第20話  榎本・大鳥は大虚け

土方総督 「榎本さん、今戻ったよ。」

榎本総裁 「随分早かったですね。如何でしたか。」」


     部屋にはいつもの顔触れがそろっていた。


中島三郎助 「土方総督、ご苦労様でした。」

土方総督 「青森には現在二千から三千の新政府軍が駐留していた。兵隊達は民家

    を宿舎にしていて町人はかなり疲弊している。

      三月中には全国から兵隊が青森に終結する。一万から一万二千になるだ 

     ろうと言っていた。

     新政府軍は飯屋や居酒屋などで重要機密事項もしゃべっているそうだ。

     丁度、アメリカの商船が入港して荷下ろしをしていた。間違いなく最新 

     鋭の小銃だった。全部で二千丁はあった。

     一回の荷下ろしで二千丁だよ。またアメリカ、イギリス、フランス等商船 

     が頻繁に港に入っている。中外中立が撤廃されたせいだろう。また、これ

     は不確かな情報だが新政府軍はガトリング砲の購入を進めているらし 

     い。

     本来なら我が海軍に来るはずだったストーン・ウォール号が三月中旬に

     は青森に着くらしい。報告は異常だ。

榎本総裁  「たった一日でよくそこまでの情報を入手できましたね。」

土方総督  「敵は既に勝ったも同然と思っているんじゃねぇか。だから万事おおっ 

     ひらなんだよ。」

大鳥総督  「しかし、予想を遥かに上回っている。」

荒井海軍奉行「ストーン・ウォール号ですが操縦は簡単ではないと聞いていました 

     が、間に合うのでしょうか。」

土方総督  「イギリス海軍が助けてくれるらしい。」

榎本総裁  「えっ、イギリス海軍がですか。」

土方総督  「薩長は俺達を徹底的にぶっ潰したいんだよ。さっどうするよ。大鳥 

     君。」

大鳥総督  「榎本総裁、土方君の情報をもとに作戦の見直しをしましょう。」

土方総督  「馬鹿なこと言うんじゃねぇよ。あんた、作戦をどう変えるんだい。俺

     が持って来た情報は想定内の内容ばかりだぜ。降って湧いたようなもんじ 

     ゃねぇよ。それにあんたは総督なんだぜ。何にも考えていなかったのか

     い。」

大野右仲  「榎本総裁、私の考えを聞いてください。昨日アメリカ商船から荷下ろ

     しされた小銃ですがどこに保管するのか気になったものですから様子を窺 

     っていました。荷車に積まれた小銃は赤煉瓦の武器庫に運び込まれまし

     た。警備は厳重でしたがその赤レンガ倉庫を破壊することは可能だと思

     われます。」

大鳥総督  「それは無謀すぎる、正確な情報もない中で仮に決行するとしたら何人 

     規模でやるんだ。」

大野右仲  「ここにいる皆さん、但し永井殿・松平殿は五稜郭に残っていただきま

     す。榎本総裁・大鳥総督・土方総督・中島殿・荒井さん・そして私。決死

     隊として百名募ります。大雑把ですがこれが私の作戦です。

      如何でしょうか。」

中島三郎助 「大野君、実に面白い。私は賛成する。百に一つでも成功する可能性が 

     あるのであればやる価値はある。」

大鳥総督  「何故、榎本総裁がいかなくてはならんのだ。」

土方総督  「榎本さんは、日本に帰ってきて将軍に徹底抗戦を主張した張本人だ。 

     そして将軍自ら先頭に立って戦うべきだと言った人だよ。今の榎本さんは

     徳川慶喜なんだよ。違うかぃ。」

中島三郎助 「土方総督の言われる通りですな。土方総督の情報が現実のものとした

     ら、榎本総裁、大鳥総督どう戦うのですか。教えて頂きたい。」


     部屋は静まり返った。難しいことじゃねぇ。やる勇気があるのかだけ

     だ。こんな簡単なことはねぇんだ。土方は二人を見比べてみた。

     榎本は目を閉じ腕を組んでいる。大鳥は貧乏ゆすりをして落ち着きがな

     い。

松平副総裁 「今日はこれまでとしましょう。近日中に招集をかけますのでよろしく 

     お願いします。」


     何故、今ここで決められないのか。中島三郎助は天井を見上げため息をつ

     いた。


土方の日記

     榎本・大鳥は青森奇襲を実行しねぇ。なんだかんだ言って逃げる。

     でも戦はする。俺たちは必ず負ける。

     あの会津戦争に参加した会津軍は約九千人、戦死者は三千人前後と聞い 

     た。三分の一の兵隊が死んだ。

     箱館戦争の我が軍の兵力は三千。この三千の中で死を決している者は果た

     して何人いるだろうか。

     三千の三分の一、千人が死ぬ。残り二千を生かす戦をすればいい。二千

     が二千二百なら尚いい。

     俺を含めて死にてぃ奴は死ねばいい。

     こんな簡単なことが何故わからなかったのか。当初は如何にかつ勝つ戦 

     をするかを必死で考えていた。

     開陽が沈没した時点でどう引き分けに持っていくかを考えるようになっ

     た。そして今だ。

     局外中立が撤廃された。完全に負ける。死傷者を出さねぇで負ける。これ 

     は無条件降伏ってことになるのか。

     それはあり得ねぇ。死傷者を出来るだけ少なくしての負け戦。これで行

     く。このことは誰にも言わねぇことにする。よしっ、これで決まりだ。


一月五日  

二月十五羅日

     土方は中島三郎助と五稜郭にはいった。大野右仲を呼んで榎本の部屋に

     行った。

      部屋には大鳥がいた。

土方総督 「ちょうどよかった。ちょっといいかな。」

大鳥総督 「なにかね。」

土方総督 「昨日の話どうなったんだ。」

榎本総裁 「まだ、決めかねています。事が事なので。」

土方総裁  「そうかい。それじゃあ昨日の話は取りやめにしてくれねぇか。

榎本総裁  「どういうことですか。」

土方総督  「あのな榎本さん。昨日の話は「分かったやりましょう。」で終わるん

     だよ。何日もかけて考えるようなもんじゃねぇ。だからもういいんだ。  

     邪魔したな。」


     中島三郎助、大野右仲は土方の心境を察しているようだった。何も話さず

     解散した。

     土方は大鳥という男を考えてみた。

     大鳥は維新当時徳川幕府の歩兵奉行だった。江戸城開城が決定した時、 

     大鳥は憤激し有志の徒を率いて関東各地を転戦、勝利がないまま会津に

     入った。

     当時、彼が率いていた諸隊には次のような隊があった。

     回天隊・御領隊・七聯隊・伝習第一大隊・伝習第二大隊・草風隊・別伝 

     習隊・貫義隊・純義隊?以上二千余名。

     大鳥圭介を総監とし、参謀土方歳三、補佐として本多幸七郎・山角喜三 

     郎・大川正次郎等が補佐した.。

     大鳥は会津藩兵千余名を加えて三隊に分けた。

     一隊は日光口、一隊は白川口、もう一隊は太田原襲撃に分けた。

     大鳥は七聯隊・御領隊合わせて三大隊三百三十人、伝習士官隊に代替三 

     百七十人、これに会津藩参政山川内臓の率いる会津藩兵千四百人合わせ

     て二千百人を大鳥自ら総監となり日光口に向かった。最初は会津軍が

     優勢だったが西軍は後続部隊を繰り出した。大鳥軍は会津に後退していか 

     ざるを得なかった。

     実際に大鳥圭介のことを【常負将軍】という記録が残っている。

     宇都宮城の攻防戦でも大鳥は負けていた、土方が救援に来たことによって 

     勝利することが出来た。

     大鳥は本当に【戦が下手】だったのだ。

     周りの者達は、大鳥さんは机上で戦をする人、土方さんは感や戦場独特  

     の空気を感じて戦略を練る天才肌と称されていた。

     その【常負将軍】が陸軍奉行に座っている。本当なら陸軍奉行は土方がす   

     べきであった。大鳥は己を知らない【うつけ】と言わざるを得ない。


土方の日記

     何度も書いてきたことだが榎本 ・大鳥は戦が分っちゃいねぇ。

     ああ言う質の男には謙虚さがねぇ。知らんことは知らん、教えてくれでい

     いじゃねぇか。

     そんな奴らが密室会議ばかりしている、馬鹿馬鹿しい。

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