第24話

 試験の結果は散々だった。合否なんて見なくても分かる。数学の試験の途中で、俺は吐き気がひどくなり、一時退室までしてしまった。その後の教科ではなんとか机に向かうことができたが、解答用紙を半分も埋められなかった。帰りの電車で朦朧とした意識の中、自然と溢れ出てくる涙が、三年間履き続けた学ランを惨めに濡らしていく。こんなはずじゃなかった。単に実力を出しきれなかっただけなら、悔し涙を流すだけで済んだ。こんなやるせない気持ちになることはなかった。


 涙を流しながら、同じ車両に乗っている人たちが俺からそっと距離を置くのが分かった。そうだよな。変だよな。こんなところで泣いているなんて。馬鹿みたいだな。


 実里と出会い、幸せだった高校生活が頭の中でフラッシュバックする。

 もうあの日々には戻れない。

 

 3月9日、受験発表の日は白い雪がちらちらと降っていた。暦の上ではもう春のはずなのに、うんざりするほど空気が冷たい。


 俺は、マフラーと手袋をはめて家を出た。母親に「ついて行こうか?」と聞かれたが遠慮して。さすがに、うまくいかなかった大学試験の合格発表を親と見に行けるほど能天気な子供ではない。


 大学に着くと、すでに合格発表を待っている受験生で掲示板の前が溢れ返っていた。ここにいる人たちは皆、受験結果に自信があるんだろうか。ないんだろうか。友達と一緒に見にきている人なんて、どちらかが受かってどちらかが落ちてしまった時、どうするのだろう。


 自分以外のことなんてどうでもいいはずなのに、なぜか周りの人間にばかり気がいってしまっていた。本当は、結果を見るのが怖かったからかもしれない。気を逸らしていなければ、今ここで立っていられるかさえ、分からなかったから。


 やがて掲示板の前に、大きな模造紙のような紙を持った人間が現れる。あそこに、合格者の受験番号が書いてあるのだ。受験生たちの間に、一気に緊張感が走りその場の空気が張り詰めたものになる。お願いだ。なんでもいいから、俺を解放してくれ。もう一秒だって長く、この場にはいたくないんだ。


 ついに合格発表一覧が観衆の目前に晒される。

 ワアっと、歓喜の声が上がる。涙を流して母親に抱きつく女子がいる。友達とハイタッチする男子が、嬉し涙でその場に泣き崩れる人が、視界の端々に映り込む。不合格者の方が多いはずなのに、意識がいくのはどうしてか、合格者の方ばかりだった。


 俺は必死に自分の受験番号を探した。白い紙の上に羅列された番号の配列に、目がくらみそうになる。一つずつ番号を唱えながら、自分の番号が書いてあるはずの列までゆっくりと視線を這わせる。果たして、自分の番号は——なかった。


 

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