第23話  新政府軍を恐怖に陥れる作戦の徹底

一月十日

二月二十日  

     天気がいい。みんなに見送られて松前に向かった。

     恒太郎と英次郎が大声で歌いだした。皆もそれに倣って後に続いた。

     新撰組大旗と浦賀隊大旗がそよ風になびいている。

     今日は安富才助が先頭にいる。

     安富は新撰組で馬術師範だった。大坪流馬術の遣い手でかなりうまい。 安富才助 「全員隊列を乱さず速足っ」


     一行は矢不来・富川の陣地を視察し茂辺地に向かった。

     各陣地はほぼ完成していた。

     茂辺地で昼食をとって再び馬を走らせた。


土方総督  「安富君、相馬君、一足先に木古内に行っといてくれないか。木古内台 

     地において先頭配備をさせておいてくれ。駐留している兵全員だ。全兵員 

     の中から小銃の扱いの旨いもの三十人選んでおいてくれ。

     頼んだ。俺達も飛ばして行く。」

安富才助  「 了解です。相馬君行きましょう。」

土方総督  「恒太郎、英次郎、先頭を走るんだ。馬から振り落とされるなよ。

     島田、浦賀隊旗を持ってくれ。」

      「恒太郎、英次郎、馬を駆け足にさせろ。二十分で常足。一時間で木古 

     内に着ける。行くぞっ。」


     恒太郎を先頭に走り出した。木古内にはちょうど一時間で着いた。

     陣地には完全武装をした兵隊が整列していた。


相馬主計 「土方総督、準備は出来ています。こっちにいるのが自称射撃名手達で 

     す。」

土方総督  「全員休め。これから射撃訓練をする。一人十発だ。

     大野君、蟻通君二十名連れて五百メートル離れたところに的を二十個作 

     ってくれ。その後に八百メートル離れたところに同じく的二十個作ってく 

     れ。赤と白の旗も用意してくれねぇか。よく聞いてくれ。

     今から射撃訓練を行う。先ずは射撃自慢三十人から行う。銃弾を装填 

     して準備しておけ。全員に言っておくが最低でも五百メートル先の的には 

     十発十中だ。八百メートル柵の的を十発八中できた者は給料を倍にす 

     る。八百メートルで不合格者は決戦になったら最前線に送る。いいな

     っ。

     二月下旬に射撃訓練を実施する。訓練対象者は八百メートルが出来た者 

     のみ。時間はまだ十分ある。死に物狂いで訓練しろ。」

     準備が出来たと報告が来た。

     一人十発、十五人を並ばせ て一斉に連射させた。

     十発打ち終わったので的に当たっているか調べさせた。十五人中十名が合 

     格だった。

     次の十五名は五名が合格。合格した十五名を一列に並ばせ、八百メート 

     ル先の的を狙わせた。連射が終わった。十発すべて的を射た者はいなかっ 

     た。


土方総督  「俺が予想していたよりこの隊は優秀だ。いいか、あと一ケ月はある。

     生きて国に帰りたかったら必死で訓練しろ。。以上だ。解散。」


土方の日記 

     明日は中島親子と大野右仲、野村利三郎の五人は二股から江差の松岡四 

     郎次郎に向かわせる。

     俺は松前に向かう。松前まで約四十キロ、ゆっくり行っても三時間あれば 

     着く。

     伊庭に会うのが楽しみだ。

      今日の射撃訓練の様子は間違いなく全隊に伝わる。生きるために射撃 

      の腕を上げろ。兵隊の顔が真剣になっていた。

      確実に腕を上げるだろう。

      俺は、二股口に来る敵をどれだけ釘付けに出来るかだ。自信はある。

      明日、松前でどう戦うかを理解させなきゃならねぇ。


一月十一日  

三月二十一日

     朝、中島三郎助一行を見送ってから土方一行は松前に向かった。

     中嶋と松前で落ち合うのは明日の夕方だ。

土方総督  「英次郎、浦賀隊の大旗を高く掲げて行け。恒太郎は先頭た。二人とも 

     胸を張って行くんだぞ。中島さん、頼んだよ。」   

中島三郎助 「大丈夫です。それでは。」

土方総督  「中島さん、雪が深いかもしれねぇ。気を付けて行ってくれ。

     野村、今夜は皆で旨いもんでも食ってくれ。それじゃぁな。

      それじゃあ、俺達も行くぞ。」

相馬主計  「土方総督、私は弁天で皆と共に戦いたいのですが。」

土方総督  「相馬、もちろん五稜郭から出て戦ってもらわなくちゃならねぇ。しか 

     し、お前や大野の戦場は五稜郭なんだ。」

相馬主計  「五稜郭、どういうことでしょうか。」

土方総督  「相馬よ、敵が有川を取ったら、敵が弁天台場を取ったら俺達に勝ち目

     はあるか。ねぇんだよ。どう考えても答えは「負け」としか出てこねぇ。 

     お前や大野は五稜郭に詰めている兵を負けが見えて戦場に行かしゃならね

     ぇ。たとえ大鳥が何を言っても無視しろ。勝ちめのねぇ戦場になんで兵隊 

     を送る必要がある。それと五稜郭に落ちて来た兵達を見てやってほしい。 

     お前達は必要以上に兵隊を死なしゃいけねぇ。それが相馬、大野の戦 

     だ。このことを大野ととことん話し合っておけ。お前ら二人なら出来ると 

     信じている。」

相馬主計  「土方総督は五稜郭に詰めないのですか。」

土方総督  「俺は、新撰組で先に逝ってしまった奴らと一緒に大いに戦う。あいつ 

     らがいれば鬼に金棒だしあいつらが弾除けになってくれる。二股口で敵を 

     足止めにする。その後は弁天岬台場だ。」

相馬主計  「分かりました。土方総督には近藤さん、沖田君、源さん達かついてい

     るんですね。」


     相馬は土方総督は死ぬんだと確信した。皆のところにやっと行けるん

     だ。土方さんは「鬼の副長」と呼ばれていた。だがあの人はとことん 

     優しい人なんだ。鋼のように芯が強く今まで皆を引っ張ってきた。疲れ果 

     てているはずなのに。皆のところに行く為にやり切って逝くんだ。

     相馬は泣けてきた。馬を一番後ろに回し皆にきずかれないように男泣き

     した。


     中島一行は、雪が少なかったので順調に進むことが出来ている。


大野右仲  「中島さん、私は越後長岡藩筆頭家老河合継之助殿宅にいた時期があり 

     ました。丁度、長岡戦争がはじまったときです。そこで怪我療養をされて 

     いた土方総督に会いました。その後、仙台で新撰組に入隊したんです。

     私はあのような方を知りませ。真っ直ぐな人で暖かい方です。

     戦の仕方も天才的です。何時も部下のことを気にかけておられる。

     二股口での戦いの時は戦傷者を出さない戦い方を考えろ。と言うのが口 

     癖でした。敵が何を考えているのが分ると言っておられた。噂では新撰組 

     は非常に厳しいと聞いていたのですが、厳しくしなければ新撰組を一つ 

     に出来ない、俺が鬼になればいいだけだ。そういう人なんではないでし 

     ょうか。箱館に来てそれがよく分かるんです。」


中島三郎助「大野君、私も箱館に来て良かった。土方さんがいるのといないのでは 

     まるで違う。戦場は違っていても一緒に戦っているとてう安堵感と言うの 

     かなんなんだろう。気持ちのいい漢ですよ。」 

大野右仲 「中島さんも、凄いですよ。千ヶ丘陣屋に行くとそれがよく分かります。 

     あそこの空気はきれいです。清々しいと言うか程良い緊張感を感じま 

     す。」

中島三郎助「浦賀に黒船が来た時、私は徳川の代表としてペルリーに会いましたが少 

     しも恐れることはなかった。筋を通して言いたいことははっきり言う。

     間違いがあったら潔く腹を切ればいいだけ。そう思うことにしたら

     益々人として真っ直ぐ歩むことが出来て居るんだと思っています。」

野村利三郎「私は、やんちゃばかりしてきた男です。若い時に決闘してそれがもとで 

     脱藩ですよ。その後、陸軍隊の一隊を任されたんですが春日さんとはどう 

     しても合わなかったんですよ。今日も松前から私を外したのは私を春日さ

     んと合わせない為なんですよ。土方さんてそういう人なんです。

     だから私は土方さんの前では素直になれるんですよ。今回アボルタージ 

     ュで「お前は切込み隊長だ」と言われた時、私を誰よりも信じてくれて 

     いるんだと思ったんです。アボルタージュ作戦は絶対失敗出来ない作戦で 

     す。死んでも成功しなければなりませんよね、敵艦を分捕れば戦況はこっ 

     ちになびでしょう。土方さんから貰った恩を返す時が来たんです。あの方  

     は人を動かせる方なんです。大好きですよ。」

中島恒太郎「父上、そろそろ江差に着くようです。」


     土方一行は既に松前奉行所に入っていた。


人見勝太郎「土方総督、遠路ご苦労様です。準備は整っております。」

土方総督 「春日君、伊庭君久しぶりだな。準備はどうだ、はかどっているのか。

     昨日、木古内を見たが大方出来上っていた。」

春日左衛門「松前方面は終わっております。ただ、どの程度まで補強すればいいのか 

     三人で話していたのです。土方総督が来られると聞き直接聞こうと言うと 

     になったんです。」

土方総督 「人見君、春日君、伊庭君、今の補強で何日持ちこたえられる。」

伊庭八郎 「ひと月でも持ちこたえられますよ。」

土方総督 「十分だ。今日来たのは最後の作戦会議をしに来た。作戦方針はもう変 

     えん。」

人見勝太郎「土方総督、お聞かせ下さい。」

土方総督 「今、中島殿が江差の松岡君のところに行っている。作戦会議をしに江刺 

     に上陸した敵に対して徹底抗戦はしてはならない。一人の戦死者を出して 

     もいけないと言いに行ってるんだよ。」

春日左衛門「松岡殿に降伏しろと言うことですか。」

土方総督 「降伏などせん。しっかり戦ってもらう。」

人見勝太郎「矛盾しておりませんか。」

土方総督 「人見君、この戦俺達に勝ち目はあると思うか。」

人見勝太郎「残念ながら。」

土方総督 「伊庭君は、どう思う。」

伊庭八郎 「負けます。」

土方総督 「じゃあ、どうして戦い続けるんだ。」

伊庭八郎 「私は幕臣だから戦います。徳川を滅ぼした薩長が憎いから戦うので

     す。」

土方総督 「伊庭、それはお前個人の感情だ、お前の部下全員もお前と同じ考えだ

     と言えるか。中には生き残りたいと思っている奴もいるんじゃねぇのか。 

     そいつらを卑怯者と言えるか。」


      三人とも下を向いている。土方は道理を言っている。


人見勝太郎「土方総督の言われることは道理です。では一人も死なせず、思い切り戦 

     うとはどのようにすれば出来るのでしょうか。」

土方総督 「三千人の中には既に【死】を覚悟してここに来た者もいるだろう。

     また勢いにつられて来た者もいる。死にに来た者達は薩長に一泡食わせ 

     て見事に散ったらいいさ。この戦は負ける。負ける戦なのに玉砕するこ 

     とはねぇと思っている。今まで良くやってくれた。そう言って家族のもと 

     に送ってやりてえんだ。松岡四郎次郎は、さっさと江差を引き上げてここ 

     に来る。お前らと松岡は適当に敵をあしらって木古内に引くんだ。

     伊庭、遊撃隊は一番強えいよ。だから心配なんだ。絶対に木古内までは

     部下を殺すな。松岡同様、敵をあしらえ。木古内の地が激戦になる。だ

     が、やばいと思ったら矢不来・有川まで後退するんだ。春日君、敗走な

     んかじゃねぇんだぞ。計画的に引くんだ。」

伊庭八郎 「こんな計画初めてですよ。出来る限り部下を殺さず上手に引くなん

     て。」

土方総督 「俺達には軍艦がねぇ。艦砲射撃されたら一溜りもねぇ。人見君この戦

     を歴史に残す戦にするにはどうするよ。」

人見勝太郎「全員玉砕覚悟で奮戦する戦いをするではないでしょうか。」

土方総督 「俺は違う。薩長に対して恐怖を与えるんだ。敵の数は確かに多い。だ 

     が、本気で戦う兵は決して多くねぇ。本気で戦うのは薩長・松前・弘前・ 

     東北の数藩 だ。西国諸藩に取ったら仕方なくやる戦だよ。何にも得に 

     ならねぇからな。薩長・松前・弘前に恐怖を与えるんだ。春日君、あん 

     たが薩長だったとしたらどんな戦い方をされたら恐怖を感じる。伊庭も人

     見も考えてみろ。」

春日左衛門「三千人が玉砕覚悟の切込みです。切込みの波状攻撃をかけます。」

伊庭八郎 「私も春日さんと同じです。」

人見勝太郎「それでは土方総督に対して命令違反することになりますよ。」

土方総督 「切込みの時代は終わったよ。戦傷者を最小に抑える。そして

     歴史に残る戦にする。出来るんだよ、そんな戦が。昨日木古内で射撃訓

     練をやらせた。腕のいいのを三十人出して一人十発弾を持たして撃たせ

     た。的までの距離は五百メートルと八百メートルだ。俺が思っていたより 

     命中していた。

     春日、伊庭、人見、八百メートル先から弾が飛んできて命中したら恐怖

     だろ。敵さんも八百メートル先から命中させられる兵隊もいるだろう。 

     いたとしても僅かだよ。こっちは全員が命中させられるんだ。それでも

     お前らは切込みを選ぶのか。いいか三人に言っておく。

     一旦中止した射撃訓練を二月下旬に行う事とした。全員八百メートル先 

     の的を射抜くように鍛えあげろ。歴史に残る戦をするんだからな。」

伊庭八郎 「土方総督、遊撃隊隊士は生き恥を曝すようなものは一人もいません。

     皆死ぬ覚悟で箱館に来たのです。」

春日左衛門 「土方総督、陸軍隊も同じです。これまでに多くの隊士が死んでいきま

     した。私達は卑怯者になりたくはありません。」

土方総督 「伊庭、春日、お前たちの言うことは分かる。だがお前たちの胸の内に 

     留めておけ。生きる死ぬは隊士一人一人が決めることだ。決めつけちゃ

     いけねぇよ。伊庭、春日、よく考えるんだな。」


土方の日記

     伊庭は中島三郎助と同じだ。死ぬと決めている。伊庭を見ていると沖田 

     を思い出す。

     可愛くてしょうがねぇ。純粋なんだ。遊撃隊は最も激戦になるあたりを

     守備することになっている。遊撃隊に適当にあしらって後退しろと言った

     ところで聞くわけがねぇ。かなりの戦傷者が出るだろう。人見勝太郎は 

     俺の言ったことを十分理解していた。部下を守る戦をしてくれるだろう。 

     しかし、その分、遊撃隊の犠牲は大きくなる。


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