第24話 優しい漢、土方歳三
一月十二日
二月に十二日
今日今日、中島が江差から゜松前に戻って来る。
中島が帰ってきたら宴会を開こう。伊庭、春日、人見と会うのもこれが最
後になるかもしれん。
土方は酒宴のことを人見に言って用意させた。
昼過ぎに、中島一行が帰ってきた。
土方総督 「中島さん、松岡君はどうだった。」
中島三郎助 「松岡君は土方さんとおんなじ考えでした。艦砲射撃には勝てないから
早々に松前に向かうと言っています。ただ、二股口方面に援護に行かなく
てもいいのかと聞かれましたので、必用だったら土方総督から連絡が入
るだろうと言っておきました。よろしかったでしょうか。」
土方総督 「ありがとうょ。それでいい。それから今日恒太郎と栄次郎を一晩借り
るぜ。野村が接待する。いいかい。」
中島三郎助「土方さん、いろいろ気をかけて頂き申し訳ない。初めての経験です。謹
聴するのだろう。」
土方総督 「おぅい、野村、。」
野村利三郎「土方総督、なんですか。」
土方総督 「一休みしたら街に繰り出してくれ。恒太郎と栄次郎を連れて接待してく
れゃ。思いっきり楽しんで来い。出発は明日の十時だ、それまで自由
だ。」
野村利三郎「すぐ、行きますよ。」
中島利三郎「野村君、よろしく頼みます。」
三人は出て行った。人見勝太郎から宴会の準備が出来たので部屋に来
てほしいと言ってきた。
部屋には各隊の頭取以上の者が揃っていた。
土方総督 「急な呼び出しですまねぇ。今日は君達と盛大に飲みたくて集まってもら
った。騒ごう。」
人見勝太郎「それでは乾杯しよう。」
全員で乾杯をした。みんな喜んでいる。こんな酒宴は久し振りなんだろ
うと土方は思った。みんな、いい顔をしている。
遊撃隊の岡田斧吉、柴田真一郎、杉田金太郎の三人は伊庭八郎と一緒に
呑んでいる。土方は伊庭の席に行った。
土方総督 「伊庭、座ってもいいかい。」
伊庭八郎 「どうぞ、お呼びしようとしていた所です。」
土方総督 「柴田、親父殿とは連絡とっているのか。」
柴田真一郎「はいっ、元気そうなので安心しております。土方総督にお聞
きしたいことがあります。昨日のことを伊庭隊長から聞きました。私達
は納得出来ていません。親父殿は中島様と一緒に死にます。
浦賀組の人達も同様です。」
土方総督 「柴田、岡田、杉田、遊撃隊全員が笑って死ぬ奴ばかりなのか。本音は
故郷に帰りたいと願っている者もいるんじゃねぇのか。ただ、言い出せな
いじゃねぇのか。俺には分かる。言い出すには勇気がいる。確かに中島
殿はじめ浦賀組の人達は立派に死んでいくと思う。それは一人一人の
純粋な想いからだ。
中島殿に心酔しているからだ。それは日ごろからの生き様によるものだろ
う。これは一長一短で形成されるものじゃねぇよ。
中島殿は徳川に恩義を感じておられる。浦賀組の人達は中島殿に恩義を
感じている。特に柴田の爺様は。
しかし中にはそう言う者を持ち合わしていない者もいる。お前らは立派に
死ねばいい。だが、そうじゃない者を無理矢理死なしちゃならねぇ。」
土方は、「この戦に勝ち目はない」と言いかけたがやめた。
土方総督 「伊庭、お前の話を聞かせてくれねぇか。」
伊庭八郎は、生い立ちから鳥羽伏見の戦い、箱根での戦い、香保丸遭難
の話、箱館に来る前の船腹の様子などを面白おかしく話してくれた。
本山小太郎との潜伏期間の話をしているとき、当の本山小太郎が席に来て
面白おかしく話し出したのでみんな爆笑した。
遊撃隊の連中は伊庭八郎に心酔している。いい連中だ。
陸軍隊の今井八郎、小原弘造、山田八郎、千葉糺の四人は黙々と酒を飲
んでいる。
遊撃隊とは雰囲気がまるで違う。
土方には、彼らの考えていることが分る。奴らは生き残る。
死をよしとしている者と生きようとしている者の雰囲気はいつも同じだ。
一言で言ったらすべてを断ち切った清々しさを感じる。そういう奴等は
皆死んでいった。
中島三郎助が柴田真一郎と話しをしている。柴田は終始笑顔で接してい
る。
人見がそろそろお開きにしましょうと言うので宴は終わった。
土方の日記
決戦を前にして軍全体が見えてきた。やることはやったという充実感があ
る。後は射撃訓練で射撃の精度を上げることだ。
明日は矢不来まで行くつもりでいる。ここも激戦になるだろう場所だ。
敵がここを通過したら時間の問題だ。
明日は永井蠼伸斎と天野慎太郎と会う。永井蠖伸斎はそろそろ砂原の
守備に行く。天野慎太郎も鷲ノ木の守備に就く。その前に話しておきた
い。この二人は勇敢でしばしば称賛されている。歴戦の勇士と言える。
一月十三日
二月に十三日
野村利三郎・中島恒太郎・中島 英次郎が帰ってきた。敢えて何も言わず
に出発した。
伊庭八郎、柴田真一郎らが見送 りに来ている。
伊庭八郎「土方総督、次回お会いするのを楽しみにしております。総督の言われた
こと肝に銘じてやっていきます。」
柴田真一郎「中島殿、親父のことよろしく頼みます。」
土方総督 「お前ら、命を粗末にするなよ。」
島田魁が新撰組大旗を掲げた、
それに倣って栄三郎も浦賀隊大旗を掲げた。
中島恒太郎が「出発」と叫んだ。二列渋滞でゆっくり進んだ。
伊庭達が見えなくなるまで見送ってくれた。
中島三郎助 「また、彼らに会えますかね。」
土方総督 「中島さん、彼らは死ぬよ。あんたと同じように。」
土方は、それ以後話をしなくなった。
恒太郎と栄次郎は元気に進軍歌を歌っている。
雪が激しくなって来た。島田魁が「駆足」と号令をかけた。
矢不来に着いた。
天野新太 「土方総督、ご苦労様です。食事の用意が出来ていますのでまずは食事
にしてください。」
土方総督 「すまねぇ、そうさせてもらうよ。」
体は冷え切っていたが部屋は暖かかった。土方は中島を伴って用意された
部屋に移った。部屋には永井・天野・今井信郎がいた。
今井信郎は千八百六十七年、京都見回組与力組頭に就任、京都近江屋で
の坂本龍馬暗殺事件に関与したと言われている人物。直新陰流の使手で
古屋作左衛門と衝鋒隊を設立、衝鋒隊副隊長として活躍している。
土方総督 「今井君、久しぶりだな。」
今井信郎 「元気なようで、何よりです。」
土方総督 「永井君、天野君、今日寄ったのは君達に頼みがあって来たんだ。」
永井蠖伸斎 「なんでしょうか。」
土方総督 「永井君、天野君、この戦勝てるか。」
天野新太郎 「負けるでしょう。私はそう確信していますが。」
土方総督 「負けるのに何故ここにいるんだ。」
天野新太郎 「古屋さんはじめ、ここに居る皆さんとやってきました。私にはここし
かないので。」
土方総督 「今井君、君はどう思う。」
今井信郎 「土方さん何を言いたい。私はこの戦は初めから勝てるとは思っていな
い。薩長が許せないから戦っているだけだ。勝ち負けは超越している。」
土方総督 「永井君は。」
永井蠖伸斎 「開陽を失った時に終わったと思いました。薩長に一矢報いるために戦
います。」
土方総督 「君達は鷲ノ木・砂原の警備に行くが、これ自体馬鹿げているんだ。
敵は乙部に上陸するのだからな。
だから、君達はここに戻ってくることになる。だが敵がここまで来たら
激戦になるだろう、
そこが問題なんだ。負けるとわかっている戦で部下を巻き込んで玉砕する
ことは下の下だ。
徳川に殉じる者、薩長が許せねぇ者は死んだらいい。そんな想いの奴ら
に生きろと言っても聞くわけがねぇ。だが故郷に親を残している者、女房
子供のいる者、そんな奴らを無理に殺さなくてもいいんじゃねぇか。
だから、もう駄目だと思ったら五稜郭に引いてくれ。頼む。」
今井信郎 「土方さん、私もそう考えていた。無理して死なせたくはない。土方さ
んの言うように死にたいものは死んだらいい。私は異存はない。」
天野新太郎 「分かりました。聞きましたが射撃訓練楽しみにしていて下さい。薩長
に一泡吹かせて見せますよ。」
永井蠖伸斎 「土方総督、わかりました。それと戦死者の遺体を葬って下さると聞き
ました。安心して戦えます。あなたと戦えることを名誉に思 います。」
今井信郎 「このことを言うために江刺まで行ったのか。あなたは恐ろしい副長
と言われていたが昔から優しい漢だった。二股口は頼んだよ。私も応援
に行けたら行くよ。」
土方総督 「永井君、今日はここに泊めてもらうよ。」
食事をとりながらいろいろ話をした。今井信郎とは京都時代のことを
話した。坂本龍馬暗殺の件については話を避けた。
土方の日記
これで終わった。伝えるべきこ とは伝えた。どれだけ理解してくれたか
は考えても仕方がない。少しゆっくりしよう。
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