第18話  アボルタージュ

十二月三十日 

二月十日

土方の日記

     今日は敢えて動かず過ごした。

     市中も厳重に見回りをしているから何も起こらなかった。

      新撰組隊長森常吉の報告がちょっと気になったくらいだ。

     游軍隊がかなりの人数を榎本軍に潜伏させているらしい。なかなか尻尾

     を出さないと言っていた。

     俺は森常吉に明日、箱館に来てから弁天岬台場で雇った者を俺が自ら 

     尋問するから集めておけと命じた。

     ネズミ狩りを仕掛けてみる。それと市中に立札を立たせることにした。

     内容は、游軍隊なる地下組織がいるらしい。

     そこの隊士が榎本軍の各所に潜入して情報収集をし、新政府に渡してい

     る。

     游軍隊の者を捕縛した場合、役職立場にかかわらず全員斬首とする。

     また、游軍隊の情報提供者で捕縛できた場合、その情報提供者に金十両 

     を支払う。


      榎本軍陸軍奉行 大鳥圭介


      多少の効果はあるだろ



十二月三十一日 

二月十二日

     午前中に新撰組が市中の要所要所 に立札を立てた。

     早速情報が入ってきた。

森常吉  「先ほど立札を見たものが情報を持ってきました。自分も游軍隊隊士だ

     が情報を提供するから自分を斬首しないでほしいと言ってます。異国橋

     のすぐ近く越前屋という酒屋があり、そこに五名ほどが潜伏しているとの 

     ことです。」今から隊士二十人を連れて行ってきます。」

土方総督「森君、頼んだよ。」


     森は二十人の隊士を連れて捕縛に向かった。

     土方は効果覿面に満足した。森隊長が報告に来た。


森常吉   「土方総督、ただいま戻りました。弥三吉、荒尾勇次郎、石島久三郎を 

     捕縛しました。いかがいたしましょうか。」

土方総督  「命は取らないから知ってることを白状させろ。白状したら斬首。首は 

     一本木関門に曝せ。」


     森常吉は黙って出て行った。

     三人は即刻一本木関門に曝し首としてさらされた。市中が騒めいているの 

     が分かる。

     新撰組隊長森常吉は、新撰組一小隊に関門を守るよう指示を出して弁天岬

     台場に戻った。


土方の日記

      游軍隊隊士三名を曝し首にして一本木関門に曝した。

      游軍隊士が裏切って情報を提供した。これを噂として市中に流させた。

      昼から森常吉・島田魁・角谷糺を同席して取り調べをやった。既に斬首 

      したことは弁天台場の隅々に行き渡っている。

      該当者と思われる者が少なくとも八人はいた。要注意人物だ。

      森に少し泳がしておくよう指示を出した。それと奴らに面が割れていな

      い者五名を新しく雇い入れたものとして逆潜入させるように命じた。そ 

      の五名の者は滝川充太郎の隊士にさせる。

      榎本の使いの者が来て「明日正午に五稜郭に来ていただきたい。」と

      のことだ。

      局外中立の件で何か回答があったんだろうと思った。


一月一日   

二月十三日

     朝、森常吉が部屋にやってきて「昨日尋問した者達の中で五人が脱走しま 

     した。」と報告した。

     炙り出しを強化するよう指示を出した。少し早いが五稜郭に向かうこと 

     にした。

     五稜郭に行くと大野右仲と安富才助がやってきた。

大野右仲  「土方総督、おはようございます。榎本総裁たちは徹夜で何やら話し込

     んでいたようです。」

安中才助  「榎本総裁の側近に何を聞いても答えてくれません。」

土方総督 「武器の購入が出来なくなったんだろうよ。」

安富才助 「まさか、これからどうやって戦えっていうんですか。」

土方総督  「正午から会議だ。すぐに分かるさ。ちょっくら行ってくる。」


      土方は指定されている部屋に入った。

      憔悴しきった榎本の顔が目に入った。松平・永井、大鳥も同様に憔悴

      している。

      そこに中島三郎助がやって来た。会議はこの六人でするらしい。


榎本総裁  「これから会議を行います。昨日夕刻,函館港に入港したイギリス商船 

     の艦長から書簡をもらいました。イギリス公使パークスからの書簡です。

     書簡の内容ですが、ィギリス・フランスはじめとする六か国は局外中立

     を撤廃する。今後は新政府を支持することとした。よって、アメリカのス 

     トーン・ウ ォール号は榎本軍ではなく新政府に売却する。

     もちろん武器弾薬等においても旧幕府軍には提供しない。

     プロイセンは局外中立時においても巧妙な手口で奥羽越列藩諸国に武器を 

     提供していた。

     また、旧幕府軍と蝦夷地の共同支配を画策していたようだが、我々列強及 

     び新政府の説得に応じ旧幕府軍を支持しないことを誓った。

     旧幕府軍はすでに制海権を失っている。一刻も早い降伏を進める。


     イギリス公使 ハリー・パークス


榎本総裁  「開陽を失ってからのイギリス。フランス商船艦長の我々に対する態度  

     が変化していくのを感じておりました。これはひょっとすると局外中立を

     撤廃してくるのではないかと。

     それで奥羽越列藩諸国に武器弾薬を提供していたプロイセンに近寄り今後 

     のことを約束したので一安心しておりました。プロイセンは世界の列強に

     なることを国策として動いていたんです。奥羽越列藩諸国に武器を売るる 

     ことで非常に大きな商売が出来ていたのです。一番危機感を持ったのがイ 

     ギリス公使のパークスだったんです。」

土方総督  「それでどうするんだ。」

榎本総裁  「昨日の今日です。頼みのプロイセンのことも寝耳に水なんです。まだ、 

     何も考えられません。」

土方総督  「あんたらは、しょっちゅう雁首揃えて密談ごっこやってたんだろう。 

     ここじゃぁ、有名だぜ。脇が甘すぎるんだよ。中島さんとこうなるんじゃ

     ねぇかと話しはしていたよ。それを前提にどう戦うかも話し合った。榎本 

     さん、大鳥君、今後一切戦関しちゃ口出しするな。あんたらは何しに箱館

     に来たんだ。」

大鳥総督  「土方っ、言葉を慎め。我々だって必死なんだっ。」

土方総督  「武蔵楼でよく飲んでんだろ。必死の男のすることかねぇ。分かったか 

     っ、陸軍のことは俺が命令を出す。口出し無用。もう邪魔はしねぇでくれ

     っ。中島さん、帰ろうゃ。」

      「大鳥君、武器弾薬の備蓄を書き出して大野右仲に渡してくれ。必ずや 

     ってくれよっ。」


中島三郎助 「土方総督、話があります。代ヶ岡に寄っていただけますか。」

土方総督  「だれか連れて行った方がいいのかい。」

中島三郎助 「男気のある者一名お願いします。」


      土方は陸軍奉行添役介の野村利三郎に声をかけ一緒に千代ヶ岡陣屋に 

      向かった。

      千代ヶ岡陣屋のいつもの部屋に通された。


中島三郎助 「土方総督、我々の話していた通りになりましたな。予想的中というと 

     ころです。今日寄っていただいたのはこれからのことです。土方総督がよ

     く知っておられる坂本龍馬と以前、会っていましてね。彼が神戸の海軍操 

     練所の塾頭をしていた時に会ったんです。

     昨日、今まで書き記していた資料を読み返していたら坂本殿と会話した資 

     料が出てきたのです。

     坂本殿はとても愉快な人でした。彼の頭の中はどうなっているのかと思う

     ほど次から次におもしろいことを話すんです。「まさか」と思うようなこ 

     ともたくさんありました。その中で坂本殿は欧州においては軍艦を奪う 

     ことがあるというんです。他国の旗を掲げて奪おうとしている軍艦に近づ 

     き間際に自国の旗に変え襲い掛かるというんですよ。」

野村利三郎 「中島殿、それってだまし討ちじゃないですか。卑怯旋盤ですよ。」

中島三郎助 「野村君、私も君と同じよう思った。ところが坂本殿は「中軸さん、 

      この戦法にはちゃんとついているんだよ。アボルタージュってい

      うそうだ。国際法でも認められている。」と言うんです

      更に、坂本殿は「俺がそう言う立場になったら俺はアボルタージュを

      やる。これからの日本の海軍は国際法を徹底的に勉強しなきゃなんね  

      ぇ。」と言っていたんです。」

土方総督  「中島さん、おもしれいよ。あんたが言いたいのは薩長に渡ってしまっ

      たストーン・ウォール号をアボルタージュしよう。

      そういうことかい。」

中島三郎助 「そうです。フランス海軍士官候補生が最近箱館に来たと聞いていま 

      す。明日、アボルタージュのことを聞いてきます。

      おそらく、新政府軍はこのストーン・ウォール号をこの戦に持ってくる 

      でしょう。我々が宮古湾に立ち寄ったように彼らも必ず寄港します。

      その時を逃がしてはもう機会は作れません。

      ただ、もしアボルタージュに失 敗したら我々の軍艦を失うことにな

      るかもしれません。」

土方総裁  「中島さんょ、既に制海権は薩長の手に渡っている。アボルタージュに 

      参加する軍は多分回天と幡龍あたりだろう。やるしかねぇんじゃねぇ

      か。

      俺もこの作戦に参加するよ。

      おい、野村、お前も参加させる。新撰組には戻らん、春日さんと羽織 

      が合わねぇって言ってんだから俺付けにしてる。存分に働いてもらう、  

      いいな。」

野村利三郎 「死に場所を与えて頂きありがとうございます。期待に沿えるようやら 

      せてもらいます。」

中島三郎助 「野村君、死ぬために行くんじゃありません。軍艦を取って来るんです

      ぞ。」

土方総督  「中島さん、明日、フランス海軍士官候補生に確認してもらって午後に

      は榎本に話そうと思う。どうだろうか。」

中島三郎助 「それで結構です。」

土方総督  「野村、お前も同席しろ。お前は切り込み隊長だ。いいな。」


土方の日記

     なんだかおもしろいことになってきた。ここで坂本龍馬の名前を聞くこ  

     とになるとは、人の縁とは魔訶不思議だよな。坂本が助言してくれたよう 

     なもんだ。薩長にじゃなく旧幕軍にだ。榎本達はアボルタージュのこと  

     を知っているのだろうか。まぁ、明日になればわかることだ。

     もし、この作戦が実行されたら野村は死ぬ。俺にはわかる。死なせてや 

     ろうと思う。


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