第33話


「別れる時、あなたは私に『ごめん』としか言ってくれなかったよね。私は地味で控えめな私の性格に、いい加減嫌気が差したんだと思ったの。あなたが受験に失敗したことは、あなたの表情を見たらすぐに分かった。でも、たとえ受験がダメでもあなたの未来が失われたわけじゃないって、励ましたかった。それすらも、叶わなくて苦しくて……」


 実里の呼吸が荒くなる。吐く息は当然のように白く、彼女の顔の前で冗談みたいに膨らんだ。


「あの時、あなたが何も理由を言ってくれなかったことが、私をがんじがらめにしたんだよ」


 彼女がくしゃりと顔を歪ませて、困ったような泣きたいような表情になった。初めて見る実里の一面だった。


「がんじがらめ……」


 俺は実里の頬に手を伸ばしたが、途中でその手を止めた。

 7年前、彼女に別れを告げた時、俺は彼女の言う通り、別れの理由を言わなかった。言葉を添えれば添えるほど、その後の彼女の人生を、未来を、縛り付けてしまうと思って。でも本当は、自らの弱さのせいで実里と別れを決意したことを、彼女に知られたくなかったのだ。


 とんでもなく自己中心的だった自分に、思わず吐き気がこみ上げてきた。あんなふうに、突然大好きだった人から別れを告げられて、理由もわからないまま宙ぶらりんになってしまった過去の実里の心を思うと、とてもじゃないがその場にまっすぐ立っていられなくなって、俺は膝を折った。


「ずっとずっと考えてた。どうして仁くんは私と別れようなんて言ったんだろうって。何度考えても答えは出なくて……。やっぱり私の地味で陰気な性格が、嫌になったんだって思うと、私、もう自分じゃいられなくなった」


 彼女の顔を見られない。俯いたまま、地面に降り積もる雪を凝視していた。


「大学生の間、本当に一秒だってあなたのことを忘れた瞬間はなかった。あの日も——自転車で事故に遭った日も、仁くんのことを思い出してはぼうっとしてて、命を失いかけた」


 7年間、苦しんでいたのはきっと彼女の方だ。俺はなんて浅はかなことをしたんだろう。実里の未来を本当に守りたいなら、あんなふうにして去るべきではなかった。

 逃げるべきではなかった。

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