第4話 お隣さんが挨拶に!

 しかしある日、いつもとは違う出来事が夕刻頃に起きた。

 

 僕達家族が住む家の隣に空き家がある。

 そこにとある家族が引っ越してきたのだ。その時はあまり興味もなく農作業で疲れていたこともあって、すぐに家に帰った。

 いつもどおり家族と机を囲んで笑いながら食事をしていると、外から扉を叩く音が聞こえてきた。 


「すみません、誰かいらっしゃいますか? 隣に引っ越してきた者です」

 

 扉越しから聞こえてくるのは、透き通った綺麗な女性の声。


 隣に引っ越してきたと言っていたが、怪しい奴だったらどうする?

 今の僕にはどうにかする力もない。

 大切な人を失いたくない……今、何でそう思った?

  

「はーい! すぐに出ますから! ちょっと待って下さいね!」

  

 母さんは椅子から立ち上がり、早歩きで扉に向かう。


 少し心配だ、僕も付いていこう。


 僕は母さんの裾を掴みながら一緒に移動した。

 扉を開けるとそこには一人の女性の姿があった。その後ろに女性の腕にしがみつく一人の少女の姿も。


 二人とも値が張りそうなドレスを着こなし、右手首には宝石が装飾された綺麗な腕輪を身に付けている。

 髪は空のような薄い青色、肌は雪のように白く透き通り、顔立ちも整っていた。

 思わず見惚れてしまうほどに……。


 そんな二人に引き寄せられたのか、気にせず食事をしていた父さんが急に椅子から立ち上がった。少し興奮気味に挨拶を交わそうと駆け寄って来たのだ。


 まあ、男なら当然かもしれない。美人を目前にして無視なんて、それこそありえない話だ。

 事実、僕もこの少女のこともの凄く気になるし。

 

「こんばんは、夕食時にすみません。隣に引っ越してきたセーラ・フリントです。この子はリーズと言います。これからわたくし達親子をよろしくお願いします。ほら、リーズ挨拶しなさい」

 

 リーズは小さくうなずいた。

 しかし恥ずかしがり屋さんなのか頬を赤く染めながら小声で挨拶をしたのだ。

 

「……リーズです。六歳です」

 

 母さんはしゃがみリーズと目線を合わせながら笑顔で挨拶を返した。

 そんな優しい母さん最高すぎる!

 

「リーズちゃんよろしくね! それにセーラさんも。私はミラです。こっちは旦那のグレン、この子はリヒトです」

 

 僕は少し頭を下げながら、

 

「リヒトです、セーラさんよろしくお願いします。リーズもよろしく」


「わざわざ挨拶に来てくださりありがとう。グレンです。何かこの村でわからない点や困ったことなどありましたら、いつでもいかなる時でも言って下さい。すぐに参上しますので!」

 

 出た、父さんが女性を口説き落とす決まり文句。

 本人が言うには、これで幾人もの女性を落として来たようだが、さあ結果はどうだ? 


「えっと……手を放してくださる、かしら……」


「えっ……?」

 

 ありゃま、父さん完全に引かれてるな。


 僕は父さんの耳元で、

 

「引かれてる……」


「マジで! 惹かれてるって俺のこともう好きになったのか!?」


「だから―ー」

 

 勘違いしている父さんに逆に引かれてるのだといち早く知らせたかったのはやまやまだが、しかしもう手遅れだ。

 セーラさんとの挨拶に出しゃばった父さんを見かねて母さんは隣でずっとしびれを切らしていたのだ。

 

「ねえ、グレン。あなた後で話があるから、ね?」

 

 さすがは大人だ。この妙に重い雰囲気を出しながらも笑顔を絶やさない。しかし、セーラさんは苦笑いしているし、リーズも何かを察したのか怯えてるようだ。

 ここは僕が何とかしないと。 


「セーラさん引っ越しの準備は大丈夫ですか?」


「え、ええそうでした。では皆さんわたくし達はこの辺で」

 

 こうして波乱の挨拶は幕を閉じた。

 だが問題はここからだ。母さんが今不機嫌なのは確かだ。家族揃って何事もなかったように席に着くが、母さんのとある一言で食卓は凍りついた。

 

「ねぇリヒト……セーラさん綺麗だったわね」

 

 この質問の意図はなんだ?

 僕を母さんがわに付かせようとしているのか?


 しかしここで否定をしてしまえば、例え聞いていないとはいえセーラさんに対して失礼になる。

 母さんのご機嫌を取るか、それとも素直な気持ちを吐くかの二択。


 これはある意味、命に関わる選択になる。


 そう僕にとっては生きていくための生活に影響すると言っても過言ではない。朝食がパン、昼食もパン、夕食もパン。そんな事態はどうしても避けたい。

 でも、ここは男として堂々と立ち振る舞わなければ。

 

「そうだね、母さん。セーラさんも綺麗だったし、リーズって子も可愛かったな!」


「ふ~ん、ああいうのが好みなのね」


「母さん言い方」

 

 思った通り不機嫌になってしまった……って何で僕がここまで気を使わないといけないんだ!?

 いやいや、今はそれより少しでもこの空気を何とかしなければ……。


 僕は母さんの顔色を伺いながら優しく言葉を掛けた。

 

「あ、あはは、でも僕は母さんの方が綺麗だと思うよ! スタイルもいいし、優しいし、美人だし! 僕はそんな母さんが側にいて世界一幸せな子供だよ!」


「そ、そう⁉ そうよね! お母さんは嬉しいわ!」

 

 母さんの機嫌が徐々によくなり始めている。

 これで一安心かと思った矢先、父さんのある一言で再び重い空気に逆戻り。

 

「リヒトは母さんが好きなんだな! いや~でもセーラさん美人だったな! 俺が若い頃に出会ってたら口説いてたぞ!」

 

 父さんはさっきも口説いてただろ! とツッコミたくもなるが、ここはあえて流すことにしとこう。

 だけど……ああ、やってしまった。

 とうとうやってしまった……間違ってでも言ってはいけない言葉を。夫婦にとって禁忌の言葉を父さんは口にしたのだ。


 ここで母さんが怒鳴って「出て行く!」なんて言い出したらどうするつもりなのか。


 僕は横目でチラッと母さんを確認するが、怒っている様子は一切見られない。

 どちらかと言うと落ち着いているようだが……。


 何事もなくてよかった、と僕は安堵すると同時に緊張も解けたのか、身体にドッと疲れが乗し掛かった。

 

 僕は夕食を終えたあと、その足で風呂へと向かった。浴室には湯気が漂い、一日の疲れを癒してくれる熱々の湯船が僕を待っている。そして、湯船に浸かると今日一日の疲れが湯に溶け出していくようだった。 


「ああ~、最高だ~」


 そうぼやきながら湯船にゆっくりと浸かった。

 充分身体も温まり、次は眠気が襲い始める。

 今ならすぐにでも眠りに就くことができるだろう。


 僕は目を擦りながら二階にある自分の部屋へと戻り、布団に包まりながら眠りに就いた。

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