第31話
「実里が嘘をついてるんじゃないかって思って、でも確信はもてなかった。10日前くらいに、ようやく実里の嘘が本当だって見抜けたよ。自転車に、乗ってただろ」
「……」
実里は声を上げない。
たぶん、もう自分の嘘がばれてしまったと分かって、抵抗する言葉も見つからないのだろう。ただ黙って、俺の次の言葉に耳を傾けていた。
「大学三年生の時に、自転車で乗っているところを事故に遭ったって言ってただろ。それから自転車に乗れなくなったんだって。でもきみはこの間自転車に乗っていた。ごく普通に、他の通行人を綺麗に避けて走っていた。あの姿を見てようやく確信したんだ。実里はもう事故のことをトラウマに思っていないんだって。そうと分かると、記憶が戻っていないというところさえ、嘘なんじゃないかって思った」
実里の表情が、ついに泣いてしまう寸前まで崩れる。もう俺は自分が走るのを止められなかった。
「だから試したんだ。もし実里の記憶が戻っているのなら、俺のことを思い出してくれているのなら、あのブログの存在も思い浮かぶんじゃないかって。最新の記事にコメントできみを誘い出した。あのコメントを読んでくれたから、今日ここに来てくれたんだろ……? やっぱりきみは、嘘をついていた。すべてが嘘、だったんだね。どうしてそんな嘘をついた? そうまでして俺に近づいた? 俺はその答えを今日、聞きに来たんだ」
頬を滑る冷たい何かが、雪なのか涙なのか分からない。涙って、あったかいんじゃなかったっけ。冷たいのは外が寒いから? それとも、目の前で涙を一筋こぼしている昔の恋人の気持ちが分からなくて知りたくて、でも分かりえなくて苦しいから?
実里は両手で顔面を覆い、とうとう溢れ出る涙をこらえきれなくなったのが分かった。
「ご、めん、なさい。ごめん……」
震える口から漏れ出てきたのは、地の底からこみ上げてくるような悔恨の念のように聞こえた。俺は実里に、謝ってほしわけじゃなかった。ただ実里の気持ちを知りたい。その一心で、「まつかぜ」にコメントを残したのだ。
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