第23話


「これ、いつ開けるつもり?」


 ふと思い出したかのように実里が問う。そうだ、いつ開けるのか、俺は考えていなかった。ただタイムカプセルを埋めてみたいという一心でここに来たのだ。


「そうだな……明確には決めずに、掘り返したいと思ったタイミングでまた来るのはどう?」


「なにそれ、変なの。どっちも忘れてたらどうなるの」


「その時はそういう運命だったって思うしかないよ。てか、忘れてたらそもそも何も思わないし」


「ええ〜なんかロマンがないような……」


 唇を尖らせる実里がおかしくて可愛らしくて、俺は思わずしゃがんだ姿勢のまま彼女を抱きしめた。


「わ、何するの」


「ごめん。急に、好きだなって思って」


「今? 私だって、ずっと好きだよ」


 もう長いこと恋人同士なのに、どうして今更こんなに気持ちが溢れ出すのか、俺は自分でも不思議だった。相手が実里でなかったら、ここまで強い気持ちは育たなかったかもしれない。


 実里の髪の毛から、爽やかなシャンプーの香りがする。受験とか将来とか、たった18年しか生きていない自分に背負わされていた重圧が、するすると解けていくような居心地の良さを覚えた。香りは人の心を癒し、香りに紐づけられた思い出を思い起こさせる効果がある。もし、この先彼女と道を分かち、再会する日が来るとすれば、香りによって今日のこの日の出来事を思い出す日が来るのかもしれない。


 実里とタイムカプセルを埋めてからというもの、俺は来る国公立大学の二次試験に向けて、猛勉強をした。ラストスパート。最後の追い込み。どの教科の先生も同じような言葉を口にするたび、背筋が緊張感でひりついた。本番が近づくにつれて、みぞおちのあたりがきゅっと締め付けられるように痛かった。


 二次試験当日。

 寒いな、と思って朝目を覚ます。身体が重い。重くて寒くて熱い。嫌な予感しかしない。

 リビングに出て体温計を引っ張り出し脇に挟むと、38度5分を示した。


「仁、どうしたの?」


 朝食を作っていた母親が心配そうに俺の顔を覗き込む。今日は二次試験本番の日だ。もし熱があると知ったら、母親はきっと心配で居ても立ってもいられないだろう。


「いや……大丈夫」


 幸い頭痛などはなく、ただ身体が熱くだるいだけだった。だからなんとか立ってはいられる。この一年間、受験のために費やしてきた時間をふいにしたくない。実里とのデートだって電話だって我慢したんだ。実里は今も、我慢している。俺の受験が終わるまで、そっと見守ってくれている。そんな彼女の期待を裏切るようなことはしたくなかった。


 母親の愛情がこもった朝食を食べ終えた俺は、試験会場となる志望大学に向かうべく自宅を出た。2月下旬の冷たい風は、病気の俺の身体を容赦なく襲う。歯を食いしばりながら一歩ずつ前に進んだ。いつもよりゆっくりとした足取りで、確実に目的地へと近づいていた。

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