第22話 土方が決めた戦い方
一月八日
二月十八日
朝、島田魁を呼んで視察の手配を命じた。全員馬で行くと告げた。
総勢十一名での視察だ。
土方歳三・島田魁・大野右仲・相馬主計・安富才助・野村利三郎・蟻通
勘吾・角谷糺・中島三郎助・恒太郎・英次郎。
中島三郎助に声を掛けたらみんなの顔もみたいし同行させてもらうと言
ってきた。
有川方面は、彰義隊の菅沼三五郎・額兵隊の星恂太郎・会津遊撃隊の諏
訪常吉。
木古内・松前方面は、遊撃隊の伊庭八郎・陸軍隊の春日左衛門・ 松前
奉行の人見勝太郎。
江差方面は、江差奉行の松岡四郎次郎。
今朝、彼らには早舟で知らせを出しておいた。
土方の日記
今回はみんなとゆっくり話をするつもりだ。
状況は日々変わっていく。それに対応していかなくちゃならねぇ。
死傷者を如何に少なく戦うかをみんなと話したい。そして十分に理解して
もらう。なし崩しに戦って負けるんじゃねぇ。旧幕軍はよく戦ったと言わ
れる戦をする。
この辺のことを理解させる。そんな旅だ。
一月九日
二月十九日
晴天の日が続いていたが今朝は雪が深々と降っている。
雪に備えた準備は出来ているだろう。
島田魁 「土方総督、準備が整いました。」
土方総督 「島田君、油紙も用意してくれ。十分後に出発する。まず千代ヶ岡陣屋に
よって中島親子と合流する。」
島田魁 「承知しました。」
広場には全員集まっていた。蟻通勘吾が新撰組の大旗を掲げていた。
土方総督 「蟻通君、「誠」はやっぱりいいな。しゃきっとするよ。」
島田魁 「まず、千代ヶ岡陣屋に行く。出発。」
先頭に蟻通勘吾・次に土方総督・島田魁・安富才助・相馬主計・大野右
仲・野村利三郎・角谷糺の順で進んだ。
千代ヶ岡陣屋では中島親子が既に馬に乗って待っていた。
中島恒太郎 「土方総督、お待ちしておりましたっ。」
栄次郎が浦賀隊の大旗を掲げていた。
土方総督 「英次郎、蟻通君の隣に行け。」
中島英次郎 「土方総督、よろしいのですか。」
土方総督 「当然だ、浦賀隊の大旗を高く掲げて行くんだ。蟻通君、面倒見てやっ
てくれ。」
中島英次郎は大変喜んでいる。まだ子供の顔だった。
中島三郎助は土方の隣に馬を進めた。恒太郎は島田魁の隣に付いた。
島田魁が恒太郎に何かささやいた。
中島恒太郎 「全員、出発っ。」
中島三郎助 「土方殿お気遣いに感謝します。二人のあのような顔を見るのは久しぶ
りのことです。とても晴れやかだ。妻にも見せてやりたいものです。」
浦賀組全員が「恒太郎さん、頑張って来いよ」「英次郎さん、旗落とすん
じゃないよ」などとはやし立てた。それがまた嬉し かったのかみんなに
大きく手を振っている。
中島英次郎 「柴田の爺様、行ってきます。」
柴田伸助 「坊ちゃんは我々浦賀組の代表ですぞ、立派に勤めて下さいよ。」
島田魁 「亀田あたりまで常足(並足→ゆっくり進む)で行きます。
土方総督 「中島さん、親子水入らずたっぷり楽しんでくださいよ。箱館に来てか
ら恒太郎も栄次郎も緊張の連続でしょう。思い切り羽目を外させてくだ
さい。」
中島三郎助 「そうですね。まだ女も知らない二人です。このまま死なせるのは
ちょっと不憫ですかね。」
土方総督 「二人は野村利三郎に任せましょう。
ところで昨日、荒井君にアボルタージュのことをいろいろ聞いてきたん
だが、兎に角ストーン・ウォール号の甲板に飛び込まないことには始ま
らねぇ。野村君が先頭きって飛びこむだろうよ。奴は死ぬ気でいるんだ
よ。だから思い残すことがないようにしてやりてんだ。」
中島三郎助 「すでに死を覚悟している者がかなりいます。見ていれば分かるんです
よ。さんざん薩長と戦ってきて同士・友を失って負けたからと言って 薩
長の創った明治政府に鞍替えの出来ない不器用がいますよ。」
土方総督 「中島さん、誰にも言わねぇでおこうと思っていたが中島さんには言っ
ておくよ。何度も話し合っているが、俺たちはどう足掻いても負ける。負
けることが分っていても戦わなきゃならねぇ。そこで俺は考えた。見事に
負ける。ただし、死傷者は最小限にする戦いをすると。それを理解させ
るために今回の視察をやることにしたんだ。」
中島三郎助 「難しいことを考えるお人だ。」
土方総督 「どうしても死にてぃ奴は何を言っても死ぬ。死んだあとは熊吉親分が
葬ってくれる。案して死ねる。
死にたくねぇのに流れ弾に当たって死ぬ奴もいるだろう。それは仕方ね
ぇ。死にたくない奴らを戦いながら五稜郭に退却させる。 会津の戦い
では戦に参加した兵隊の三分の一が死んだ。今回の戦では三分の一即ち
千人に当たる。それより少ない戦死者で済む戦をさせる。そう考えるよ
うになったんだ。」
中島三郎助 「戦は時の運、しかし土方殿の言われるのは十分理解できます。」
土方総督 「中島さんに頼みがある。江差の松岡四郎次郎のところに行ってくれね
ぇか。」
中島三郎助 「今、土方殿が打ち明けて下さったことをしっかりと伝えてくればいい
のですね。」
土方総督 「そうだ頼む。松岡君は賛成する立場だ。極端に言ったら一人の戦死者
も出さねぇで松前にひいて貰いてぃ。松岡君は理解するよ。中島殿頼ん
だ。」
土方は馬を恒太郎のところに進めて、恒太郎と栄次郎を野村利三郎のところに連れて行った。
土方総督 「野村、今回の視察の間、恒太郎と栄次郎の面倒見てやってくれ。二人
を大人にしてやってくれ。。頼んだぞ。」
野村利三郎 「了解しました。恒太郎、栄次郎これからは俺から離れるななよ。ただ
し、栄次郎は蟻通さんの横で旗を持っとかなきゃいけねぇ。恒太郎はし
ばらく俺の横にいろ。」
土方総督 「野村、軍資金だ、取っておけ。島田っ、馬を早足にさせてくれ。」
有川陣屋に着いた。
菅沼三五郎・諏訪常吉・星恂太郎が出迎えてくれた。
部屋に通された。
諏訪常吉 「土方総督、我ら三人だけでよろしいのですか。実は頭取たちを待機さ
せております。」
土方総督 「みんな呼んで来てくれ。
十人ほどが入ってきた。
星順太郎が「まず昼飯にしませんか」と言うことで握り飯とみそ汁が
出てきた。
大したもんじゃありませんが腹一杯食って下さい。
空腹だったのでみんな無言で黙々と食った。
食事が終わり机の上が片付けられた。
土方総督 「始めようか。星君、士気は上がっているのか。」
星順太郎 「台場・胸壕も完成したので手持無沙汰になっています。規律は守られ
ていますし日程表も正確にこなしています。」
土方総督 「銃の訓練を中止したが二月中旬に実行することにした。各隊三十人を
選抜しておけ。最低でも十発八中だ。一人に小銃二丁与える。
兎に角、鍛えてくれ。今度の戦は銃頼みだ、いいな。」
菅沼三五郎 「土方総督、敵が有川まで来ると言うことは厳しい戦になると言うこと
ですよね。敵の艦砲射撃も厳しいと思われます。土方総督は是か非でもこ
の有川を絶対死守というお考えですか。」
土方総督 「諏訪さん、あんたはどう思っているんだい。」
諏訪常吉 「敵はおよそ一万と聞いています。第一陣で三千、第二陣も三千、そし
て第三陣で四千、掃討戦となるでしょう。第一陣を抑えるのがやっとで
はないでしょうか。それも全員玉砕の覚悟で臨んでです。」
土方総督 「星君の意見は。」
星順太郎 「諏訪さんと一緒です。木古内でどう抑えるかもありますが、木古内が
激戦になればなるほど我が兵力は消耗します。消耗しきった兵力はあてに
なりませんから。」
土方総督 「分かった。皆よく聞いてくれ。皆の言うとおりだ。前にも言ったが
ここまで敵が押し寄せて来るってことは戦も終盤だ。俺達には援軍が
ねぇ。いいかよく聞いてくれ。部下を死なせるな。分が悪いと判断した
ら五稜郭に退却しろ。戦は生き物だ。今ここでどうのこうの言ったところ
でどうなるかわからねぇ。
判断はお前達にゆだねる。なるべく連携しながら退却してくれ。戦傷者は
出来るだけ連れて行ってくれ。何か質問はあるか。」
星順太郎 「土方総督は負けるとお考えですか。負けるとわかっていて最後まで戦
うのですか。」
諏訪常吉 「星君、土方総督は京都で新撰組副長をしておられた時から薩長と戦っ
てこられた。そして多くの部下・同士を失われた。その人達の為にも降伏
は出来ないのではないだろうか。誰にも恥じない戦をされるんだと
思う。上手く言えんがな。」
土方総督 「三千人の兵はそれぞれの考えのもとで今戦っている。どの考え方も良
い悪いじゃねえょ。故郷に女房子供を残して戦っている者もいるだろう
し、年老いた親を待たせている者もいるだろう。口に出せねえけど死に
たくはないとな。
だれにも恥じることのない戦、それは一人でも多くの仲間を生かすこと
じゃねえかという考えに至ったんだ。皆大いに薩長を苦しめてくれよ。
わかってもらえるかい。中島さん、一言ないかい。」
中島三郎助 「私は土方総督のこの言葉に感動感銘した。土方総督は戦で戦死した兵
のことまで考えておられる。
箱館の柳川親分さんに戦死者全員を葬ってくれと頼まれた。親分さんは
土方総督の【漢】に惚れこんで快諾された。こんな方を私は知らない。
私はそれを聞いて安心して戦いきれる、そう確信したんだよ。」
ここにいる全員が初めて聞くこ とだった。土方がそんなことまで考えて
いてくれていたことに感謝した。
ここにいる全員が会津戦争を知っている。薩長の仕打ちも知っている。
皆涙を流している。
土方は下を向いている。
諏訪常吉 「あなたと一緒に戦えることを誇りとします。あなたの作戦に沿えるよ
う戦いますよ。」
菅沼三五郎 「この最高の戦場で戦えることに感謝します。」
星順太郎 「愚痴になりますが、貴方が総裁で、美香保丸・神速丸・咸臨丸が健在
でしたら面白い戦が出来たでしょうね、貴方と戦えることを名誉としま
すよ。二股口は頼みましたよ。」
この後、ささやかな酒宴が開か れた。
皆大いに語った。大いに笑った。
土方は、今度彼らに会えるのはいつだろうか、そんなことが頭を過っ
た。恒太郎・宇井次郎も歴戦の勇士に交じってあるときは真剣に、そして
大笑いしたり連れてきてよかったと思った。
市村鉄之助と和田市蔵の顔が浮 かんだ。
土方の日記
中島さんには参った。柳川の親分さんとのことが出て来るとはこれっぽ
っちも考えていなかった。だが話してもらえてよかったと思い始めてい
る。
真面目に屍を曝して犬に食われてしまうのとは違う。ちゃんと葬ってもら
える。みんな安心したんだろう。
悔いなく生き残るために戦う。 奴らは最強の強者なんだ。
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