第18話 シンデレラサイズ
18.シンデレラサイズ
「シンデレラの靴は12時を過ぎても魔法が解けなかったね」
私の思惑は望がお尻の大きい女性が好きだということを引き出したかっただけだった
「大丈夫だよ、望の秘密は誰にも言わないし、それをネタに何かを要求したりしないよ」
「そんな担保がなくても、12時を過ぎた僕も菫さんに親切なんだけどな」
「どうかな?」
「シンデレラは疑い深いな」
「家に戻れば、灰に落ちた豆を獣のように拾って食べている哀れな娘ですもの」
「自分より美人の人が灰を漁っているのを楽しむ女というのは、背景にはどういう事情があったのだろうね。女に情状酌量の余地はあるのだろうか?」
「あの頃の幸福の軸は男なんじゃないの」
「美人で頭脳明晰な菫さんは、女性達の前じゃそんなこと言えないね」
望の言葉に全く嫌味を感じなかった。大学用の喋り方で返答した
「そんなことないよぉ~」
「人にいえない秘密の前に、シンデレラの話をさせて」
秘密の話はどうでも良くなっていたが、話す気があるならば、強いて断る必要もない
「望が考えていること当てようか?」
「名探偵ビオラのお手並み拝見致します」
「ふむ、よかろう
望が考えているのは......
どうしてガラスの靴だけ魔法がとけなかったことかな」
「さすがは名探偵ビオラ、拙者の考えていることなどお見通しだな」
「心外な、私はそんなにスケベじゃないぞ」
「そうきたか、でも抜かったな名探偵!」
「なに?」
「ビオラが考えている以上にエッチなことを考えている」
薄笑いの望におしぼりを投げた。望は避けることなくおしぼりの直撃を受けて笑っている
「怖いよ、むしろ避けようよ」
「菫さんにいじめられると、とても興奮するのですけれど」
「そうきたか、なら、”喜んで頂いて光栄ですわ”と答えておくわ」
「僕が知りたいのは、シンデレラサイズ。この物語の中でシンデレラの靴のサイズが異常に小さい情報をどこで入手したかってこと」
「望が言いたいことは、この小説の中でシンデレラの足のサイズが小さいとどこで設定されたかということね」
望は笑った
「驚いたな、菫さんは主語のない質問の意味を理解している」
「小説が始まる段階で、その設定を持っているとは限らないってことよね」
「惚れ惚れするくらい、質問の意図を把握している。これほど優秀な”女性”が近くにいて気付かなかった自分が恥ずかしい」
望をからかってみたくなった。有美という保守系の魔女と親しくしている魔物を試すにはうってつけの質問が思いついた。
「”女性”?”人”じゃダメなの?」
望は涼しい顔で答えた
「ダメですね。
問題が解決できない原因の殆どは”定義”が間違っていることに起因している」
私は望が自分は女性にしか惚れないと笑って返すと思っていたが、またしても当てが外れてしまった。よく考えれば、小夜の多重人格症に関係してしまう話でもあり、今する話ではなかった。お酒は私の思考力を鈍らせるようだ
「”定義”って、どこがおかしいの?」
「人間に女性と男性がいるって定義したのがおかしいんだ」
「そこ?」
「女性と男性を同じ人間の分類で定義することがおかしい。女性と男性は別の生き物だ。身体の構造だって全く違う」
「そんなこと言ったら、奈緒と私だって同じ女性と分類されるのがおかしいということにならない?」
言った後に配慮のない言葉だと気付いた。やはりお酒のせいで制御ができないのだろうか。親しくなりたい男性に対しては最も言ってはならない否定の表現だった
「さすがだね、菫さんは軸がしっかりしている。大学に来るとこういう女性に出会える頻度が高くなるんだな。無理して身の丈に合わない大学に合格できたことに、過去の僕の努力を称えたい。
そう、議論を合理的に進めるためには共通の合意事項が必要だが、理科の世界ではマクスウエル博士が登場した頃から共通の合意事項を疑う必要性が生じた」
望はその辺りにいる男のような些細な劣等感を抱かないのかもしれない
「なるほどね、人間の定義や女性の定義は共通の合意事項で、その定義に従い演繹的に展開されるわけだけど、そもそもの定義が誤っていると矛盾の多い結果になってしまうといいたい。で合っているかしら?」
「完璧です。そこでシンデレラの靴のサイズの話」
望が伝えたいのは量子論の話だと思う。有美が言っていた”きまり”の通り、話は一通りした後で議論することにした。
望はこの小説を”場”すなわち、小説の中だけで成り立つ世界と設定した。この”場”では作者が神教にあるような”全知全能の神”である。望は誤解がないように、日本の八百万の神、すなわち本居宣長が定義した”神”とは違うことを協調した。
望の疑問は、この物語の始まる段階で既にシンデレラの足が異常に小さかったのか、王様の調査隊の前でガラスの靴に足を入れたシンデレラの足が異常に小さかったことに気付いたのかという、どうやら、観察するまでは足のサイズは存在しないことを言っているようだ。一般の人では到底考えない疑問であった。それはあたかも、夜空の月を見るまでは月の実体がないことを示している。量子論的な考え方である。
ただこれは、小説の中で起きている世界で、この世界には作者という”神様”がいる。この神様は小説の中で、創造も破壊も自由に設定できる。
私達の世界観からこの世界をのぞき込んだとき、私達の世界観でこの作者が作った世界を私達の持っている価値観のみで理解しようとする。
望の表現は生臭い。某有名作家が書いた乃木希典や坂本龍馬が歴史書を変えてしまった。小説にあやかって論文を出す教授まで出てくる。小説の話が既成事実化する過程を垣間見たといった。残念ながら、歴史上の人物のことは私は詳しくは知らない。比喩が上手く消化できない。
望は魔法使いに会った事はないといった。生憎私も会ったことはない。有美が魔女と呼ばれているが、あくまでこれは比喩である。万人は実在さえあやふやな魔法使いを認識しているし、共通の合意事項になっている。
竜とか幽霊もこの類いである。万人は興味がなければ実在の有無について検証することはなく、実体がなくても共通認識になり得ることを伝えられた。
魔女の能力はどのくらいであろうか、予めシンデレラの靴のサイズを知っていて。靴を作ったのか?あるいは魔法で靴職人の工程を一瞬で行ったのかという疑問である。前者の場合、何故知っていたのかという疑問になるが、不可思議な領域を持つ魔女に読者は、探求を断念して妥協せざるを得なくなる。
これが実際起きた話ならば、ガラスの靴を履くときに自分の足が異常に小さい事に気付くという設定は一考する必要がある。足の大きさは、血液型検査のように血液を採取して判断するものと違って、自分が相対的な異端に気付かないことがあるだろうか?これは中世の状況を検証しなければ分からないが、現在のように靴を量産販売している状況ではないのであり得る話だと言った。
話を聞きながら、望がシンデレラを通して何を伝えたいのかを考えているかについての方に興味が湧いてきた。こんなことに興味を持つことは異常であるが、なぜか不快を感じない。
魔法使いは自分の意志でシンデレラを救ったのか、誰かに頼まれてシンデレラを救ったのかということ。その誰かはこの物語の場合神様であろう。しかし、シンデレラがお城に入れば継母や連れ子がしたような嫌がらせを受けることはほぼ確実であろう。どうすればお城に入ったでシンデレラがいじめられないように済むか考えないで小説を終わりにした作者すなわちこの物語における神様は傲慢なのだか、それは読者層の思考能力を考慮してその対象に抜粋して書いている訳で物語が万人に満足する必要は無い。
仮に城の人達が嫉妬心がなく、シンデレラに必要以上に親切に扱ったならば、多分シンデレラは王子に父親を重ねて復讐するだろうと言った。そもそものこの騒動は、観察力の乏しい父が子連れの女性と再婚したのが諸悪の根源であるが、王子もきちんとシンデレラの身元調査した上で彼女を選んだかは疑問である
「菫さんがかわいいから僕は、鼻の下を伸ばして話している。王子様だって似たようなものだ」
ここで笑ってしまった
「何、子供向けの物語を真面目に考察しているの?」
「あっ、ごめん。言いたかったことは、この物語のシンデレラの靴のサイズがいつ決まったかっていうこと」
質問されても面倒なので逆に聞いた
「望はどう思っているの?」
「王子が一緒に踊った人を探すのに靴を使うところがどうかと思う」
私はポケコンを出して計算を始めた。同世代女性の靴サイズを平均値23.5 cmにして標準偏差を2にすると20 cmで頻度が4.3%、25人に1人。標準偏差を1にすると頻度は0.09%になる。これならばあり得る。望はポケコンの数字をのぞき込んで頷いた
「ガウス分布の頻度計算プログラムしてあるんだ。ねえ、平均105で標準偏差を15とした場合、150以上の累積分布(150以上が100人中何人いるかという数)はいくつ?」
望の言っている数字は知能指数ということを察した
「150以上で0.14%ね」
「僕は同世代の女性に300人くらい出会って50人くらいの女性と複数の会話をしたが、50人のうち3人も出逢うなんて奇跡だな。僕は魔物なのかもしれない」
これは私が指摘するのではなく、望に解説させるべきだと思った
「150って何の数よ?」
「王子様のダンス相手のくつのサイズが20 cmだとしたときの発生頻度を身近なものと比較しただけ。何となく、王様の調査隊がシンデレラの靴サイズを現物測定したとき、足の長さが20 cmに確定したのだと思うな」
望の誘導に引っかかって150の方は逃げられた
「調査隊がサイズを測るまで、シンデレラの足の大きさは確定していなかったって言っている?」
望は即答した
「そうだよ」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
この物語の最初からシンデレラの靴のサイズは例えば20 cmとは言えないの?」
「魔法使いが本人抜きで職人に頼んで靴を作ってもらったのは考え難い。魔法使いが魔法で靴を作ったということならば、なぜ、踊っても取れない靴が城を去るとき脱げるのかな?と言う疑問が生じるということ」
「歯切れの悪い言い方ね。わざと置いていったって言いたいの?」
「片方の足に靴で走るのは辛いだろう。それに素材がガラスならば走ること自体が、厳しいだろう」
「作品の揚げ足取り?」
「いや、評論家は嫌いだが、創作者には敬意を持っている。
これは、作者が作った異世界の出来事なので、今の情報量では確定できない。というのが優等生がしそうな回答かな」
「なんか、纏まりのない話になっちゃったね」
「大人の理屈で物語を翻訳すると、王子はシンデレラの靴を脱がしているってことだね」
察しが付いた。望が言いたいのは王子とシンデレラは実際は靴を脱ぐ関係になっていたことを子供の読書に耐えられるように内容を緩めたのであろう。
「ははーん。古典で女性がわざと扇を忘れていく話と言いたいのでしょう。扇は持ち主に返さないとね」
「菫さん、靴のサイズはいくつかなって、とても気になるな」
「”いくつ”が引っかけ?」
「いつも買う靴は何センチという質問で、引っかけは無し」
「私に靴を買ってくれるの?」
「僕は見立てが下手なので菫さんを喜ばせる自信がない」
「買ってくれるなら、一緒に行くよ」
「夢みたいだな、アイドル級の女性と買い物に行けるなんて」
「今更なに言っているの?」
「女性が身につけるものを贈るときは大分覚悟するんだけど」
短い時間の間が空いた
「お願いがある。明日の夜、僕のために時間を作ってくれないか」
望は私に断られる覚悟ができているのだと直感が過った
「明日は、もう約束してあるんだ」
「なんとか僕のために都合をつけてもらえないだろうか」
不安因子を祓う好機である
「有美さんの所ね。ねえ望、靴なんていらないから、私に本当の話をして欲しい」
真顔になった私を、望は孤独にさせない
「菫さんには嘘を吐いていないよ」
「望は有美さんと前から恋愛関係じゃないの?」
「菫さんにはそういう風に見えるんだ」
「渉さんが奈緒に声を掛けたのは、渉さんが有美さんから身を引いたからじゃないの?」
「有美さんは中学のときの紫さんみたいな感じだな。有美さんとは破滅の風景しか連想されない。でも明日、有美さんと二人きりになったら考えが変わってしまうかもしれないけれどね」
「いいじゃない、有美さんと付き合っちゃえば」
望は寂しい顔をした、私の態度は間違っていたことが伝わってくる
「そっか、やっぱり小夜さんの面倒みるしかないか」
望は即了承を期待していたのだろう
「どうして小夜になるの?」
「見ていない振りをしようと思ったけど・・・・・・
小夜さんは沈みかかった船みたいなもんだ、係わったら助けない訳にはいかないだろう」
「いいよ、明日都合つけるよ。さっきおんぶしてくれたお礼」
「ありがとう。恩に着るよ」
「借りを作ったら、靴を脱がされそうだから」
「ごめんね」
「なに謝るの?」
「今日いっぱいは、菫さんの言うこと何でも聞くといったのに、僕がお願いしちゃったから」
「望って、おもしろい人ね」
「そうかな、不器用で単純なだけだと思うけど」
「望の怒らないところ、好きかな」
”好き”という言葉を意図せず使ってしまった
「人にいえない秘密・・・・・・
人に話すのは菫さんが初めてなんだけど、
実は僕見える人なんだ」
「見える人?」
<つづく>
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