第28話
「はあ……」
だめだ。一人でいるとどうしても暗いことばかり考えてしまう。午後6時32分。多分もう、彼女はここには来ない。そもそも、昔のブログのコメント欄で待ち合わせなんかしたのが間違いだった。はなから彼女が来てくれるなんて思ってもいない。単に、俺の気が済むようにするための演出だった。これで彼女が来なければ、彼女は自分の今を生きていて、俺と未来の道を交えることはないのだと思い知ることができる。いつまでも彼女に囚われてがんじがらめになっている自分を解放できる。そのために、叶いもしない約束をネットの海に放り込んだのだ。
『もしきみが、七年前のことを覚えているのなら。
12月24日の18時に、校庭の松の木の下で待っています。
一緒にタイムカプセルを開けましょう』
名前は書かなかった。たった3行だけの約束だったが、過去の彼女が見れば何のことかはっきりと分かるはずだった。でも、記憶を失った彼女には、この3行を見たところで意味が分からないだろう。
結局は俺の自己満足だ。この結果になることは分かっていたのだから諦めて帰ろう——と地面から腰を浮かせたときだった。
ざっ、と雑踏を踏む音がしてはっと顔を上げた。
「遅くなって、ゴメン」
目の前に現れた彼女が、幻なんじゃないかと思って目を擦った。ちらちらと降る雪の向こうに佇む実里は、半年前に出会った明るく溌剌とした彼女とは別人のように思えた。
「実里……どうして」
思わず本音が漏れてしまい、自分の言動のおかしさに気づく。なんでって、俺が呼び出したんだろう。でも、なんで? あのブログを、実里はもう見ていないと思っていたのに。
「どうしてって、そっちが呼び出したんじゃない」
同じことを思った実里がすかさずそう返してくる。
「そうだ。そうだよな……」
肌に触れる雪の冷たさに、とうとう頭までおかしくなってしまったのか、と自分に聞いてみた。いや違う。おかしくなったのは、目の前に現れた待ち人のせいだ。
たった一人、俺がずっと心の中で待ち続けていた彼女の、せいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます