第14話  函館山山頂・游軍隊・局外中立

十二月二十三日 

二月四日

     市蔵を榎本のいる五稜郭に走らせた。十時に会いに行くから絶対いるよ 

     うにと手紙を持たせた。

     土方は十時前に五稜郭に着いて榎本の執務室に直行した。


土方総督 「榎本さん、忙しいところすまん。確認しておきたいことがある。」

榎本総裁 「さっ、掛けて下さい。あなたが私のところへ来るときは私にとっていい 

     話ではないので緊張します。」


     榎本は皮肉っぽく言ったが土方はお構いなしに話し出した。


土方総裁 「五稜郭では今、箱館市中において通行税を取るとか、出店

     店主から娑婆代を徴収するとか検討しているようだが俺は絶

     対反対だ。それと台場の補強に市中の人間を使っているが無給で

     こき使っているよな。これも反対する。函館の人を敵に回して

     得なことは何一つないだろうがっ!

榎本さんょ、今ここで俺が言った二つの意見を採用すると言ってくれねぇ 

     か。」


榎本総裁 「土方君、無茶は言わんでくれませんか。軍資金確保のためにやむを得 

     ないのです。」

土方総督 「あんたが今ここで約束すると言わねぇんだったら俺と新撰組はこの     

     戦、降ろさせてもらう。どうするよっ。」

榎本総裁 「何を無茶なことを言っている。私一人で決められることではない。」

土方総督 「あんた一人で決められるさ。あんたが考えたことだろうから。あんた

     くらいだよ。こんな事思いつくのは。さっ、ど うなんだぃ。」

榎本総裁 「分かった、君の言うとおりにする。」

土方総督 「一回くらい俺の頼み聞いたって罰当たんねぇと思うがな。確かに頼んだ 

     ぜ。榎本さんよ、人足に払う給金は急いでやってくれ。過去にさかのぼっ

     て頼む。工事をやっている現場すべてだ。」


     土方は、榎本に対して鬱積していたものがなくなったような気がした。

     榎本の苦虫を潰したようなあの顔、思い出しただけで笑えた。

     土方は弁天岬台場に向かった。


土方総督 「森君、蟻通君と粕谷君を読んでくれ。それと馬を五頭用意させてくれ 

     ないか。」

       

     森隊長は部下に三人を呼んでくるよう命じた。市村は厩に走った。


森常吉  「土方総督揃いました。」

土方総督 「これから箱館山山頂に行く。用意してくれ。目的は函館山の裏手(寒川)

     から山頂に登ってこれるか確かめに行く。さと。」

森常吉  「あの崖を登って攻めて来るんですか。かなり急ですが。」

土方総督 「森君、俺が薩長だったら敵の考えつかねえことをやるよ。どうしたら達 

     成出来るかを考える。

     さっ、行こうか。市村君、馬の用 意は出来ているかぃ。」


     山頂までの道すがら、土方は蟻通 と粕谷と馬首を並べて雑談をした。 

     土方にしては珍しいことではある。


土方総督 「蟻通君、君とも長い付き合いだな。確か文久三年の入隊だったかな。  

     何歳になった。」

蟻通勘吾 「三十一歳になりました。」

土方総督 「京都のころを思い出したりするのか。」

蟻通勘吾 「はい、池田屋のことは忘れられません。入隊して丁度一年たった時期で 

     した。その時、私は井上玄源三郎先生の六番隊に所属していました。何が 

     池田屋急襲は何だかわからないまま終わっていました。報奨金十七両を

     頂戴した時は感激しました。高松の母に十両送りました。母は十両もの  

     大金目にしたこともない人です。

     慶応二年の三条制札事件、慶応三年の天満屋事件もよく思い出します。

     三条制札事件、慶応二年九月十二日(十月二十日)三条大橋西詰北の江戸幕 

     府の制札を土佐藩士が引き抜こうとした。駆け付けた新撰組隊士集団と 

     土佐藩士集団が衝突。土佐藩士一名が惨殺、一 名が捕縛された事件。

      天満屋事件とは、坂本龍馬・中岡慎太郎暗殺の黒幕が、海援隊のいろ 

     は丸の沈没で多額の賠償金を紀州に払わせた恨みを持つ紀州藩公用人  

     三浦久太郎を撃つということを海援隊士と陸援隊士が確殺しているのでは   

     ないかと紀州藩は会津藩を通じて新選組に警護の依頼をした。

     新撰組は斎藤一、大石鎌次郎、蟻通勘吾ほか四名で警護についた。

     慶応三年十二月七日 (一月一日)三浦久太郎、新撰組が天満屋二階の部屋 

     で酒宴をしているところを戸津川豪志中井将吾郎、はじめ海援隊隊士、

     陸軍隊隊士総勢十七人が襲撃した。三浦久太郎は負傷、陸援隊・海援隊  

     の方は死亡一名、負傷三名、新撰組は死亡二名、重傷一名、負傷二名だ 

     った。


蟻通勘吾 「あの当時の土方総督は本当に怖かったですよ。まともに顔見れません

     でした。よく新撰組は恐ろしいと言われていますが、私は好きです。

     一生懸命裏切らず真面目に勤めていれば何も怖くありません。運よく生 

     き残ってしまいましたが、この戦は厳しくなると思ってます。

土方総督 「蟻通君はなぜ平隊士のままでいるんだ。最古参の中の一人ではないみ   

     か。」

蟻通勘吾 「そのことは土方総督が一番ご存じのはずですよ。人には向き不向きって

     やつがありますから。総督、この戦が終わったら新撰組隊士だけで羽目 

     を外しませんか。それが一番の楽しみなんですよ。」

土方総督 「そうだな、思いっきり羽目を外そう。」


     雪が深くなってきたので馬から降りて徒歩で登った。先頭はは市村、森、 

     粕谷、蟻通、土方の順で登った。

     山頂に着いた時には、体中汗をかいていた。


土方総督 「森君、薩長が登ってくるとしたらどの辺になると思う。」

森常吉  「以前、寒川から山頂を見上げた時、多分この方面に三百メートルほど行 

     ったところに登れそうな場所があったような気がします。ただ、こんな  

     崖をよじ登って攻めて来るなんて考えてもみませんでした。」

土方総督 可能性がある限り準備だけはやっておかねぇといけねぇ、、森君、その場 

     所に案内してくれ。

森常吉  「総督、この辺だったと思います。寒川から見た時この辺の崖が比較的な 

     だらかだったように見えました。今は雪が積もっているのではっきりした 

     ことは言えませんが。」

土方総督 「森君、蟻通君、雪が解け始めたらここに来て徹底的に調査してくれ。

     粕谷君、その時君は寒川から頂上の森君達と登れる個所を探してくんねぇ

     か。お互い目視できる大きな旗かなんかでやり取りする方法を考えてく 

     れ。俺が敵なら絶対ここから弁天を攻める、頼んだぞ。それじゃぁ下山 

     しよう。」


     一行は下山し弁天岬台場に入った。


土方総督 「ご苦労だった。俺が敵の立場だったら四百人前後で函館山を登る。」

粕谷十郎 「土方総督は何故敵が四百人と思われるのですか。」

土方総督 「粕谷君、敵が持っている船艦は箱館湾で大砲を撃ちまくっている。

     兵隊を運ぶだけだったら輸送船で十分だ。

     敵の所有している輸送船は四百人前後の兵隊を載せられる。

     敵は戦闘員がいくらでもいる、だから満載して来ると考えた。箱館山に登 

     るのは百から二百、寒川から弁天に攻めて来るのが二百から三百てとこ 

     かな。蟻通君は山頂警備、粕谷君は寒川守備、各兵員は三十から五十が

     出せる限界だろう。」蟻通君、戦う必要はない、敵が何人規模で登ってく  

     るのかをいち早く弁天台場に知らせることだ。

     粕谷君も同様だ。いいな。

     一発必殺で二・三回銃をぶっ放したら一目散で弁天に戻れ。

     蟻通君は敵が登ってきたら頃合いを見て火を放て。登ってくると思われる 

     個所に仕掛けをしとくんだ。。その煙が敵来襲の合図になる。火をかけ 

     たら一目散で戻って来い。森君、蟻通隊は足上部な者を選んでくれ。

     粕谷隊は射撃上手を選んで特訓しておけ。一人が三発ぶっ放したら九十人 

     の殺傷者が出る、そして弁天に戻って来い。二人に言っておくが全員連れ 

     て戻って来いよ。

     森君、頼んだぞ。何か問題が出たら呼んでくれ。

     蟻通君、俺の最後の頼みを聞いてくれ。君は平隊士卒業だ。山頂守備隊 

     隊長だ。性に合わんだろうが頑張ってくれ。粕谷君の正式入隊は年明けか 

     らだが来て早々無理を言う、頼んだぞ。ところで森君、市中見回りで何 

     か問題はないか。」

森常吉  「最近市中で不穏な動きがあるという情報が入って来たので注意して見回 

     りをしておりましたら、箱館在住の役人、武士、神官、医師、農民、商人

     など五十名ほどが新政府にやとわれているとのことでした。村山次郎とい

     うのが隊長ということです。この村山という男は播磨の揖東群大江島村の 

     出ということです。村山は身の危険を感じ青森に避難した。その後村山の

     代わりに藤井民部なるものが組織を引っ張っていますが潜伏先はつかめて 

     おりません。現在の規模は百人ほどに膨らんで居るとのこと。

     組織の名前は「遊軍隊」でこの弁天岬台場、千代ヶ岡台場、その他の構 

     築中の台場に潜り込んで情報収集をしているという情報があり、この弁天 

     台場では雇い入れた人足の身元調査を行っております。

     中島三郎助殿にもこのことは報告していますし、永井奉行もすでに榎本総 

     裁と対応策を練っているとのことでした。

     昨日、市中見回り役で採用した高瀬隆太郎と石島久三郎がおかしな動き 

     をしていたので問いただしたところ今申し上げたことを吐いた次第です。 

     五稜郭にも何人か潜入して情報収集を行っているのは確実なのですが誰な 

     のかはわからないと言っています。」


     後に判明するのだがこの時期にはそこそこの遊軍隊隊士が榎本軍に潜 

     入していた。

     遊軍隊士で榎本軍に潜入した隊士佐々木又太郎(松前藩士)は五稜郭の看護 

     師として採用されていた。

     中野政吉は五稜郭の器械方で採用。

     斎藤順三郎・渡辺利喜蔵・幕目林 太郎らは弁天岬砲台の守衛に採用。

     荒尾勇次郎は榎本軍司小柴長之助方 に採用。

     榎本軍の情報は新政府軍に漏いことになる。

     箱館市中は榎本軍に好意を持っていない。敵意を持った者が大勢いたこと 

     になる。


     土方は三人を後に五稜郭に向かった。

     一本木関門の柵の工事が進んでいた。島田魁が指揮を担っていた。


土方総督 「島田君、進んでいるのか。」

土方総督 「今しがた森君から聞いたんだが遊軍隊という隊が間者になって榎本軍に 

     紛れ込んでいると言っていた。

島田魁  「知っています。あそこに木を運んでいる人足がいるでしょう。

     時々怪しい動きをしているんです。今は泳がせていますが隠れ場所

     を探し当てますよ。」

土方総督 「よろしく頼む。敵が来るとしたら弁弁天方面からだろう。胸壕も要所

     要所に作っておいてくれ。」


     土方は島田を励まして馬に乗った。島田が中島三郎助が風邪を引いた

     ようだと言っていたので中島の顔を見ていこうと思った。


土方総督 「恒太郎、親父殿の具合はどうんんだ。


     玄関前で少年兵に剣の稽古をつけていた恒太郎に声をかけた。


中島恒太郎「土方総督、父は今砲兵隊長と台場の方に行って打ち合わせをし

     しています。」

土方総督 「おい、おい、風邪は大丈夫なのか。恒太郎、すまねえが呼んで来てく   

     んねぇか。俺はいつもの部屋にいる。」

中島三郎助「土方総督、貴方はいつもに急に来なさる。今日はどうされました。」

土方総督 「すまねぇな、さっき島田からあんたが風邪を引いたって聞いたもんだか

     ら様子を見に来たんだ。」

中島三郎助「蝦夷は冷えます。浦賀が懐かしいですよ。」

土方総督 「今日はは吉報を持って来たんだ。」


     土方は、柳川熊吉・大岡助右衛門・日隆商人との話をしだした。

     中島の肩が微かに震えている。

     土方の話を聞き終わった中島は深々と土方に頭を下げた。


中島三郎助「土方総督、私の目に狂いはなかった。戦略戦術の構築、言うべきこと 

     は誰であってもはっきり言われる、そして、部下のことを誰よりも考えて  

     下さっておられる。それだけでもすごい方だと思っていましたが、戦死し 

     た兵士の屍のことまで考えて下さっているとは、本当に忝い。わし等は

     ここで見事に果てるでしょう。柴田の爺様は「中島殿の盾になって見事に 

     果てますぞ、ただ屍を敵に蹂躙されるのは恥になりますな、それだけが 

     心残りですよ。だが、どうしようもござらんですな。」

     などとしみじみ言っておったのですよ。これで柴田の爺様は心置きなく死 

     ねますよ。土方総督、本当にあなたには驚かされますよ。わしら浦賀組  

     は最後の最後まで薩長を苦しめます。どれだけの守備が出来るのかは分か 

     らんが幕臣として見事、大義に準じます。息子二人にはすまんと思ってい 

     ますがこれも定めというもの。これで本当に心置きなく死ねる。」

土方総督 「心配しなさんな。中島殿。俺も一足先に言って途中で待ってるよ。」


     二人は、互いの目を見てほほ笑んだ。このような「友」を持てたことに 

     感動している。

     栄次郎が茶と菓子を持ってきた。」


土方総督 「ところで森君から聞いたのだが突撃隊という新政府が雇った集団だが

     当然ここにも間者として潜りこんでいるんじゃねえかと言っていた。ここ 

     はどうだい。」

中島三郎助「人足の面接は一切わしがやった。浦賀隊が人足四人に対して一人付きっ   

     きりで一緒に働かせています。ただ、ここには敵の欲しがるような情報は

     何もありませんが。」

土方総督 「ところでさっき砲兵隊長と打ち合わせをしていると恒太郎に聞いたんだ

     が。」

中島三郎助「現状、ここには箱館湾まで届く射程の長い大砲がござらん。砲兵隊長

     は、榎本総裁に催促しているそうだが言葉を濁すばかりで的を得んと言っ 

     ていた。

     その大砲があるのとないのでは、戦がまるで変わる。 

     変わるということは作戦も考え直さなければならんですよ。」

土方総督 「分かったよ。今から榎本に会いに行くところだ。俺が聞いておく。以 

     前、榎本は武器に関しては何も心配はない。大丈夫だと約束していた。

     それじゃぁ、行ってくるよ。]

  

     榎本はその場限りの嘘をつく。何故砲兵隊長の要求に対して明確な言葉を

吐かないのか。

     不信感を募らせるようなことを何 故するのか。嫌な予感がする。

     十二月二十三日の時点では、局外中立は成立している。

     この場合の局外中立とは、新政府軍・榎本軍に対して双方に武器等の援助 

     はしない。中立を保つということである。ということは以前土方が確認

     した時点では、アメリカのストーンウォール号の購入は出来ないにもかか 

     わらず「大丈夫です。心配ご無用です。」と言った。榎本はアメリカと旧 

     幕府は強い関係(旧幕府寄り)であるからという理由で軽く考えていたの 

     だ。ところが実際は、イギリス公使パークスが局外中立の撤廃を強く  

     言い出していた。イギリスは新政府に肩入れすることに決定していた。

     列強諸国も新政府勝利を信じて局外中立撤廃に賛同していた。この撤廃が 

     決定すると榎本軍にはストーン・ウォール号はおろか武器弾薬さえも

     入手困難になる。

     この時、榎本はイギリスからこの局外中立の撤廃を知らされていた。


     土方が五稜郭に着いた。そのまま榎本の部屋に行った。


土方総督 「榎本さん、入るぞ。」


     中には、大鳥圭介、松平太郎、永井玄葉、荒井郁之助が何か話し合って 

     いたようだ。


     土方の姿を見て全員一瞬緊張したように見えた。土方は遠慮なく中に入

     り席に着いた。


大鳥総督 「土方君、あんた榎本さんを脅したそうだがどういう了見なんだ。」


     土方はそのことには触れず、


土方総督 「ちょうどよかった、全員お揃いで。今日顔を出したのは、すでに知っているだろうが、遊軍隊という部隊のことだ。永井さん、どう手配してくれたんだ。」

永井箱館奉行「新撰組隊長森君・島田君、千代ヶ岡の中島殿に使いを出して注意する 

     よう伝えた。新撰組と伝習士官隊市中見回りの強化、市中要所要所に患 

     者を置いて情報収集をするよう指示したよ。」

土方総督 「ところで榎本さん、砲兵隊長から遠距離大砲の要望があったと聞いた 

     はっきりした答えをもらえなかったってどういうことなんだ。」

大鳥総督 「それは、朝夷砲兵隊長の受け取方に問題がある。榎本総裁は

     そのように言っておらん。今、アメリカ商戦に手配していると言われたん

     だ。」

土方総督 「榎本さんこの政府では役割分担は明確になっている。俺は陸軍の戦

     に関しては口出しされたくねぇ。政治に関しちゃ口出しされたくねぇだろ 

     う。もっとも俺は政治のことはまるっきりわからねぇ。本当に大丈夫な 

     んだろうな。」

松平副総裁「土方総督、失礼ですよ。」

土方総督 「失礼は百も承知だよ。それからアメリカのストーン・ウォール号はどう  

     なんだ。」

荒井海軍奉行「これも現在アメリカ商船艦長と交渉中です。榎本総裁の言われる通り 

     問題ありません。」

土方総督 「船もこねぇ、大砲もこねぇ、武器弾薬もこねぇじゃこの戦完全に負け 

     る。開陽丸沈没させたのは、榎本さんあんただ。責任は取っ てもら

     う。」

大鳥総督 「土方君、また、脅す気かっ。」

土方総督 「事実を言ってるだけだ。」


     土方は部屋を出た。あいつらは何か隠している。

     どうしようもねぇ奴らだ。土方は、陸軍奉行添役の大野右仲・安富才助・ 

     相馬主計と陸軍奉行添役介の野村利三郎を部屋に読んで榎本・ 大鳥の  

     動向を探るよう指示した。特に武器弾薬・軍艦の調達については特に入

     念に調べるよう指示を出した。


     そのころ、榎本・松平、・大鳥・永井・荒井は密談の最中であった。


永井箱館奉行「榎本総裁、局外中立が成立している今、我が軍にも武器弾薬等は入ら    

     んが新政府軍にも入らん。

     だが、局外中立が撤廃されたら列強は我方ではなく新政府と手を組むの 

     ではないのか。」

大鳥総督 「榎本総裁、私も永井殿に同感です。武器の入手が絶たれたらどうしよう

     もない。土方は黙ってないでしょう。何を仕出かすが分かったもんじゃな

     い。」

榎本総裁 「土方君にはあのように言いましたが、おそらく永井殿の言われる通り 

     になるでしょうね。」

松平副総裁「それでは困りますよ。何か策はないのですか。」

榎本総裁 「江戸にいた当時、庄内藩出身で幕臣になった佐藤桃太郎という男と縁 

     がありました。

     当時、彼はまだ十八才でしたが気骨があり非常に賢い青年でした。

     その彼からプロイセンの代理公使マックス・フォン・ブラントを紹介して 

     もらったんです。

     当時、プロイセンはヨーロッパにおいて領土を拡張していたんですよ。

     イギリス・フランスとはライバルだったんです。ですから局外中立には参 

     加しませんでした。三年前にアメリカでは南北戦争が終結してしまいまし 

     た。大量の武器がだぶついてしまったのです。各国は新しい市場を求めま 

     した。

     白羽の矢は日本に向けられたのです。鳥羽伏見の戦いから始まり奥羽越・ 

     会津の戦いそして函館戦争、願ってもない市場だったんです。プロイセン

     は、列強の空きをついて新潟港を貿易港として開港させました。当時新潟

     は奥羽越列藩同盟藩が支配していて、そこに目を付けたのです。

     プロイセンにとっては莫大な市場です。奥羽列藩同盟軍が破れ戦場が蝦夷 

     に移ったのもプロイセンにとっては好都合だったんですよ。

     プロイセンの首相オットー・フォン・ビスマルクは鉄血政策と軍備増強、 

     領土拡大を推し進めていました。東アジアの蝦夷地に目を付けたんだそ 

     うです。

     プロイセン代理公使マックス・フォン。・ブラントは密に蝦夷地調査を行 

     って蝦夷地はプロイセンとよく似ているとビスマルクに報告していたんで 

     すね。ビスマルクはブラントに最大級の権限を与えて蝦夷地の植民地化の 

     実現を支持し たんですよ。話によると蝦夷地すべてを植民地にするので 

     はなく、旧幕府即ち我々と手を組みたいと言う狙いがあったということ 

     が分ったんですよ。

     局注中立が撤廃ということになるとイギリスは間違いなく新政府に付

     く。背に腹は代えられません、プロイセンのブラントの通訳で現在武器商 

     人になっているハインリッヒ・シュネルという人物と交渉を始めました。

     十分手ごたえはあります。ただ、軍艦は無理ということでしたが。」

大鳥総督 「そうだったんですか。もっと早くおっしゃっていただけるとよかったの 

     に。」

荒井海軍奉行「先日やって来たフランス軍事顧問の海軍士官候補生のニコールが私に 

     言うんです。

     「ブリュネ大尉から開陽が沈没した話を聞きました。また、旧幕府が購入  

     する予定でいたアメリカの甲鉄感艦も新政府に取られてしまうだろうと」 

     と。

     そこでニコールは提案してきたんです。

     もしその甲鉄艦が今度の戦に参加するのであれば途中の港で、多分、宮 

     古湾あたりで補給すると思われる。停泊しているその船をアボルタージュ 

     してはどうかというんです。

     因みにアボルタージュとは移乗攻撃のことです。移乗攻撃とは目的の艦に 

     近寄るまで第三国の旗を立て近寄ります。接近したら旗を正規の旗に変 

    え、敵艦に乗り移り攻撃する、国際法上も問題ないとのことです。

榎本総裁 「知らなかった。そのような行為はだまし討ちではないのですか。」

荒井海軍奉行「ニコールが言うには立派な作戦の一つだということです。」

榎本総裁 「荒井君、君はニコールと甲賀君とでそのアボルタージュを研究しくだ

     さい。大鳥君は私とプロイセンとの商談を手伝ってください。

     副総裁と永井さんは遊撃隊対策を頼みます。」

 

土方の日記

     やるべきことは大方やった。後は大砲と射撃の制度をあげなくちゃならね

     ぇ。弁天岬砲台は大砲の命中度を上げさせることだ。江刺・松前・福島・  

     木古内・矢不来・有川、この方面は徹底的に射撃の修練だ。

     弁天岬砲台・千代ヶ丘砲台は一月五日(二月十五日)弁天台場で実戦さな 

     がらの訓練をする。

     銃隊は一月十日(二月二十日)、場所は木古内。明日、通達する。

     絶対箱館山裏側の崖から薩長は登ってくる。だが兵力が少なすぎる。敵艦

     による箱館湾からの砲撃。寒川に上陸した敵の襲撃、そして箱館山からの 

     攻撃。三百五十人でどうやって守るんだ。

     もっと頭を使わねぇとな。

     今日の中島さんは清々しかったな。武士にあこがれた俺は今武士と言い 

     切れるのだろうか。

     武士になろうとしていた。今はあのころとは違った自分になったような気 

     がする。武士になりてぃという思いがどこかに飛んで行った。そしたら気 

     が楽になった。

     今は自然体で生きている。そして 中島さんと出会った。本当の武士に出  

     会えた。気負うことなく、ただ自分のやるべきことを粛々と やりきる。

     中島さんもこんな心境なのだろうか。


十二月二十四日 最初に各方面に渋滞の

二月五日

訓練実施の通たちを出した。

    土方は五稜郭に行き一番砲隊から十番砲隊の隊長を集合させた。

     朝夷健次郎・金沢弥太郎・大塚朝五郎・吉益恒太郎・堀口庽三郎・大畑伝一郎・近藤熊吉・

浮洲崔之助・内藤実造・須藤健蔵

十名が部屋に入ってきた。緊張し ているのが手に取るようにわかる。

土方総督 「忙しいところすまんな。座ってくれ。君達とは言葉を交わす機会がほとんどなかったな。

     緊張しなくていい、楽にしてくれ。ところで砲兵隊で困っていることはないか。」

朝夷健次郎「我が方には射程の長い大砲はあ

りません。開陽丸が沈没した今

敵艦を隊はないしは沈没できる

大砲が必要なんです。」

土方総督 「一つ教えてくんねぇか。今あの

大砲を有川・矢不来に配置したと

する。箱館湾に現れた敵艦を

弁天砲台、有川、矢不来の三方か ら狙い撃ちは可能なのか。」

金沢弥太郎「三方から同時に甲鉄を撃つというのは困難です。弁天岬砲台にはある程度射程の長い大砲が

備えられていますが有川、・矢不 来には持っていける大砲がありません。多分榎本総裁は軍艦対軍艦の戦を考えておられたのでしょう。今。五稜郭にある大砲は近距離専用の大砲です。大砲と言えるような代物ではありません。」

大塚朝五郎「聞いた話ですが美香保丸に長距離砲の大鵬が五門積んでいたそうです。」

大畑伝一郎「箱館湾に入った敵艦は弁天台に

対して集中攻撃を仕掛けて来るで

しょう。当たり前ですが軍艦は動

き回ります。しかし、弁天岬砲台

は陸地です。圧倒的に不利だと思

うのですが。」

近藤熊吉 「江戸にいた時に聞いた話です。

敵艦の甲鉄の射程距離は四キロ

以上あるそうです。それが本当だ

としたら千代ヶ丘は言うに及ばず

五稜郭まで射程内に入ります。

いかにして甲鉄を戦線離脱させ

るか、非常ではないでしょうか。」

朝夷健次郎 「先日、榎本総監に大砲のことを言ったのですがはぐらかされた感じでした。大丈夫なんでしょうか。」 

土方総督  「昨日、榎本さんに会って確認した。武器調達に関して問題はないと言っていた。ただ、何があるかわからねぇ。皆は、今ある武器で最大限の活躍が出来ることを考えておいてくれねぇか。

それと一月五日 弁天砲台で砲 撃の訓練をやる。砲兵隊全員参加だ。全員に通達しておいてくれ。江 根参加させる。今日はご苦労だった。何か困ったことがあったらいつでもいいに来い。

土方の日記

勝敗のカギは敵軍艦対台場砲台、 それと木古内・有川での戦いだ。

今日、各隊に出した通達(命令書 )には、隊で射撃上位者三十名を連れて木古内に参集するように命令してある。

松前奉行、江差奉行、伝習士官隊、伝習歩兵隊、神木隊、彰義隊、少彰義隊、遊撃隊、一聯隊、

陸軍隊、額兵隊、衝鋒隊を参加さ せる。

総勢三百六十名になる。この三百 六十名の上位者百二十名をもって混成部隊を結成する。

江刺・松前は適当にあしらう。

ここで兵を消耗させても意味がね ぇ。木古内で四百人の渋滞に活躍してもらう。ここでも

一発必殺を義務付ける。兎に角、腕 のいい奴らを分散しても意味がねぇ。いと津に集める方が得策だ。

これが俺の考えられる最善の策だ。     

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