19 保養地ラトエ



「え、私とサラサを?」

「はい、もし良ければ……なんでしゅが……」


 びっくりする内容だったのでつい大きい声が出てしまった。休み時間にエマが私とサラサにある申し出をしてきた。

 ちなみにエマはかなり気が弱く、今のように私の大声で委縮したりしてしまうと語尾が「でしゅ」になってなんだか可愛い。


 彼女の父リュール卿が、先の大戦で斥候として持ち帰った情報が勝利に関与したことから、エブラハイム魔法国国王デマンティウス13世より下賜された別邸だがほとんど使っていないため、掃除がてらで良ければ連休の間は使っていいと許可をもらったそうだ。


「サラサはどう?」

「私はその……」


 サラサが少し離れたところにいるキャムを盗み見ると、私たちとバッチリ目が合った。


「あ? 勝手にすればいいだろ」


 おー、なんだアイツ、めずらしく聞き分けがいいな。


 エブラハイム魔法国南東にあるロピネス山の裾野に広がるラトエ高原は夏は避暑地として知られ国内屈指の人気の保養地であり、上位の貴族は別荘を持っていることが多い。


 まあ私の家みたいな下位貴族には夢のまた夢のような話なんだが思わぬ幸運が舞い込んできた。


 明日からこの異世界でいうゴールデンウィークのような連休に入るので、その期間、寮から追い出されるため、家に帰ろうとしていたところだ。


「ふーん楽しそうだね、ボクらも一緒に行っていい?」

「れれれレオナード皇子しゃまっ!」


 エマがものすごく気が動転している。


「ダメ?」

「へ、陛下から頂いた別荘でしゅ、ど、どうぞお使いくだしゃいっ!!」


 まあそうなるわな。ちなみに皇子のこの甘えた仕草が乙女ゲーでは多くの女性を虜にしていた。


「それでは私が行っては迷惑になるかと」

「いや、大丈夫。私が行かなくてもサラサは行かなきゃ」

「え?」


 いかん、ちょっと本音が漏れてしまった。皇子とロニが行きたいと聞いてサラサが遠慮しようとしているがそれは困る。キャムからサラサを引き離すためには皇子のチカラがどうしても必要なのだ。


「私がどうしても行きたいからサラサも行ってくれなきゃ私泣く」

「えーシリカさん、それはズルいです」


 サラサよ、なんとでも言いなさい。アナタのためを思っての行動なんだから。


 サラサが観念したのを確認して、エマやレオナード皇子の方を見ると、なんだか少し頬を紅くしている。──なんで?


「お取り込み中のところすみません。ちなみにラトエ高原のどのあたりですか?」

「あ、はい! 高原の入口噴水広場から向かっていちばん左の道の奥になりましゅ」


 翡翠色ジェードグリーンの瞳と髪をしたミラノ・ハイデンが声を掛けてきたのでエマはまたも緊張している。


「それは奇遇ですね、私たちも明日からラトエ高原に行くんです」


 ミラノが振り返り、キャムと視線を合わせた。アイツ、絶対サラサの邪魔をする気だ。


 この魔法国には電話に代わる通信手段がある。ケーナという蔓性の魔法植物で一対のくっついている種を剥がしてそれぞれを植えて育てるとオレンジ色の花が咲く。その片割れとなった花を通じてもう片方へ音声をやりとりできる面白い植物となっている。ただ蔓性というだけあって、放っておくと部屋中が蔓だらけになるので、こまめな剪定など定期的なメンテナンスが必要になってくる。


 ケーナの花を持ち上げラッパ型になっている部分に向かって呼びかけるごと数分、ようやく母親が出た。私は連休中は友人の別荘宅にお邪魔するので自宅に戻らない旨を伝えると母親は「も、もしや殿方と……」と変な期待を込めた質問をしてきたが、残念、男はいるが高嶺の花すぎて私には不釣り合い。それに皇子と一緒だなんて言ったら母親が卒倒してしまいそうなので黙っておくことにした。



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