第32話
彼女の嗚咽が落ち着くまで、俺は何も言わずに待っていた。先ほどよりも少しだけ、雪が弱まっている。ホワイトクリスマスの夜に、街で腕を組んで歩く恋人たちは今、どんな気分でこの雪を眺めているのだろう。
やがて実里は涙を止め、ハンカチでぐちゃぐちゃになった顔を拭ってから、俺に向き直った。
「私、ずっと分からなかった。どうしてあの日、あなたが私に別れを告げたのか。分からなくて、悔しくて、後悔して……。私ね、自分の性格にコンプレックスがあったの。地味で控えめで、クラスでは目立たなくて友達も少なくて。きっと根暗な自分を好いていてくれる人なんて誰もいないんだろうって思ってた」
実里の声が、高校時代の彼女の声に重なる。変わっていない。言葉の一つ一つにゆっくりと気持ちを乗せて話す彼女の姿を見て、高校時代にタイムスリップしたような心地がした。
「だけど、仁くんと出会って、仁くんは私を好きなってくれた。こんな地味で根暗な私をそのまま受け入れてくれた。それが嬉しくて、いつの間にかコンプレックスもなくなってたの」
2年7組の教室で、一人だけニットベストを着ていた彼女を思い出す。彼女は俺の好きな本を読んでいた。本の話をする時の彼女は活き活きとしていて、俺の心を夢中にさせた。地味で控えめだとか関係ない。あの日、一人でもまっすぐに自分の意思を貫いていた彼女を、俺は憧れのように感じていたんだ。
「仁くんと出会って、初めて自分を好きになった。私は私のままでいていいって、肯定してくれているような気がした。仁くんは私を抱きしめて、大好きをいっぱいくれた。私は、これまでの人生で今が一番幸せだって自信を持って言うことができたの」
夜の闇に沈む校庭に、うっすらと降り積もった雪が、彼女の白い肌を余計に際立たせる。
「仁くんとこの先の人生、ずっと一緒にいたい。大学に行っても、社会人になっても、当たり前のように私の隣にはあなたがいるんだと思ってた。……でもあなたは、私を置いて遠くに行ってしまった」
当時のことを思い出して苦しくなったのは、彼女も俺も同じだった。
大学受験で思うように力が出せず、自分が自分でいられなくなった日。
今思えば受験ぐらいで、と開き直ることもできるが、当時の俺には無理だった。
未来や将来という言葉は確かに希望をくれるけれど、時として出口のない暗闇の迷路に放り込まれたかのように、自分自身を縛り付ける。あの時の俺は、行先の分からない茫漠とした未来を前に、がんじがらめになっていたのだ。
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