第8話 新たな生活の始まり

 僕とリーズが教会の外に行こうとすると、


「……ミレーユ、バイバイ」


 小さな手でミレーユに手を振り、悲しそうに笑うリーズ。


「リヒト君! リーズちゃん!」


 そう僕たちの名を呼んだミレーユ。

 何用があって僕たちを呼び止めたのかは定かではない。どうせ「気をつけて」とか心にもない言葉を投げ掛けるだけなら、時間の無駄だから早く外へ行かせ欲しい。いつ追手が来るかもわからないし。


「何ですか……ミレーユさん?」


「リヒト君が私のことを信用できないのはわかってる。あんなことが起きた後だから。でもね、私はあなた達子供を見捨てることなんてできない! それにあなた達行くとこあるの? 食料は? 水は? 住むところは? これからどうやって過ごしていくの?」


「…………それは」


 言われてみれば確かにそうだ。

 水も食料もなければ、ましてや暮らすところもない。

 それはそうなのだが、この人を本当に信じていいのだろうか?


 こんな僕の悩みなどお構いなしにミレーユさんは淡々と話を進めていく。


「ほら、何も考えなしで出て行こうとしてる!」


「……だって……僕たちがここにいると迷惑が掛かるし……」


「子供だからそんなこと気にしなくていいの! 私に付いてきて、中を案内するわ!」


 僕とリーズは、ミレーユさんの後ろを付いて歩いた。まず最初に案内されたのは、僕達の部屋となる場所だった。そこにはベッドが二つ置かれ、さらに洗面所、トイレ、それに風呂場もある快適な部屋だ。凄く綺麗とまでは言えないが、今の僕とリーズにとっては贅沢なぐらいだ。


「ここがあなた達の部屋になる予定の場所よ!」


 僕とリーズはうなずき、次の場所へと案内された。


 そしてミレーユさんは僕の表情を伺いながら、


「ここが食堂。朝、昼、晩の三食は私が作るからね。自分で何か作りたいときは自由に食材を使って調理してねいいからね!」


「わかりました」


 僕は見知らぬ子供にここまでするのはどう考えてもおかしいと思いつつも、顔には出さず真剣に面持ちで話を聞く。

  

「それと食堂の隣が私の部屋で、その正面の部屋が書斎よ。書斎は勉強するための部屋。それと何かあったら私の部屋にきてね!」


 ミレーユさんはずっと笑顔を絶やすことなく、明るくて優しい人なのだと感じた。

 しかしさっき思った通りやっぱり怪しい。すぐに人を疑うのもどうかと思うが、実際に僕とリーズの立場としては、疑わないと生き延びることができない。恐らくこれから毎日そんな生活になるだろう。

 この教会に住むにしても、外へ逃げ出したとしてもだ。


 どちらにせよ同じ結果になるのなら、この人を信じてみるのも選択肢の一つなのかもしれない。しかし僕一人の判断じゃリーズは納得してくれない。


 ということで、僕は早速リーズに尋ねた。


「リーズはどうしたい? ここでミレーユさんと一緒にいるか、それとも昨日の夜みたいに――」


「私はここにいる。だってミレーユはいい人だもん」


「そっか……リーズがそう言うなら」


 僕とリーズが互いの意見に同意したところで、

 

「リヒト君、それにリーズちゃん決まった?」


「はい、ここでお世話になります。もしかしたらご迷惑を掛けることもあるかもしれません。僕達二人何でもします、だから……」


 ミレーユさんは僕の目前でしゃがみ込み、僕のおでこを指先で弾いた。


「えいっ」


「何ですか? 急に」


「子供がそんなに立派に見せようとしなくてもいいのよ。大人ならまだしもあなた達二人はまだまだ子供。畏まる必要もないし、遠慮することもないの。正直子供はわがままぐらいがちょうどいいのよ」


「だったら私わがまま? になる!」


「はぁ、リーズは……」


 そんなリーズの言葉に思わずため息が漏れてしまう。

 無邪気なのはまだいいとして、このまま大人になられてもな。

 

「ミレーユさんリーズが本気にしちゃいますから」


「あら別に構わないわよ。男の子は女の子のわがままに付き合うの好きでしょ」


「…………え?」


「えっ!? リヒト君は好きじゃないの!」


 世の男性はそういった女性が好きなのか……うん、参考程度に頭に入れておこう。


 そんなこんなで話していた僕とリーズ、そしてミレーユさんは一度解散した。


 その後、ミレーユさんは書斎に入っていったが、僕とリーズはさっき自室だと案内された場所へと向かい、ベッドに腰掛けた。


「ミレーユさんに感謝しないとな」


「うん、そうだね」


「この教会にきて一つ疑問なんだが、リーズと初めて会った時、全然喋らなかったのに今は普通に喋ってるよな。どういう心境の変化だ?」


「だってあの時は、初対面だったし、リヒトがどんな人かもわからなかったから。……でも必死に私をここまで運んでくれたでしょ。ありがとう!」


 リーズは笑顔で僕にそう言った。


 お礼を言ってもらうのは嬉しいものだ。

 ここまで頑張ってきたかいもある。

 でも、これからさらに苦しい思いもするだろうし、悲しい思いもするだろう。こういう時だからこそ、今を一生懸命生きて笑っていないと。


 そこからの僕とリーズはミレーユに助けられ何の不自由なく暮らすことができたのだった。

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