第6話  開陽丸沈没

     十一月十二日、星恂太郎率いる額兵隊を先頭に五百名が江差に向け進撃 

     した。途中大滝陣屋を陥落し十五日江差に迫った。

     この日、松岡隊も星隊もまだ江差に到着しておらず、江差攻略の支援に来 

     ていた開陽を中心とする海軍が無血占領した。この夜天候が急変し風浪   

     に押されて開陽は座礁した。開陽救出のために箱館から回天と

     神速丸が江差に到着したが神速丸も座礁してしまう。為す術なく総員は

     退艦するしかなかった。 

     開陽は数日後に沈没。開陽の沈没により制海権の維持が困難になった。


十一月十土五日 

十二月二十八日

     土方は大滝村の戦いに勝利し十五日に江差に到着した。  

     十五日夕刻、江差に入った土方は怪訝に思った。

     何故、海軍が上陸して江差を占拠しているのか。理解できなかった。

     海軍が上陸せずとも我々や一聯隊も追っ付け江差に入るではないか。

     この様子だと船にはほとんど兵士は残っていないのではないだろう。

     そう思いながら隊を解散させ部屋に入った。

     夜十時過ぎ、渡辺市造が部屋に飛び込んで来た。


渡辺市造 「土方先生、大変です。開陽が座礁しました。皆、台場に行ってます。」

土方歳三 「何だってっ。市造、案内しろ。」


     暴風雨の中、殆どの者が呆然と立ち尽くしている。少し離れたところに

     一本松がありそこに榎本武揚はいた。土方が榎本のところに寄って来たの   

     に気付いた榎本は、

榎本武揚  「開陽が座礁しました。今、函館から回天と神速が救援のためこっち 

     に向かっています。」

土方歳三 「榎本さん、なぜ海軍を上陸させた。あんたらが上陸しても松前兵は既に 

     いなかっただろう。何故、上陸する必要があったんだ。」      


     榎本武揚は何も言えないでいる。

     土方は、海軍に手柄を立てさせる為に上陸させたんじゃねえのかと怒鳴 

     りたかったが堪えた。

     海軍は援護射撃が終わった時点で速やかに箱館に帰るべきだった。

     この暴風雨では、開陽に積んでいる物資・弾薬も下せない。計り知れな 

     い損害だ。

     暴風雨でかき消されたが、渡辺市造が、ものすごい勢いで走ってきた。


渡辺市造 「土方先生っ。今度は神速丸が座礁したそうです。」

榎本武揚 「何ですとっ。」


     榎本は、膝から崩れた。

     土方は、言いたいことすべてを飲み込んでその場から去った。

     台場にはまだ多くの兵が突っ立っている。


土方歳三 「お前達っ、海軍以外の者は宿舎に戻れ、風邪ひいちまうぞっ。」

 

土方の日記

     榎本は何を考えているのか訳が分からん。彼が何故、開陽の艦長として江 

     差に来たのか。

     何故、上陸したのか。考えられるのは手柄だ。陸軍は全戦全勝、それ 

     に対して海軍はこれといった戦勝がない。功を急いだとしか考えられな 

     い。

     一軍の将の取る行動ではない。海軍の今までの行動はあまりにも危う 

     い。

     品川沖から仙台に向かった時、宮古湾から鷲ノ木に向かった時、

     そして今回。

     俺は、海軍(船)のことは分からねぇ。しかし、危うい、これから何があっ 

     ても不思議じゃねぇ。薩長との決戦まで後何艘失うことになるのか。不

     安で仕方ねぇ。

     榎本とは馬が合わねぇと思っていた。馬が合う、合わねぇは、どうでもい 

     い。

     五稜郭に戻ったら入札をする。 当然、榎本が総裁になるだろう。

     榎本は戦人じゃねぇ。それが問題なんだ。あまりにも大ごとで頭の 

     整理がつかねぇ。

     外は、荒れ狂っている。榎本は今 どうしているのかと頭を過った。

     なんで榎本のことなんか、、、、分からねぇ。


十一月十六日  

十二月二十九日

     この日、土方は榎本と顔を合わせたくなかった。市村鉄之助に松岡四郎 

     と人見勝太郎を呼んで来るように命じた。二人はやってきた。

松岡四郎 「土方先生、昨夜は大変でした。眠れませんでしたよ。」

人見勝太郎「土方先生、お待たせしました。」

土方俊三 「二人共、済まねぇ。これからのことを話し合っておきたくて来てもらっ 

     た。開陽があんなことになっちまってこれからどうすべきか纏まらね 

     ぇ。それで来てもらったって訳さ  。それに、今日は榎本の顔は

     見たくねえ!」

人見勝太郎「土方先生、何故、榎本さんは無人に近い江刺に上陸したんでしょう。

上陸などしなくても時期に我々が江差を制圧できたではありませんか。」

松岡四郎 「人見君、榎本さんは、海軍に勝たせてやりたかったのさ。。鳴り物入

りの海軍にさ。」

人見勝太郎「昨夜一晩考えたのですが、海軍は地元漁師に天候のことを聞いたりし

ないのでしょうか。我々でも不慣れな土地では村民に聞きます。    

松岡四郎 「洋行帰りは、自分は特別なんだと思っているんじゃないのかい。」

人見勝太郎「しかし、今回で三度目です。品川沖、鷲ノ木上陸時、そして今回。船だ

って四隻も失いました。」

松岡四郎 「今朝、厠ですれ違いましたが、案外ケロッとしてましたよ。」

土方歳三 「俺も昨晩は眠れなかった。凡そ、二人の言ってることと似たようなとこ

ろだ。何を言っても今更どうにもならねぇが、今後どうするかを考えなく

     ちゃならん。

     君達は、いったん五稜郭に戻ってもらう。松岡君は江差、人見君は松前

     を守ることになるだろう。

     五稜郭に戻っている間に考え付く限り指示しておいてくれ。その上で自分

     の考えをまとめといてくれないか。


 二人はそれぞれ自隊に戻って行った。

     後で知ったことだが、榎本の江差行きを最後まで反対した人物がいた。

     千八百五十三年、アメリカペリー艦隊が浦賀に来航した時アメリカ側使者  

     の対応を務めた。

     その後、長崎海軍伝習所の第一期生として造船学・機関学・航海術などを  

     習得し、築地軍操練所教授役を務めた「中島三郎助」。

     中島三郎助は、語気を強めて最後まで江差行きに反対した。

     榎本の煮え切らない態度に虚しさを感じ、退席した。

     土方は、五稜郭に戻ったら中島三郎助に会いたいと思った。


     土方は市村鉄之助を呼んで額兵隊隊長星準太郎が宿舎にしている寺に走ら  

     せた。

     明日、午前九時に土方が訪ねる様、伝えに行かせた。


土方の日記

     以前、榎本が話していたアメのストスーン・ウォール号は本当に我軍の物  

     になるのか。

     アメリカとの交渉は上手くいっているのか。箱館からどのように交渉して  

     いるのか。

     もし薩長の手に渡ったら完全に制海権は薩長のものになる。弁天岬台

     場、千代ヶ岡台場五稜郭、これだけじゃぁ、足りねぇ。箱館湾を取り囲 

     む要所に砲台を造る必要がある。大砲、砲弾は足りるのか。              

     軍需の多くは美香保丸に積んでいた。美香保丸も沈没してしまっ。海軍は 

     呪われているのか。

     兎に角、矢不来・富川・有川に大掛かりな台場を作る必要がある。


十一月十七日 

十二月三十日

     朝七時に榎本の宿舎に寄った。

     榎本は荒井郁之助と朝食をとっているところだった。


土方歳三 「榎本さん、ちょっと話したいことがあるんだがいいか。」

榎本武揚 「どうぞ、食事も終わったところです。荒井君も同席させてよろしいです

     か。」

土方歳三 「構わねぇよ、荒井君にも話がある。」

土方歳三 「榎本さん、アメリカから購入する船は間違いなく我軍に来るのか。」

榎本武揚 「交渉は上手く進んでいます。」

土方歳三 「誰が交渉してるんだい。」

榎本武揚 「私が直接、アメリカの商船艦長を仲介して進めています。心配いりませ  

      ん。」

土方歳三 「台場から箱館湾に入ってくる敵船を潰せる大砲・砲弾は手に入るのか 

     い。」

榎本武揚 「問題ありません。アメリカをはじめイギリス、フランス、ロシア等に 

     我々は独立国だということを認めてくれるよう頼むという書簡を出して

     了承を取り付けました。ましてやアメリカ、フランスは 親幕の国。心配

     には及びません。」

土方歳三 「大船に乗ったつもりになっていいんだな。ところで、荒井君、君らの

     操縦は一級品なのかい。」

荒井郁之助「どういうことでしょうか。」

土方歳三 「いや、このひと月ちょっとで大事な軍艦を四隻も失ったからな。大丈夫 

     なのか。」

荒井郁之助「土方さん、失礼ではありませんか。」

土方歳三 「失礼なのはあんたらの方じゃねぇのか、船を沈めて一度でも公の場で

     謝罪したことがあったか、みんなは黙っているが腹の中は煮えくり返って  

     いるよ。 だから聞いたんだよ。

     榎本さん、あんたはとんでもないことをしたんだぜ。」


     土方は部屋を出て行った。

     荒井郁之助は顔を真っ赤にして仁王立ちしている。榎本は我関せずと  

     いったところだ。

     言いたいことは言った、これで少しは変わるだろう。これで変わらな  

     かったらただの木偶だ。

     土方は少し早いが星恂太郎を訪ねることにした。


土方歳三 「星君、少し早かったが来てしまった。」

星恂太郎 「問題ありませんよ。土方先生、みんな黙っていますけどかなり動揺して 

     います。」

土方歳三 「ここに来る前に榎本のところに寄って来た。言いたいことも言って来 

     た。ただ、俺が心配なのは武器の調達が間違いなく出来るのかだ。美香 

     保丸には、大量の軍需品が積まれていた。開陽にもそれなりに積まれて

     いただろう。 武器の調達が出来なかったらどうやって戦うんだ。薩長は

     最新の武器で乗り込んでくる。」

星恂太郎 「私は榎本さんを信じていませんよ。頭はいいんでしょう。知識も豊富

     なんでしょう。私に言わせれば当然です。六年間もヨーロッパに留学して 

     いたんですから。何をもって信じられないかはまだ具体的に「これだ」と 

     いうものはありません。でも、分かるんです。榎本さんといい、大鳥さん

     といい、苦手です。」

土方歳三 「随分、嫌われたもんだな、俺も同じようなもんだが。ところで

     星君。゜さっき榎本に聞いたがアメリカから購入することになっている 

     軍艦がもし薩長に横取りされたら、この戦に勝ち目はねぇ。

     榎本はそんなことはない、と言い切っていたが。船を取られたらこの  

     戦、勝てねぇ。俺たちはせいぜい三五〇〇、戦が長引けば消耗していくだ 

     けだ。武器も同じだ。それを前提にどう戦うか考えて呉 れねぇか。俺も

     考える。


     土方は星と別れた。


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