第6話 大切なものを残して
しかし、その日の夜、自室の窓から外を見ると普段なら真っ暗なはずの村が妙に明るく感じた。
外からは悲鳴のような声が聞こえ、村の人達が逃げ惑う姿が窓から見えたのだ。
「きゃああああ! た、助け……」
「き、騎士様お助けを! うぅ……」
突然起こった出来事に整理できず、その場から動くことすらできない。
僕は村人達が殺される姿をじっと窓から眺めることしかできなかったのだ。
だが、ここで突然父さんが僕の部屋に入ってきた。額から汗を流し、かなり慌てている様子だ。
そして僕は腕を掴んで外まで連れてこられた。
そこには母さんとリーズの母親のセーラさんの姿があった。至る所から真っ赤な炎が上がり、もはや焼け野原状態。もう何もかもぐちゃぐちゃだ。
そして父さんは僕の肩を強く掴んだ。
「……リヒト、お前とリーズちゃんだけでも逃げるんだ」
母さんは涙を流しながら僕をギュッと強く抱き締めた。
「リヒト愛してるわ、いつまでも……」
その隣ではリーズを抱き寄せるセーラさんの姿。
「リーズのことをお願いね。リヒト君」
セーラさんの目からは涙が溢れていた。
「…………うん、わかった」
この時、僕は察した。
父さんも母さんもセーラさんも、僕たちを逃がすため身代りになるつもりなのだと……。
今までの忙しくも楽しかった家族との日常の思い出が脳裏に蘇る。もしかしたら……これから一生、家族に会えないかもしれない。
そう思うと自分の目からも次々と涙が溢れてきた。不思議だ。ご存じの通り僕は神から転生してきた。あまり記憶にないが人となり、ここまで感情が……動かされることは、以前にはなかった気がする。
父さんは僕の頭の上に手を置き、笑顔で話し始める。
「良い子だ! お前みたいな息子を持てて、俺は本当に幸せ者だ。それは、母さんも同じ。お前の人生これから楽しいことはもちろん、辛いことや悲しいこともあるだろう。だけどな、それをすべて受け入れて、乗り越えた先に必ず幸せは訪れるんだ」
「………………」
「決して何事にも負けるな! 諦めるな! 足掻き続けろ! それがこの世にお前が人に生まれてきた意味なんだ! あとリーズちゃんのことも任せたぞ。彼女は女の子だ。お前がちゃんと守ってやれ、いいな?」
「父さん、まさか……」
「ああ確信はなかったんだが、妙に大人びたことを言うし、その年齢で状況判断ができ過ぎていると思ってな。お前の前世がどうこうって話はどうでもいい。だけど一つだけ忘れないで欲しい。お前はイケメンな俺と美人な母さんの息子――リヒト・レンベルだ。それ以外の何者でもない、それだけは忘れないで欲しい」
その言葉を聞いた僕は号泣しながら
悲しくて、苦しくて、胸が張り裂けそうなこの感覚……。
元は神だったはずなのに……それだけ僕はこの人界、いや父さんや母さんと一緒にいるのが楽しかったんだ。
これからの人生……神ではなく、父さんと母さんの息子ーーリヒト・レンベルとして生きて行こう。決して何があっても、どんな存在が拒絶し阻んで来たとしても。僕ならできるはず……なんたって父さんと母さんの息子なんだから。
だけど何で? 何で? こんな目に?
それは僕が弱いからか?
もし神の力さえあれば……何とかできたかもしれない。いや、今はそんなことどうだっていい。
リーズも「ママ!」と叫びながら必死に走っている。
こんな小さい子も我慢してるんだ。
僕がしっかりしないでどうする!
「大丈夫だ、リーズには僕がついてる。絶対守ってやるからな」
「……ぐすっ、うん」
そう、この時僕の心の中には憎悪という誰も制御できない感情とリーズを何があっても守りきるという使命感が芽生えたのだ。
しかしこの感覚以前にも……守りきれなかった、誰を……?
「あの人たち……許せない」
リーズは袖で涙を拭い、何かを強い決意をした目をしていた。
恐らくアイツらへの報復といったところか……しかしあんな騎士を何人、何十人、何百人と殺したところで王国は痛くも痒くもないに違いない。
だが根本的な部分を潰してしまえばどうだろうか? 国はいづれ崩壊を迎え、世界から国としての存在や歴史すらも抹消されることになるだろう。
「ああ、そうだな。絶対いつか……。僕たちの大切なものを奪われたんだ。次はアイツらの大切な物を奪ってやるのも」
なんて言ってるが、今の僕には何の力もないんだよな。
「……うん、私も手伝う」
「ありがとう、リーズ。今はその言葉だけでも嬉しいよ」
だけどこれ以上、僕の大切なものを奪わせるわけにいかない。どんなことがあっても絶対リーズだけは守り抜いて見せる。
僕はこの日、必ず報復を成し遂げると共に守るべき者のために戦うと強く誓ったのだった。
決してこの悲しみと憎悪の感情だけは絶対に忘れない。その感情を糧にこれから二人で必ず生き抜いてみせる。どんなに非難されようが、罵られようが、いかなる存在が敵に回ったとしても、必ずこの手で絶対この仮は必ず返してやる。
この命の灯が燃え尽きるまで。
そう心の中で誓った僕とリーズはひたすら前だけを見て走り続けた。
村から走り続けているせいか足も限界に近い。
リーズに至っては座り込みその場から動こうとしない。
「リーズ大丈夫か?」
リーズは首を横に振るので、仕方なく僕はリーズを抱きかかえた。
本当に意地を張る子じゃなくて良かった。
僕からしても素直に無理なら無理と言って貰えたほうが動きやすくて助かるからだ。
しかし問題は追手がくる前にどこか身を隠せる場所を見つけないといけないことだ。辺りを見渡すが、暗闇で何も見えない。
ここでうやむやに探しても時間の無駄でしかない。追手もいつ来るかわからない。
足の節々が痛むが、今はひたすら前だけを見て走り続けるしか選択肢はないのだ。
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