第17話  榎本一派の密会・千代ヶ岡台場


十二月二十八日 

二月九日

     午後になって陸軍奉行添役の大野右仲が土方の前に現れた。

     大野は土方に人払いを頼んだ。


大野右仲 「土方総督、榎本総裁がいつもの連中と早朝から部屋に閉じこもって何や

     ら話をしています。私が五稜郭を出る時も話は続いていました。安富君に

     探らせています。こんな長時間の話し合いは初めてですよ。」

土方総督 「ひょっとすると軍艦・武器弾薬のことじゃねぇかな。取り合えず見張っ

     ておいてくれ。」

大野右仲 「見張っておくだけでいいのですか。」

土方総督 「大野君、大鳥と榎本の前で一月五日の射撃訓練と今後のこともあるの

     で銃弾五万発用意していただけませんか、それと飛距離四キロ以上の大砲

     はいつ到着するのか。を聞いてみてくれ。

     歯切れが悪かったら武器弾薬・軍艦は無理だな。結果を知らせてくれ。 

     明日、市村をお前さんのところに行かせる。  

大野右仲 「分かりました。五稜郭に戻ります。」


     大野は、五稜郭に戻った。


土方の日記  

     軍艦・武器弾薬は手に入らねぇ。

     あとどのくらい備蓄しているのか確かめねぇとならんな。

     無駄玉がねぇと訓練どころじゃねぇぞ。大野右仲に確かめさせる。

     明日手紙を市村に持たせよう。


     十二月二十九日 武器弾薬の備蓄がどのくらいあるのか確かめてくれ。と 

     いう手紙を市村に持たせ五稜郭に走らせた。


     二月十日 市村は二時間後に戻ってきた。

     大野右仲の手紙によると榎本達が話している部屋は厳重に警備されていて 

     近づけない状況だと書いている。また、武器弾薬の備蓄に関しては武器方

     の管理が煩雑で時間が掛かるとのことだった。

     土方は今月いっぱい様子を見ることにした。

     二十七・八日に何らかの情報が入ったとして第二報が届くのは早くて今月 

     末位になると考えた。

     気をもんでも仕方がない、中島三郎助を訪ねることにした。


土方総裁 「中島殿、顔が見たくて寄ってみた。」

中島三郎助「土方総督、思い切ったことをされましたな。軍中法度単純明快で私は 

     好きです。時間割も非常にいい。

     隊によっては、砲台・胸壕の構築は人足の仕事と決めつけていると聞いて

     いました。

     あの時間割で行くと疲れて遊ぶ気力もないでしょうな。」

土方総督 「そこが狙いだよ。それに軍資金が少ない今、隊士が参加することで忍 

     足に支払う給金も少なくなる。」


      柴田伸介老人が茶を持って入って来た。


土方総督  「やぁ、柴田殿。先日息子さんに会って話をしたよ。」

柴田伸介  「真一郎は達者にしておりましたか。」

土方総督  「伊庭君を助けてよくやっていると思う。今、遊撃隊で頭取になってい 

     るよ。規律を重んじる厳しい頭取なのに隊士には人気があるようだ。

     遊撃隊は伊庭君を先頭にこの戦活躍すると思う。」


     柴田伸介は嬉しそうに土方にお辞儀をして退出した。


     柴田伸介の息子の柴田真一郎病にかかり函館病院に入院せざるを得ない体 

     になっていた。完治することなく決戦間際に富川・矢不来方面で友軍と合 

     流。矢不来の戦いで銃弾に倒れた衝鋒隊大隊長の永井鑊伸斎の首を介錯 

     した。同様に岡田斧吉の首も介錯し五稜郭に持ち帰ったと言われてい

     る。しかし、その後の柴田真一郎の行方は書き残されていない。ただ、 

     榎本軍敗北後捕虜として青森連心寺 法華寺賊氏名帳の中に間違いなく

     柴田真太郎の名前が残っている。

     一方、父伸介は千代ヶ岡台場において激戦を繰り広げていたが、中島三郎 

     助が銃弾を腹部にうけ壮絶な戦死、長男恒太郎、次男英次郎も壮絶な戦  

     死、それらを見届けた柴田伸介は全滅した千代ヶ丘台場を偵察に来た新 

     政府軍隊士(一人は津軽藩兵もう一人は長州の喇叭手)を射殺、残り一発で 

     見事自殺を遂げた。柴田伸介は田村流・荻野流は習得していた。これら流 

     派の数段格上の高島流も習得していた射撃の名手だったようだ。中島親子

     の壮絶な戦死は有名だが、柴田親子も中島同様親子三人壮絶な最期を送 

     った。(次男真二郎は奥羽北方戦争で戦死)


   千代ヶ岡台場の守備隊はせいぜい二百数十人程度。これに対して戦死し  

     た兵士は記録に残っているだけでも武士階級二十一名、町人兵士六十八 

     名、合計八十九名にのぼる。守備隊の四割強が戦死したということです。

     主な戦死者

     中島三郎助     

     中島恒太郎 二十一歳

     中島英次郎 十九歳

     柴田伸介

     朝夷正太郎

     近藤彦吉   十六歳

     福西周太郎  十六歳     (中島三郎助と血縁関係)

     朝比奈三郎  十六歳     (中島三郎助と血縁関係)

     朝比奈三郎は、最初榎本付きだったが途中から中嶋隊に合流

     浦賀隊は中島三郎助に心酔している与力・同心その子息からなっている

     身内的で結束力の強い隊だった。


土方総督 「柴田殿も一緒に座って話さねぇか。」

柴田伸介 「土方総裁と一緒にお話しできるのは光栄です。中島殿よろしいですか

     な。」

中島三郎助「あの世への土産になるな、爺さん。」

土方総督 「今日寄ったのはほかでもねぇ。はっきり決まったことじゃねぇんだ

     が、諸外国からの武器弾薬・軍艦の調達は無理と思った方がいいと思

     う。榎本達の動きがおかしい。今、備蓄している武器弾薬の数を調べさせ

     ている。」

中島三郎助「土方総督、私はこの千代ヶ岡で潔く死ぬ、ここにいる爺さんも倅二人

     も、浦賀組の者達もです。

     私は思うんですよ。雪が解けて薩長が乙部に上陸するのが四月上旬、江

     差・松前では戦にならんと思います。怖いのは艦砲射撃です。

     二股口は土方総督に頑張ってもらえるので心配していません。問題は気負 

     い立った榎本・大鳥が五稜郭から命令を出すかどうかです。戦争を知らな

     い榎本、戦争の下手な大鳥、この二人が五稜郭から指示出をだされたら

     混乱の極みになります。そんなことになったとしたら木古内は持たんでし

     ょう。土方総督も二股口から退却しなければ挟撃される恐れが懸念され

     ます。なし崩しに矢不来・有川に撤退、間違いなく凄まじい艦砲射撃にさ 

     らされるで しょう。土方総督、開陽が沈没した時点でこの戦は終わって

     いたんです。

     薩長が上陸・進軍。どんなに能力のない参謀でも、一か月もあれば五稜郭

     までやってこれる。

     弁天岬台場・千代ヶ岡台場は一日も持たないで占領されるでしょう。

     私が言いたいのは、この戦は長引く戦ではないということです。敵が有川

     まで進軍してきたら、あっという間に五稜郭です。如何でしょうか。」

土方総督  「中島殿、俺もずっと考えてきた。そして俺の答えはあんたと同じなん

     だよ。俺も短期決戦だと思っている。五稜郭なんてあっという間に飲み込

     まれちまうだろう。

     柴田殿、何故ここまでやって来 たんだい。」

柴田伸介  「土方殿の主は誰ですか。。中島殿の主は徳川家、私は「またもの」で

     す。

     私の主は中島三郎助殿ただ一人なのです。主が蝦夷に行くと言ったら家臣

     は笑って付いて行く。

     だからここにいるのですよ。」

土方総督 「柴田の爺さん、俺が会津で戦していた時、新撰組三番隊隊長斎藤一と

     一緒だった。斎藤は自分の主は松平容保公だと言って最後まで会津で戦う 

     と言った。会津が負ける今、蝦夷地なんぞに行けるわけがない。

     そう言って斎藤と別れたんだ。斎藤は俺を責めなかった。それぞれの考

     えがあるのだから斎藤はそう言ってくれた。その時俺は考えた。

     俺の主は徳川家なのかと。よくわからねぇが俺の主は近藤勇なんだと

     思う。近藤は流山で最期を遂げたが生きていたらここにいるはずなんだ。 

     沖田もそうだ。

     だから俺はここにいるんだ。」

柴田伸介  「我々は似た者同士なんでしょうかね。」

土方総督  「それは分からねぇが俺はあんたが好きだよ。」

      「中島殿、俺もこの戦勝てるとは思っていねぇ。精一杯自分らしく戦う

     よ。」

中島三郎助 「お互いやれることをやり切りましょう、土方総督。」


土方の日記

      中島三郎助殿に会うと素直になれる。俺にとってはあの千代ヶ岡陣屋は

      聖域だ。武士も町民も一つになって粛々と作業をしていた。

      空気が違う、きれいなんだ。

      中島三郎助はすごい武士だ。心の底からそう思う。


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