川をどうのとか蝦夷の開拓だとか、

     ロシアの侵略を守るとか言っていたがそれらは本心じゃなかっ

     た。新政府は自分達の主張を聞き入れてくれると考えていたん

     だろう。ところが薩長は俺達旧幕軍を許さないとわかった。

     だから不本意だが戦うしかないと言うことになった。違うか。

     榎本さんはこの戦で死ぬ気など毛頭考えていないよ。あんた

     もそうだろう。。

     この戦負けたら陸軍奉行として腹掻っ捌く覚悟は出来ているの

     か。」

大鳥陸軍奉行「当り前だ。榎本さんもその覚悟でいる。」

土方総督  「笑わせるな、大鳥君、榎本さん達に言っといてくれ。俺は今回、有  

     川・木古内・松前・江差を回ってきた。全隊長に対して薩長がどうとても  

     許されない者は思う存分戦って死んだらいい。だが死にたくない者を無理

     して殺してはいけないと。戦傷者を最小限にする戦をするようにと言って 

     来た。だが薩長を震え上がらせる戦をしようとも言った。あんたらも無 

     理して死ぬことはねぇんじゃないのか。」

大鳥陸軍奉行 「ああそうですか。なんて言えるわけがない。また、そんな気は持ち 

     合わせておらんよ。」

土方総督 「まっいいさ。大鳥君、最後の戦邪魔だけはしねぇでくれ。はっきり言っ

     てあんたは箆棒に戦が下手だからな、分かってんだろう。」

     下手すぎる。榎本さんは言うに及ばずだ。死を覚悟している奴らに思い切

     り戦わせてやってくれねぇか。そして死なせてやってくれ。その為に箱館 

     に来た奴らが大勢いる。生き恥を曝して薩長に下肢づいて生きるなんて

     出来ねぇ奴がいるんだ。だから戦の邪魔だけはするな。頼む絶対邪魔す 

     るなっ。帰って榎本さんに土方がこう言っていたと伝えてくれ。」

大鳥陸軍奉行 「土方君、ここに来て良かったよ。私も自分が戦下手と言うことは知 

     っている。常負将軍と陰口をたたかれているのも知っている。あんたの指 

     示に従う。俺も戦うぞ、いいな。」

土方総督 「邪魔だけはするなよ。」


     大鳥は笑いながら出て行った。土方も大鳥が来てくれたことを良し 

     とした。

     悪い奴ではない。ただ、自分が良く思われたい、だから大鳥を嫌う者が 

     出てくる。素直に生きればいいのにと何度も思っていた。


島田魁  「土方先生、広場で雪合戦をやるんですが一緒にやりませんか。実戦さ  

     ながらに作戦を立ててやるんですよ。」

     四班に分けて隊長は少年兵にやらせますす。決して文句は言わないと言う 

     のが決まりです。一緒にやりましょう。」

土方総督 「よし、俺も参加する、気晴らしになるだろう。」


     土方は和田市蔵の班に入れられだ。和田隊長は土方に作戦及び指示を 

     した。全員大爆笑しながら手を叩いて土方をからかった。

     決まりごとと言えば、雪玉に当たったら戦死、敵の陣地にさしている旗を 

     取った班が勝ち、それだけが決まり事だ。

     一回戦は市村鉄之助隊長の班と、田村銀之助隊長の班が戦った。

     市村隊の島田魁が最初の戦死者になった。体がデカく動きが鈍い分敵の 

     集中砲火を浴びた。

     守衛新選組隊士がバタバタ戦死していく。


土方総督 「お前ら守衛新選組隊士、そんなことで俺を守れるのかっ。」


     土方の野次で全員大爆笑した。

     結果は、田村銀之助の班が勝った。

     次は、和田市蔵隊長の班と沢忠助隊長の班の戦い。

     土方が敵の陣地に一目散で突進して旗を取りに行った。

     沢隊は土方の動きを読んでいるかのように全員土方に雪玉を投げた。

     土方は十発以上の雪玉を食らって見事戦死、隊士たちは腹を抱えて大笑

     い。土方も大笑いして手を振っている。土方のこんな姿を目にすることな 

     んてありえない。全員大喝采。

     優勝は市村隊長の班になった。土方から全員に酒二樽が贈られた。

     土方も輪に入ってみんなと酒を飲だ。一口舐めて後は白湯にした。


土方の日記

     今日は楽しかった。大いに笑った。市村鉄之助・田村銀之助・沢忠

     助・松沢乙蔵・長嶋五郎作・立川主税、和田市蔵、この子供達を死なせ 

     ちゃならねぇ。助けてやりてぃ。


     この日を最後に土方は日記を書いていない。土方にしてみればやるべき事  

     はすべてやった。また、榎本達に対しても言うべきことは言った。後は彼 

     らが彼らの信念で動けばいい。

     箱館の街は静かに時を刻んでいった。



二月十九日 

三月一日

午前四時、十数隻の小舟が闇の中を静かに弁天岬砲台の岸壁に滑るように着岸した。物音ひとつ立てずに

      荷を台場に運んでいく。新撰組

隊士達も段取りよく荷を運んだ。一時間ほどで小舟は波音ひとつ立てないで寒川方面に消えて行った。

      小銃一万丁、銃弾二十万発。

      コンラート・ガルトネル兄弟は

約束を守った。

      午前十時ガルトネル兄弟は五稜

郭に現れた。七重村の土地三百万坪を九十九年間にわたり借り受ける条約の調印式を行うために。調印式はほどなく終わった。

土方は、小銃の割り当て等を指 示し、射撃訓練を二月二十五日(四月六日)と決めた。

集合場所は木古内台場。各隊か ら射撃手三十名を選抜させること。

詳細は追って知らせるとした。

彰義隊隊長菅沼三五郎と会津遊 撃隊隊長諏訪常吉に射撃場を用意するよう命じた。

一、   的は五百メートル先と八百メー

一、   トル先に用意すること。

一、   丘陵地にも同様の的を用意する

一、   こと。

一、   匍匐体制での射撃とする。


      木古内陣地に小銃と必要な銃弾が輸送された。

      土方は新撰組頭取役に各隊駐屯地に土方の伝令として走らせた。

      非常に厳しい内容である。

一、 三十名の銃手は五百メートル先の的には全員十発すべて命中して当然とする。

一、 八百メートル先の的は全員十発中八発命中とする。

一、 不合格の者は弁天岬台場及び千代ヶ岡台場に転属させる。


何故、弁天岬台場と千代ヶ丘台場に転属なのかと言うと、逃げ場のない台場であり、艦砲射撃の集中砲火に曝される、激戦が予想された。だから土方の新撰組、中島の浦賀組が死を覚悟して守備しているそんな部署にはいきたくはないだろう。そういう意味が込められている。

 

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