第25話 魔王の復活

 俺とリーズは洞窟に戻り儀式の準備を進めた。


「よし! これで儀式に必要な物は全部揃ったな」


「そうね、儀式を始めましょう」


 棺の側にある台の上に素材とリーズがくれた腕輪を置いた。


 儀式を行う手順としては、魔王の遺体に魔力を流しつつ、ブルードラゴンの心臓をはめ込む。もちろん心臓部分にだ。そして心臓の上に光命草こうめいそうを乗せ、さらに魔力を流し込む――これが、死者蘇生の手順なのだが成功するかどうかは不明のまま。


 水晶と腕輪に関しては、使い道がまったく見当がつかないのだ。

 紙切れにも詳しくは書かれていない。


 どうしたものか……。


 魔力はリーズに任せるとして俺は儀式を手順通りに進めるのに集中するしかないだろう。しかし一向に変化が起きない。

 ただただ俺は今、遺体の上に置いているグロイ心臓やそれを照らす光命草こうめいそうを見守っているだけなのだ。

 

 ああ~、こんなものずっと見てると気分が悪くなってくる。

 

 俺は成功すると信じ、変化が起きるまでひたすら待ち続けた。


           *

 

 どれほど経過しただろうか?


 埒が明かないと判断し、儀式を最初からやり直そうとしたその時、突如魔王の遺体が宙に浮上したのだ。

 それは光を放ち、みるみる皮膚が形成されていく。すべての皮膚が形成された瞬間、周囲が暗闇に包まれると同時に、身体がふと重くなった。


 俺とリーズは膝を着いてしまったのだ。

 誰かに地面に這いつくばれと言わんばかりに強く押さえつけられているような感覚だ。


「うっ……体が……重い何が起き……たのよ……リヒト」


「おそ……らく……闇の魔力だろう……」


「私……だんだん……イライラしてきた」


 リーズは刀を鞘から素早く抜き、魔力で張られた障壁を斬り裂いた。すると障壁にはヒビが入った。

 徐々にヒビは広がり、砕けた障壁の破片はヒラヒラと地面に舞い落ちる。

 覆っていた障壁を斬り裂いたことで、身体も軽くなり普段通り動けるようになった。


「あー、やっと解放された」


「リヒト、私にお礼はないの?」


「ありがとう、リーズ」


「それでいいわ、素直が一番よ」


 リーズは腕を組み満足そうに笑う。

 障壁は壊したはずなのだが、一向に周囲が暗闇から解放されることはなかった。

 しかし暗闇の中で聞き覚えのある女性の甘い声がした。


「待っておったぞ! リヒトよ!」


「この声……まさか?」


 声が聞こえた瞬間、暗闇の奥から一人の女性が歩いてくる。頭部には二本の角が生え、白銀に輝く長い髪、雪のように白い肌、黒いドレスを身にまとう。高貴な雰囲気が漂っている女性だ。

 それに黒いドレスと白い肌が相まって美しく、妖しげな色香が漂い魅了されそうにもなる。


「……リヒト気をつけて。まだ仲間ってわけじゃないんだから」


「そんなことわかってるよ」


 魔王は俺の前で立ち止まり、まじまじと見つめてきたのだ。


「おおリヒトよ、久しいのじゃ。話すのはスキルを奪った時以来じゃな」


「……そうだな……それよりお前、本当に魔王なんだろうな?」


「お主! まだ疑っておったのか! まあよい、自己紹介が遅れて申し訳ないの。我の名は魔族の王ベルゼビュート! これからよろしく頼むのじゃ」


 ベルゼビュートは俺に手を差し出してくる。


 そして俺はそれに応え手を握り返した。


「これからは苦難を共にする仲間じゃ。我のことはベルと呼ぶがよいぞ」


「じゃあ、ベルよろしく」


「私の名前はリーズよ。もし、リヒトに何かあったら許さないから。それだけは! しっかりと! 覚えておいて!」


「そんなに強調せんでよい、わかっておるわ」


 リーズとベルは、握手はしてはいるものの、目は笑っていない。


 ホント怖いよな、女性は……。

 っていうより、何でこうもあっさりと仲良くなってるんだか。


「お主……人間ではないな」


 しかしベルが突然声を上げた。


「な、何を言っているの!? 私は人間よ!」


「いや、人間にしては色々とおかしい。人間とは思えないほどの魔力……お主、何者じゃ?」


 そう言いながらベルは異空間から一つの腕輪を取り出した。その腕輪は俺とリーズが身につけている物とそっくりだった。

 違いがあるとすれば、腕輪の水晶の色が違いだけだ。俺とリーズの腕輪は黒いが、ベルの腕輪は赤い水晶がはまっている。


「おい、ベルこの三つの腕輪に何か関係性があるのか?」


「そうじゃ。このドワーフの腕輪は同盟を結ぶ種族同士誓いの腕輪。お主、リヒトが持っているのは余の魔族の腕輪。そしてリーズが持っているのは……」


「黙って! ベル!」


「何だよ! 二人揃って!」


「それはじゃな――」


「いいわ……私が話すから」


 リーズはベルの話を遮った。

 そして俺の正面に立つと、


「実は……わ、私……ハーフエルフなの……」


 俺はリーズの突然の暴露に驚きを隠せなかった。

 ハーフエルフとは人間とエルフの間で生まれた種族のことだ。


 ということは……。


 この腕輪は、魔族、ドワーフそしてエルフの同盟の象徴というわけだ。


「……う、嘘……だろ」


「……幻滅した? 私のこと、嫌いになった?」


 リーズの目元からは涙が溢れた。

 頬を伝って一滴、また一滴と地面に流れ落ちる。


 俺がリーズの存在を否定するとでも思っているのだろうか? 

 それとも、今まで嘘をついていたことを悔やんでいるのかはわからない。


 でも、俺の答えはとうに決まっている――今までが偽りの姿だとしても、いつも俺を助けてくれるリーズの優しさは変わらない。


 俺はそんな落ち込むリーズの一番気になる部分に指を指した――そう、耳だ。

 エルフの最大の特徴といえば、人間とは違った尖った耳。これがキュートで可愛らしい。

 まさかのハーフエルフさんだったとは……最高じゃないか!!


「いや、むしろ最高だ! 本で読んだことあるんだ! もしかして……耳、変わったりする!?」


「……うん、するわよ」


 リーズはスキル〈変身へんしん〉を解除し、本当の姿を俺に見せた。

 髪の色や顔立ち、そして身体つきは変わらない。耳の形だけが変形し尖り始めたのだ。

 その姿は人間の姿より可憐で美しく思える。


「リーズはエルフの姿の方が似合ってるよ!」


「そ、そう。ありがとう」


 リーズは顔を赤くし、身体を左右に揺らしながら照れているようにも見えた。


「お主達! そろそろよいかの?」


 二人の世界に浸っていた俺とリーズ。

 嫉妬してかベルは大きな声で叫んだあと、異空間から何かを取り出した。


「その小さいのは何だ?」


「これは過去を見る魔道具じゃよ。我の記憶を映像化する便利な道具じゃ」


 ベルはそう答え魔道具に魔力を流した。

 すると周囲が暗闇から見覚えのある景色が映し出されたのだ。


「ここは、まさか! ドルキス平原!」


「そうじゃ。かつて魔族と人間が争った場所じゃ……この争いで魔族は……」


 ベルは悲しげな表情を浮かべ説明を続けた。


「お主達、百年前の戦争についてどう聞いておる?」


「そうだな。たしか王国の土地を狙った魔族が争いを仕掛けた。しかしその結果、王国軍の勝利で終わったと」


「それは真実ではない。敗戦したのは事実ではあるが……今からお主達に過去を見せよう」


 ベルは鮮明な映像を流し始めた。

 それは360度どこを見ても映像が広がり、実際に自分がそこにいるかのような感覚に陥る。


「この映像は王国が建国された三百年前の映像じゃ」


 どうやら建国当時は、魔族と人間は共存していたらしい。

 頻繁に貿易なども行う間柄だったとか。


「しばらくして、当時魔王だった父が亡くなり、我が跡を継いだというわけじゃ」


「まあ、王族なら当然だよな」


 俺は頷きながらそう答えた。


 そしてベルは過去にあった敗戦を招くまでの出来事を悲しそうに話し始めるのだった。


―――――――――

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