第16話 恋のかけひき
16.恋のかけひき
小夜を引き留めようとする望を制した。
「どうだった、愛しの小夜ちゃんとお話して?」
「正直に言っていい?」
望は私を試している
「止めとく」
「止めとくか、菫さんらしくて、かわいいな」
望とちゃんと話したのは今日が初めてなのに、”菫らしい”というのに違和感を憶えた
「随分飲まされたみたいだな」
「奈緒ちゃん、商売人みたいだったよ」
「奈緒さんがママなら、店は大繁盛だな」
「望は常連さんになるのかな~」
「常連は竜也だろう」
望は”止めとく”をそのままに取ったことに気付いた。私が求めない限り望は小夜の話はしない
「居酒屋・スミレの美人ママは、僕にどんな話をしてくれるんだい?」
「そうね、望ならば、同性愛と多重人格性かしらね」
鎌を掛けてみた
「スミレママは女性もイケるの」
「私は、女性に恋愛感情を抱かないけど、お客さんの好みじゃ、お話に付き合わない訳にはいかないよ」
「僕はササキ(スミレ)ママと一緒で二刀流が嫌いでね。鷦鷯返しの心得あり」
「何よ”ささぎ”返しって。もしかして燕返しと間違えていない?」
「佐々木さんが聞くか?世間の人が鷦鷯が分からないので雀と見間違えて、さすがに雀じゃ格好がつかないので、燕って呼ばれるようになったの。僕の師匠は鷦鷯返しの達人だ」
望は下段の構えを真似した。”鷦鷯返しの心得あり”
「じゃあ、女性嗜好の女性を振り向かせるんだ」
「そこまで魅力的な女性がいたら考えるかな。ところで多重人格性の話ってどんなの?」
望は小夜のことに触れないようにしていることが分かった
「望がしてほしい顔をしていたから・・・男の顔と女の顔とか」
「菫さんに乗り移ったら、とても口では言えないことしそう?」
そちらに誘導しようと言う訳か、とりあえず望の耳を引っ張った
「私じゃなくて、小夜ちゃんの方」
望は驚いた様子もなく
「確率の話をしていたからそう思った?」
さすがは魔物である。でも逃したりはしない
「小夜ちゃん、女の顔するときと、男の顔するときがあるんだ」
「そうなんだ」
そっけなく答えた。話に乗らない望に腹が立った
「望は気付いていないの?」
「そこまで女性経験豊富ではないよ」
やはり、小夜を庇っている
「本当は気付いていない?」
「どうだろう?菫さんの喋り方がいつもと違うことが気付いていない位、気付いていない」
望の意図が分かった。小夜の秘密を簡単にバラすのならば、私の秘密も守れないことを伝えたいのだろう。まだ私達は特別な関係になっていないことを思い知らされた
「でも、小夜さんの確率の話は幻滅したな。多分、予習しているうちに小夜さんを追い越してしまったようだ」
「追い越したぁ~」
奈緒が席を立ったので大学用の喋り方に変えた
「菫さんのお願い何でも1つだけ聞くから、小夜さんに多重人格の話をしないで欲しい」
「なんでもぉ~」
「お金とか、物理的に無理なものじゃなければ、何でもいいよ」
「妬けちゃうねぇ~」
「菫さんを信じている」
よくよく考えてみれば、超・聴覚能力で盗み聞きした小夜の秘密で、秘密を伝えた小夜の面目を潰すことを絶対望はしないと思う
「奈緒さんが来るなら有美さんの話でもしますか?」
奈緒は1人で来た。
奈緒が2人の前に座ると望の舌鋒が火を吐いた
「奈緒さん。体調が良くない菫さんにお酒勧めちゃダメでしょう!」
奈緒は一瞬唖然としたが
「菫は自分で飲んだんだよ。望は随分菫には親切だね」
単調な口調で奈緒は答えた
「奈緒さんにも親切に対応してきたつもりですけれど」
「まあ、いいわ。菫! 小夜と望が話しているときに割り込んでどういうつもり?」
「奈緒ちゃんと話すよりぃ~、望と話した方が楽しいんだものぉ~」
奈緒は深いため息をついて
「仲がよろしいことで」
「奈緒ちゃん妬いているぅ~?」
私の言葉には反応しないで望に問い詰めた
「小夜、もの足らない顔をしていたよ」
「つまらない漢で申し訳ない。でも、ちゃんと話してみて、小夜さんって印象と違ったな」
「あら、どんな感じだと思っていた」
「頭が良い人特有のイカレている感じがなかった。すごく真面目な人で驚いた」
何となく望の言いたいことが分かった。またお酒が飲みたい気分になって、望のグラスを口にした
「うげぇ~。日本酒じゃんこれぇ~」
奈緒と望は私の言葉を無視して会話を続けた。私はカクテルを追加注文した
「真面目ねぇ」
「生きることに不器用って感じの真面目さかな」
「ははは、結構的確ね」
「高校の時の友達がああいう感じだったな」
「友達?」
「訳あって付き合えなかった人」
「好きだったの?」
「好きだったな。多分お互い」
望が言っていた”ももちん”の事だと思う
「甘酸っぱい恋愛していたんだ」
「甘酸っぱいかね。僕は恋愛に淡白だから、付き合っていたらきっと結婚していたんじゃないか」
「そんなに好きだったんだ」
「どうだろう。”好き”って感覚が一般人とブレているからね僕は。
自分の学力で学校を選ぶとか、自分の財布の中身でお店のを選ぶような感じの人だったかな、友達と呼ぶ彼女は」
望は自己評価が低すぎる。”ももちん”は望が選ぶ女ではない。望は有美と付き合える器を持っている。”ももちん”に程度を合わせて恋愛をする男ではもったいない
「望は、小夜みたいなステイタスが望のポテンシャルに合っていると思っているんだ」
望は笑って
「その英語の使い方、合っている?」
「僕が選ぶ相手は小夜ぐらいが丁度いいって望は思いました。これで合っている?」
「小夜さんって、中学生の僕と重なるんだ。迷路の出口を探していたあの頃の僕とね」
「ねえ、望。明日か明後日フォトギャラリー案内してよ」
奈緒のデートの誘いに凍りついた
「奈緒さんに誘って頂くのは光栄です。でも明日は有美さんと逢う約束をしています。そこで有美さんの友達を紹介してもらうことになるので、奈緒さんと2人で出掛ける約束はできません」
今度は誘った奈緒が凍りついた。動揺することなく淡々と答える望を逞しく感じた。またお酒を口に運ぶ
「菫、知っていた?」
私はできるだけ平静を装って
「みくりちゃんでしょ〜」
「そう」
奈緒がっかりしたような顔になって力なく答えた
「奈緒さん。かけひきは止めましょう」
奈緒は望の顔を睨んだ
「かけひき?」
「渉師匠が二股掛けていることは知っています」
「そうなんだ」
戸惑いが奈緒の言葉に取り憑いて離れない
「それが誰だか、僕も菫さんも気付いている。
大事にしているキーホルダー渉師匠からもらったものですよね」
奈緒は溜め息をついた
「有美も知っているの?」
「話題にしたことはないが、多分気付いている」
奈緒が苦笑いを浮かべた
「渉が言っていた。有美は望の方が好きだって」
渉がひどく最低な男に感じた。理由は分からない
「光栄だね。でもさっき話した通り、有美さんと恋愛関係は無理だ」
奈緒は笑った
「渉に声かけられる前は、望のこと好きだったのよ。いつまでたっても振り向いてくれなかったけど」
望と愛美の一件の後、望を心配して渉が事実関係を調べに来た。その際奈緒に話を聞いたのがきっかけで、逢うようになったという
「僕は渉師匠が誰を選ぼうと邪魔するつもりはないんだ」
奈緒の顔が緩んだのを見逃さなかった
「どうして、望は、私を誘ってくれなかったの?」
私は望の顔を凝視した。望の冷ややかな目に私と同じ感想を持っていることを確信した
「僕は、付き合っている人に声を掛けない主義なんで」
奈緒はまた溜め息をついた
「知っていたんだ・・・。
正しくないよね。私にも話すんだ。が合っているかな」
「小夜さんから聞いたのか、この話」
奈緒が望に分かるように視線を私に浴びせた。その視線を望も追っている
「僕が話す前に菫さんは気付いていたよ」
奈緒は笑いながら
「どうだか?」
「頭が良い人は、他人から頭がいいことを知られるのを嫌う。
IQが高い人は自分のIQを言ったりしない。それを言うのはサービス業に係る人だけだって」
「どういうこと?」
「奈緒さんの胸をいやらしい目で見る男達と同じってことさ」
「酷いたとえね」
「僕は酷い男だからね」
「それじゃしょうがないね。有美や私を袖にするなんて大したもんね」
「渉師匠の彼女ならそれくらいじゃないと勤まらないね」
「私のこと祝福してくれるの?」
「さっき、恐れ多くも奈緒様にお誘い与った御礼に祝福するよ」
奈緒は笑って
「ありがとう。愛美との一件の前まで望のことが好きだったのは本当よ」
「光栄ですね。秀次と家康に声を掛けられた後藤又兵衛くらいの栄誉だよ」
「誰よ、後藤なんとかって」
「槍の又兵衛をしらんのか?」
「私立理系女子だっつーの」
「ところで、小夜さんの心の闇の話は聞いた」
「なにそれ」
「小夜さんとどうして別れたの?」
「元々好奇心からの交際だし…
菫の前だと話づらいんだけど…」
少しだけ誇張させて
「すみれちゃんはぁ、平気だぞぉ~」
奈緒は薄笑いを浮かべて
「小夜が望に気がないなら、私が誘っていい?って試したの
そうしたら刺激が強過ぎたみたい」
そして、その後に愛美との事件が起きた
「奈緒ちゃんはぁ~望のこと好きだったのぉ~」
「少なくとも今の菫よりはね」
酔っていてもここが勝負どころだと言うことは理解している
「でも、望は奈緒さんよりぃ~すみれちゃんがぁ〜好きよねぇ~」
「望なら“うん”って素直に言うわね」
奈緒の対応は見事である
「小夜さんかなり思い詰めていたみたいだけど、どうなの」
「私と一緒の時はそんな深刻な話をしないわね。そんなことより、私が渉さんと付き合っても干渉しないってことね」
「さっきも言った通り、愛に倫理や正義の軸は無視すべき要素と考えているから、干渉はしない」
「有美に頼まれても?」
「ないな」
望は即答した
「望は、有美さんと付き合えばいいのに」
「有美さんはないよ」
「じゃあ、菫?」
望は笑って
「奈緒さんは、小夜さんのこと心配じゃないの?」
望の口から出た言葉は最も期待していなかったもので、深い失望の闇にたたき落とされた
「小夜のこと?」
望は溜め息をついて
「愛美さんの一件依頼、係るつもりなかったんだけど、重症だよ彼女」
「そんなことはないと思うけど」
“話すんじゃなかった”
奈緒に届かない声で望が呟いた
“望が係る話じゃないでしょう”
声に出して言わなければならないのに声がでない
「奈緒さんにはそういう風に振る舞ったんだ」
「小夜と何を話したの?」
「奈緒さんに話していない話を話せる訳がないじゃないか」
沈黙は、奈緒がもう渉のこと以外に全く興味がなくなっていたことを暗示しているように感じた
「このあと2次会でカラオケに行くから来てね。小夜に何気に聞いてみるから」
「明日バイトなんだ、小夜さんとは来週出かける約束したから、僕はその時聞くよ」
「私だけじゃ聞けないよ」
「奈緒さんは小夜さんと付き合っていたんだろう」
「別れたから聞けないんでしょう。2次会は来てね」
そういうと奈緒は席を立ち小夜のところに戻った
望と奈緒が話している間、随分グラスを口に運んだ。眼の前が少しだけ朦朧としている。
望は小夜と付き合う気だ。そういう仮説以外は思いつく想像力がない
「2次会カラオケだって、菫さんどうする」
正直そんなことはどうでもいい。答えない私を望は凝視する。
「菫さんって誰かに似てるって言われない?」
やはり答えなかった
「ガキの頃大好きだった人だ。そうか、菫さんに出会った訳でなく、菫さんに似た人に逢っていたんだ。だから他人に思えなかったんだ」
そういえば、盗み聞きした有美と望の会話で私のことを理想の姿と言っていた。私が言うのも憚れるが、私の容姿が理想過ぎるため幻想の存在だと望は思っていたのだろう。量子力学に通じている望と有美らしい見解だ。観測理論に従えば望の中で朧の存在だった私が実体になったのだろう
「そうだよ、ガキの僕が想い焦がれていたキャンディーズのミキちゃんそっくりじゃないか」
「それって、私に告白している?」
「剥製にしてウチに飾りてぇ~」
「死ね!」
「わぁ~ミキちゃんが目の前で動いているよ」
「もしかしてからかっている?」
「ねえ、カラオケで”わな”歌ってよ。もう2つ菫さんのお願いを無条件で聞きますのでお願いします」
私は深いため息を吐いた
「ゴメン。私、音痴なんだ。みんなの前で歌えない」
「そっか、ごめんなさい。僕の憧れを勝手に菫さんに載せてしまった。菫さんはミキちゃんじゃなくて菫さんだもんね」
「トイレに行ってくるね」
立ち上がるとふらついた。直ぐに望が支えてくれた。準備していないと出来ない動作だと思う
「酔っ払っちゃったかな」
目が回る。望はトイレまで介護して付き添ってくれた
「逃げちゃおうか?5分後に荷物持ってここに来て」
「それ願い事?」
「じゃあ、望は私の願い事を3つ聞くこと。それがお願い」
「菫さんと一緒にいるときは無限にお願い聞かなきゃいけないな」
「嫌?」
「いいよ、今日は酔っ払いの菫さんのお願いを聞いてあげるよ」
トイレの鏡を見ながら、吐き気を抑えた
「気持ち悪い」
髪の毛を直すのも面倒だ。明らかに酔っている。望に押し倒されてしまうかもしれない。
「へへへ、人生狂っちゃうね。へへへ」
何が可笑しいのだろう。よく分からない
トイレの前で私の荷物を持った望が立っていた
「ふむ。大義であった」
「姫様、声が高こうございます。奈緒に気付かれます」
「難儀よのおぉ~あのおっぱい女」
「姫様、何卒お静かに」
「妾は酔った、おんぶせえ」
望にお姫様抱っこされて店をでた。
<つづく>
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