第25話


「……っ」


 分かってはいた。受験中、途中で退室してしまった俺に、受験の神様が微笑むはずがない。受験前にタイムカプセルなんか埋めて、彼女と青春を謳歌していた俺が、脇目も振らず必死に机にかじりついてきた他の受験生に敵うはずがないって。


 視界がだんだんとぼやけて、目の縁に熱がこもっていく。溜まりに溜まった涙は降り頻る雪と一緒に、地面に落下する。そうか。ダメだったやつは皆、絶望するしかないんだ。だからどんなに人数が多くても、歓声をあげる合格者たちの中で、埋もれてしまう。自分みたいに、泣いて、慟哭している人間だって多いはずなのに、圧倒的な喜びの海の中で、身を沈めるしか今ここで息をする方法が見つからないのだ。


 俺は重たい意識が途切れないように懸命に保ちながら、踵を返して大学を後にした。携帯を持っていない俺は、誰に報告することもなくその場を去る。今思えば、携帯がなくて良かったかもしれない。もし持っていたら、母親から電話が来るだろう。情けない結果を、今この瞬間に伝えなければならないことほどキツいものはない。


 ふと実里の顔が頭の中をよぎる。

 実里……ごめん。俺は、力を出しきれずに終わったよ。もうきみと、一緒にいる資格はないかもしれない。一年間、浪人することになったんだ。きみがいたら俺はまた、心のどこかできみを逃げ場にしてしまうだろう。


 それじゃダメなんだ。

 ふらつく足取りのまま、電車に乗って自宅の最寄駅で降りる。身体が勝手に、自宅ではなく実里の家の方に歩いていた。チャイムを鳴らすと、彼女が出てきた。今日、俺の合格発表があると知っていたから、待っていてくれたんだろう。携帯がない俺は、実里に報告をするには直接会うしかなかった。


 玄関から出てきた実里はまず、俺の顔を見て「大丈夫?」と口にした。相当疲れた顔をしていたのかもしれない。


 俺は、大丈夫、と口にすることができなかった。とても大丈夫とは言えない。自分の顔が強張っているのが分かる。実里の瞳が、不安げに揺れる。「仁くん」と聖母のような優しい声で俺の名前を呼んだ。それが、限界だった。


「実里、俺たち、別れよう」


 自分でも信じられないほど冷静で、冷たくて、血の通っていないような声だった。

 実里の目が大きく見開かれ、怪物でも見るような目で俺を見つめた。そうだ。俺は怪物なんだ。

 大好きなはずの彼女に、こんなにも冷たく一方的な感情を押し付けられる。自分の人生が上手くいかないことを、こんなにも彼女のせいにしたいと思っているのだから。

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