第19話  土方、青森に行く

一月二日   

二月十二日

     朝、中島三郎助の息子二人が土方を訪ねてきた。

     父からの手紙を持参してきたという。部屋にあがれと言ったが急ぎますと  

     言って帰って行った。

     アボルタージュは合法なり。

     本日正午に五稜郭にて。

     土方は函館病院に寄ってから五稜郭に入ろうと考えて早めに出た。


土方総督 「凌雲先生、どうだい。」

高松凌雲 「おぅ、土方総督。最近は戦がねぇから落ち着いている。患者の容態

     もかなり回復しているよ。今日は何だい。」

土方総督  「先生、アボルタージュって知ってるかい。」

高松凌雲 「アボルタージュ、聞いたこともないねぇ。」

土方総督 「そうかい、仕事の邪魔して済まなかった。まだ、しばらくは戦はねぇ 

     よ。また、来る。」


     土方は五稜郭に入った。中島三郎助はすでに到着していた。


野村利三郎「お待ちしておりました。既に揃われております。」

土方総督 「ちょっと話したいことが会ってね。榎本さん、荒井君、松岡君、あんた 

     らアボルタージュって知ってるかい。」


     榎本をはじめ全員が驚いた様子だ。

     顔を見あらせている。


榎本総裁 「その言葉どうして知っているのですか。」

土方総督 「中島さんが以前坂本龍馬から聞いて記録していたんだよ。」

大鳥総督 「坂本龍馬、あの土佐藩脱藩の坂本ですか。

榎本総裁 「中島さん、どこで坂本と。」 

中島三郎助「そのことは後程、ところでどうなのです。ご存じなのか。」

榎本総裁 「私自身はお恥ずかしいが知らなかった。荒井君が以前フランス海軍士 

     官候補生のニコールからアボルタージュという戦術があるということを 

     聞いたそうです。

荒井海軍奉行「そうです。ニコールが言うには自分はアボルタージュの経験はないが 

     国際法で認められている戦術だと言っていました。」

土方総督  「知っているんだったら話がはぇぇ、海軍さんのことに口出しする気は 

     ねぇがアボルタージュをやらねぇか。」

榎本総裁  「私達もアボルタージュを真剣に考えていました。新政府軍の手に渡っ

     たストーン・ウォール号を頂く。」

土方総督  「場所は宮古湾だろう。中島殿がそう言っている。」

甲賀源吾  「中島殿、ご明察です。私達も宮古湾と考えていました。」

土方総督  「よし、話は決まった。榎本さん計画は海軍に任せた。陸軍として切り

     込み隊を結成する。俺も参加する。切込み隊長はこの野村利三郎だ。

     陸軍側からは中島殿と野村が作戦会議に参加する。連携を密にしてぇから

     な。いいよな、榎本さん。」

榎本総裁  「初めてじゃないでしょうか。陸海連合会議は中島殿よろしくお願い 

     しますよ。」

土方総督  「それから大鳥君、大砲訓練、射撃訓練はやめにしないか。弾薬も限り 

     があるんだろうし。」

大鳥総督  「申し訳ない。調べさせたが正確には分からない。」

土方総督  「分かった、中止の通達を出しておいてくれよ。榎本さん前にも言った

     が、青森・弘前に行く件だが明日・明後日には出発するよ。あくまでも

     天候次第だがな。」


     土方は、中島と野村を残して部屋を出た。俺がいない方がいいとの判断 

     だ。土方は、佐野専佐衛門を訪ねた。


土方総督  「旦那、急にすまねぇな。」

佐野専左衛門「あんたはいつも急ですね。」

土方総督  「実は、青森と弘前に行くことにしたんだ。それで俺を佐野屋の番頭と 

     いうことにしてくんねぇか。商売で青森・弘前に行くかたちにしてぇん

     だ、頼む。それと信用出来る商人を青森・弘前で紹介してくれ。」

佐野専左衛門「分かりました。紹介状明日一番でお届けします。お一人で行かれるの

     ですか。」

土方総督  「いや、新撰組の大野君を連れていく。」

佐野専左衛門「くれぐれも気をつけて。」


     土方は五稜郭に戻って榎本に大野右仲を連れていくことを伝えた。

     また、大野右仲にも同行する旨を伝えた。佐野屋の番頭としていくこと

     も伝えた。


土方の日記

     今日は天気が良かった。漁師に明日の天気を聞いたら大方晴れると言  

     っていた。

     青森・弘前を見ておくことは無駄じゃない。

     大野は唐津藩士。藩主に同行して箱館に来た。新政府軍に唐津藩士はいな 

     い。だから大野は適任だと考えた。さっき、佐野専左衛門床の番頭が

     紹介状を持って来てくれた。

     大野は新選組屯所に入っている。出発は七時。


一月三日  

二月十三日

     快晴で波がなかった。土方は船 が苦手だった。鷲ノ木上陸はかなりの 

     船酔いで苦しんだのを思い出した。幸先がいいと思った。


土方総督 「大野君、君は船大丈夫なのか。」

大野右仲 「唐津は良港があります。子供のころから船にはよく乗っていたので大丈

     夫ですよ。ただ、この小舟では波がなくても多少揺れが大きいと思いま

     す。」

土方総督 「いやなこと言うな。」


     笑いながら、二人は船に乗った。

土方総督 「大野君、君の主人は唐津藩主小笠原殿だよな。清和源氏で鎌倉・

     室町。徳川と義を貫かれた。三好胖殿とはどのような男だったんだ。」

大野右仲 「若様という言葉が大嫌いな方でした。自ら苦難に立ち向かっていく方で 

     した。仙台で蝦夷地行きを希望された時、土方総督は新撰組に入隊する

     を条件に認められましたね。胖殿は非常に喜んでおられました。

     憧れの土方総督の下で働けると。船中で言葉をかけて頂いた時も興奮して

     おりました。土方総督の気遣いに触れた時は泣いていましたよ。「俺は 

     一番働きをして土方総督付きにしてもらう、だからみんな手伝って

     くれ。」と周りの者に頭を下げていました。七重村の戦いで戦死した者達 

     はその言葉を聞いていた者達です。胖殿の願いを適えられず申し訳ありま

     せん。そんな思いで戦死、いや、殉死したんだと私は思います。」

土方総督  「俺が殺したようなもんだな。」

大野右仲  「何を言われるのですか。胖殿は「漢・もののふ」としてあっぱれに最

     後を飾ったんです。」

土方総督  「大野君、君は武士の子として生まれ武士として育った。俺は、近藤さ

     んと武士になりたい一心で生きてきた。だから俺は「武士」とはどういう 

     ものなのかわからねぇ。分からねぇまま生きている。中島三郎助殿を見 

     ていると「武士」とは中島殿のような人のことを言うのだと思う。榎

     本、大鳥を見ていても、榎本・大鳥を見ていても「武士」を感じたこと

     がねぇ。」

大野右仲  「榎本総裁はこれからの武士の手本のような人なんでしょうね。私も書

     物でしか分かりませんが土方総督は戦国武士と感じます。二股口の戦いで

     土方総督の指揮の仕方は見事でした。土方総督が場を留守にされて私に

     頼むと言われた時は必死でした。私は土方総督と中島三郎助殿は同じ匂 

     いがするんですよ。そういう臭いを感じる方が幾人もいます。決戦の時そ

     の方たちは素晴らしい戦働きをするでしょう。私もその中の一人になり

     たい、そう思っています。以前、伊庭八郎君と話す機会がありました。

     伊庭君が言うには「自分は鳥羽伏見の戦いから今日まで三回死にかけた 

     けどこうして生きさせてもらっています。でもね大野さん、仏の顔も三度

     までっていうじゃないですか。

     だから私は今度の戦で死にます。でも私にしかできない戦をしますよ。」

     笑いながら楽しそうに言うんです。私は彼が好きです。」

土方総督  「俺も奴が好きだ。出来ることなら同じ戦場で一緒に戦いてぃがそうも 

     ならん。」


     船頭が言うにはこんなに穏やかな日はめったにないと。土方は心地の良 

     い揺れに任せて目を閉じた。転寝をしている間に船は青森に着いた。

     町はごった返していた。この時期の青森には二千人以上の新政府軍兵が

     駐留していた。


     当時の青森町の人口は一万人。新政府軍は最終的に一万二千人駐留する

     ことになる。

     兵隊の宿泊は寺社を始め町家があてがわれた。町家の負担は想像を絶して

     いたという。

     記録には町人の「家の者の疲労が重なり迷惑で仕方ない。」とある。

     土方と大野は佐野専左衛門が紹介してくれた七崎屋通称「七半」青森支

     店に入った。

     店の者に佐野の紹介状を手渡し待っていると割腹のいい男が現れた。

     大番頭の佐吉だと名乗った。主人の松崎半兵衛は八戸の本店に行っていて

     不在と答えた。


佐吉   「佐野様には大変お世話になっております。お手紙は確認させて頂きまし

     た。ごゆっくりむなさってください。お部屋にご案内いたします。

     どうぞ。」

土方総裁  「佐吉さん、面倒掛けるがよろしく頼む。青森はどうだい。」

佐吉    「はっきり申し上げますが新政府様には迷惑しております。今、兵隊さ

     んは三千人くらいいるんじゃないでしょうか。その兵隊さんはお寺・神 

     社を始め町家にも宿泊しています。食事の用意もすべて町家が負担してお

     ります。雪解け前には一万人以上になると兵隊さん達が言っておりまし

     た。青森の人口より多くなります、どうしたもんでしょうか。」

大野右仲 「佐吉さん、店はもうかるんじゃないですか。」

佐吉   「大野様、滅相もありません。たただ同然でもっていかれます。箱館から 

     逃げてこられた兵隊さんや松前・弘前藩の方達きちんとされていますが

     薩長の方達は当たり前のように持っていくそうです。松前藩・弘前藩など 

     は何十万両もの大金を新政府から借り入れたそうです。そのお金でイギリ

     スから最新の小銃をはじめ武器弾薬を購入するんだと言っていました。

     意味が違いますが変に活気があるというのでしょうか。そういう意味で 

     は箱館も大変でしょうね。」

土方総督  「佐吉さん、時間の方はまだいいかい。」

佐吉    「今日は一日大丈夫です。」

土方総督  「佐吉さん、新政府軍のことをもう少し詳しく聞かせてくれねぇか。」

佐吉    「多分薩長の兵隊だと思いますが犬狩りをしているんですよ。」

大野右仲  「犬狩りですか。」

佐吉    「そうです。彼らは南国育ちですから青森の冬が耐えられんのでしょ

     う。小銃や刀で犬を殺して毛皮を作っているんですよ。兎に角、ひどいも

     のです。民家に土足で上がり酒を用意させる。肴を用意させる。

     自分達は徳川幕府を倒した官軍様だと喚くそうです。それに私共「七半」

     も金をせびられましたが弘前藩では五十万両用意させると息巻いている

     と聞いています。最近イギリス・フランス・アメリなどの商船が頻繁に港

     に入ってます。

      新政府軍の幹部がアメリカ・イギリス・フランスなどの武器商人達はこ

     の戦争が長引くことを望んでいると言うのです。

     理由はアメリカで国を二つに分けて戦った南北戦争が三年前に終結したん 

     だとか。話によると小銃をはじめとする 武器が大量に余ってしまった。 

     日本は戦争をしている。格好の売り先と考えたというんです。最新の小銃  

     一丁が十両だと言っていたと聞きました。それを新政府は大量にここ青森 

     に集めてているんです。」


     去年の松前攻略はある意味大勝 だったと言える。

     それは、小銃が旧式のものが多 く、中には火縄銃を使っていた兵士もい 

     た。

     だから短期間で勝利を得ることが出来た。厄介なことになると話を聞き

     ながら土方は思った。


佐吉    「また、ガトリング砲というとんでもない銃が手に入ると、その銃は一 

     分間で百発の球を打つことが出来ると、旧幕府軍は勝てるわけがな 

     い。」酒を飲みながら大声で言いまくっているんですよ。



     土方は、ガトリング砲のことは知っていた。

     長岡藩の河合継之助が三丁買い求めた。長岡戦争で使ったと聞いてい

     る。本当に厄介な代物だ。


土方総督  「佐吉さん、ありがとよ。随分と参考になったよ。」


     佐吉は頭を下げて部屋を出て行った。大野右仲は何か考えているようだ

     ったが、


大野右仲  「土方総督、港に行ってみませんか。」

土方総督  「俺もそれを考えていた、よし行こう。」


     土方と大野は佐吉に一言言って店を出た。

     港に着いた時アメリカ国旗を掲げた商戦が荷を下ろしているところだっ

     た。

     荷物の大きさからして小銃だと想像がついた。一箱に二十丁入っている

     のが普通だ。

     しばらく様子を見ていたら荷下ろしは終わった。


大野右仲  「土方総督、全部で百箱です。今日だけで二千丁になりますよ。

     いったいどれだけ買い求めるんでしょうか。」

土方総督  「少なくとも一万丁は用意するんじゃねぇか、否、それ以上用意するか

     もな。長居は無用だ、帰ろうや。」

大野右仲 「土方総督、先ほど佐吉さんが言っていたガトリング砲とは何ですか。」

土方総督 「俺は見たことはねぇがガトリング砲は銃身が六個あってハンドルを回 

     すと弾が切れるまで連射し続けるとんでもねぇ代物だ。

大野右仲 「戦が変わりますね。ところで弘前にはいつ行きますか。」

土方総督 「大野君、明日天気が良かったら箱館に戻る。悪いが港で待っている今朝

     の船頭に明日の波の様子を聞いてきてくれ。もし天気がいいんなら朝七 

     時に出発する。頼んだ。」


     土方が知りたいことは大方分か った。あと一つ確認すればいい。

     土方は七半に磯いた。


土方総督 「佐吉さん、ちょっといいかい。」

佐吉   「大丈夫です。お部屋の方でお聞きします。」

土方総督 「佐吉さん、新政府軍は軍艦のことを話していたと聞いたことねぇか。」

佐吉   「さっき言い忘れておりました。戻られてからお話しするつもりでおりま 

     した。昨日、新政府の海軍の幹部の方々が妓楼で酒宴をあげていた時の話

     ですが「新政府はアメリカから甲鉄で覆われている最新鋭の軍艦を買った 

     そうです。

     三月には青森に来るだろうと言っていたそうです。

     その話の中である者がそんなすごい船の操縦は難しいんじゃないのかと 

     聞いたら、イギリス海軍が操縦するんだと自慢げに言っていたそうです。

     イギリスは新政府にどの国よりも肩入れしていると、もっぱらの噂で 

     す。」

土方総督 「佐吉さん、ありがとう本当に助かった。連れが戻ったら飯にしてもらえ

     るかい。」


     大野が戻ってきた。明日も快晴だろうということなので七時に出発すると 

     船頭に言っておいたと。

     食事が運ばれてきたので二人は今日の話を整理しながら食事をとった。


土方の日記

     青森にやってきてよかった。知りたいことはすべて分かった。

     だが、すべてが最悪だった。新政府は俺達旧幕軍を根絶やしにしたくてし

     ょうがないんだ。

      最新銃で武装した兵隊が攻め込んでくる。鋼鉄で覆われた軍艦が箱館湾

     を動きまくる。

     場合に寄ったら一万人を超える規模の兵力が上陸してくる。

     勝てるわけがねぇ。逆立ちしたって勝てねぇよ。


一月四日  

二月十四日

     船頭がこの時期に二日もいい天気で波がないのは滅多にないと言ってい

     る。時間も随分短縮されるとのことだ。大野右仲に質問してみた。

土方総督 「大野君が俺の立場ならどう戦う。」    

大野右仲 「私ですか。そうですね。昨日船頭のところに行く途中に荷下ろしされ 

     た小銃のことが気になったのでどこに運ぶのか見に行ってみたんです。煉

     瓦で出来ている倉庫に運ばれました。厳重に警備しています。

     そのレンガ倉庫に奇襲をかけます。それこそ決死隊です。今、買い求めて

     いる武器がなくなったら勝算があると思うんです。決死隊ですから全員戦 

     死する覚悟です。片道切符ですね。百名いれば成功するんじゃないでしょ

     うか。簡単に言うとこんなとこです。」

土方歳三 「面白いな。箱館に付いたら報告をしなくちゃなんねぇ。会議の参加者 

     は榎本、松平、永井、大鳥、荒井、中島、お前と俺だ。

     合図したら俺が今言った奇襲案を奴らに話してくれ。決死隊の参加者はこ 

     の会議に参加している全員。それに隊士百人。どうだ。」

大野右仲 「あの人達が「よしっ、やろう」と言う訳ありませんよ。」

土方総督 「俺もそう思っている。確かめたいことがあってな。大野、芝居してく

     れ。」

大野右仲 「よくわかりませんがやりますよ。」  


     箱館山が見えてきた。

     体が冷え切っている。船頭に弁天岬台場に行くよう伝えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る