閑話 魔王ベルゼビュート【前編】

 魔王ベルゼビュート。

 魔国の王でありながら、魔族の統率も務める王の中の王だ。誰しもがベルゼビュートに憧れを抱く。幼い頃より魔法の才は桁外れであり、統率能力をもかね備えた彼女には誰も叶わない。

 皆がそう思っていた。


 これから語られるのは百年前の話。

 

 そもそも当時の王国との争いはすべて王国側に仕組まれた物だった。

 争いの始まりは、王国に物資を届けに向かったはずの行商人が魔国に帰国しない、というところから始まる。

 

 その帰国しない魔族をその家族が心配し、ベルゼビュートに居場所の調査を懇願された。


 なぜ、王たるベルゼビュートがこんな魔族ひとりが行方を晦ましたぐらいで動こうと思ったのか……それはベルゼビュートの理念に関係していた。この世には様々な国が存在するが、大抵の国の王と呼ばれる者達は国あっての民、といった考え方である。しかしベルゼビュートはその真逆、民あっての国と考えていたのだ。


 所詮、国は国だ。幾ら国を統率しようが、民がいなければ存続すらままならないだろう。


 民は働き稼ぎ得て、その一部を国に税という形で納める。


 そして国は民に職を与え、税を納める見返りとして生活の保障を最優先する。


 やがてそれは物の売買などに繋がり経済が発展していくのだ。


 そんなわけでベルゼビュート調査を引き受けたのだ。そこまではいいのだが……少々ややこしい事態となっているのも確か。


 王国とは当時、貿易を行っていたこともありすぐさま連絡を入れたのだ。しかし王国の返答は――現在こちらに滞在している、その一言だった。


 一見普通の返答のようにも思えるが、王国の民は魔族を薄汚い獣なのだと差別している。そのため滞在などできる状況下ではないのだ。


 路地裏で人とすれ違うだけで、金を盗まれ、拷問され、やがて死に至る。


 そんな魔族をベルゼビュートは何人も見てきたのだ。


 だったら王国側はその対策を講じないのか?と疑問にも思うはず。


 しかし幾ら王家が魔族への差別を慎め、と言い出したところで民にとってはそんなことはどうでもいいのだろう。


 差別対象である魔族の行く末など……興味がないのだ。


 かくしてこの一件を伝えるため、ベルゼビュートは消息不明となった魔族の家族を謁見の間に呼び出し報告をした。


「魔王様……どうか私達家族を夫の所に行かせてください。お願いします」


 必死に懇願する家族、余程大切な人なのだろう。そう思ってくれる人がいるのは羨ましいと思いつつもベルゼビュートは言った。


「許す。王国に着いたら連絡をよこせ。それと、この魔道具を身に付けて置くとよい。お主達に何かあれば、ちゃんと記録が残るようになっておる」


「はい、感謝します。魔王様」


 その日のうちに家族は王国へと向かったのだ。


ーーーーーーーーー

 

 しかし幾ら待っても連絡がくる気配がない。


 あれから十日も経過しているというのにだ。


 魔国ベリアルから王国まで歩いて向かったとしても二日ほどで到着するはず。

 それに違和感を覚えたベルゼビュートは四天王の一人であるルビーを謁見の間に呼び出した。

 そして居場所を掴むよう命じたのだ。


「魔王様、発言をお許し下さい」


「許す、話してみよ」


 ルビーは疑問に思ったことを口にした。


「魔王様はなぜ、そこまでしてあの家族を気にかけるのですか?」


 ベルゼビュートは王座から立ち上がり、商人とその家族との関係性を淡々と話した。


「それは、あの行商人の家族には父の代から世話になっていた、という説明でどうか。今、余が愛用しているこの腕輪もあの行商人からの贈り物でな」


「このルビー、全力で今回の任務務めさせて頂きます!」


「うむ、行くがよい」


 ルビーに命じて三日後、進展があった。

 どうやら王国に向かう途中、何者かに襲われ殺されたということが発覚したのだ。

 その家族の遺体を魔王城に一度持ち帰り、ベルゼビュートは本人達なのかをしっかりと確認するため、以前渡した魔道具を回収する。


 ベルゼビュートは急ぎ書斎に出向いた。

 そして魔道具に記録された内容を確認した。目の前には映像が流れ始める。その映像には目を疑うような衝撃の事実が魔道具には記録されていたのだ。

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