第30話

 実里には実里の事情があったのだ。だからこそ、俺に嘘をついて近づき、今日ここにやって来てくれのだ。そんな彼女の想いを踏みにじるようなことはしたくない。


「初めておかしいなって思ったのは、喫茶店で話した時だった」


 嘘をついたことを責められるのではないと分かってほっとしたのか、実里はすんと真顔になって俺の話に耳を傾けた。


「喫茶店で話した時——確かあれは6月のことだったかな。俺が『好きな人はいないけど、今は元カノのことが気になっている』って言ったこと、覚えてる?」


「ええ」


 実里は静かに頷いた。あの会話は、俺だけでなく実里にとっても特別なものだったのだ。


「その時、実里は俺に嘘だって言ったよね。確かに、『好きな人はいない』っていうところは嘘だった。でもその後の『元カノのことが気になってる』っていうのは本当だよ。俺はきみを、実里のことを、また気にかけていたんだ」


「……」


 実里が頬を赤く染めて俯く。きっとそれは寒さのせいじゃない。俺は確かな感触を掴みながら、細い糸を慎重に手繰り寄せるようにして話を続けた。


「正直びっくりしたよ。久しぶりに会った実里の性格がガラッと変わってて、俺の知らない人になってたんだから。おまけに他人の嘘を見抜くことができるなんて言って、SNSでもそれをひけらかして。俺の知ってる実里は決して他人に自分の能力を自ら話すような人じゃなかった。だから最初は驚いたし、愚かだって思った」


 初めて実里のSNSを目にした時、俺は軽くめまいを覚えたのを思い出す。

 あの時の気持ち悪さはきっと、過去の実里と現在の実里とのギャップが生んだものだ。控えめで、だけど好きなことに夢中になって話をする昔の実里を思い出すと、他人の嘘を見抜く特殊能力があるなんて豪語する彼女を、怪物みたいだと思ってしまった。


「でも……でも、俺は実里と話していくうちに、やっぱり実里のことが好きなんだって思った。実里の隣にいる時が、俺が一番自分らしくいられる気がした。それは高校時代から変わらない。実里は変わってしまったと思っていたけれど、根っこの部分はたぶん昔のままだって、分かった」


 実里の眉が八の字に下がっていく。唇を噛み締めて、何かを我慢する小さな子供のような表情が広がる。

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