第18話

 彼女がこの日のことをSNSに投稿しなかったのは意外だった。あまり自信がなかったのだろうか。それとも単に忘れていたのか忙しかったからなのか、俺の些細な嘘は人目に晒されることはなかった。


 そのことに安堵を覚えたが、同時に寂しくもあった。彼女は俺が思っているほど、俺のことをそこまで考えてはくれていないのかもしれない。ともすればあの日、R食品会社のグループディスカッションで同じグループだった人全員と、俺のように情報交換と称して何度か会っているという可能性もある。今まで自分だけが特別なのではないかと思っていたが、完全に俺の思い違いで、勝手に一人舞い上がっているだけなのかも、と。それならばこれ以上彼女に対して期待したくないと思った俺は、彼女に「次の日曜日、また遊びに行きたい」というようなメッセージを送った。


 これまで何度も逢瀬を交わしてきた俺たちだったから、今度も実里は俺の誘いに乗ってくれると思っていた。だが、予想に反して実里からの返事は一日経っても、三日経っても、一週間経ってもこなかった。SNSの更新も止まっている。風邪でも引いて寝込んでいるのだろうか。そういえば前回会った時、ちょうど一週間後に本命の会社の最終面接があると言っていたから、余裕がないのかもしれない。何かと理由をつけて、彼女からの返信が来ない言い訳を並べ立てた。



 しかし、待てど暮らせどやはり実里から返信は来ない。メッセージは「既読」になっていたから、明確に無視をされていることになる。俺は凹んでしばらく食事が喉を通らず、就活にも身が入らなくなった。最終面接を控えていた会社の面接には心ここにあらず、の状態で向かったので当然落ちた。すべての会社で不合格をくらった。これまで潜り抜けてきた選考は全部無駄になった。虚しいほどの企業研究も、それなりに取り組んできたOB訪問も、努力はみな泡のようにあっけなく弾けてしまった。


 もはや自分は本当に就職したいのだろうかと思いつめるほどに落ち込み、自宅でだらだらとネットサーフィンにふけっていた。完全に廃人と化してしまっていた俺は、無意識のうちに検索窓に「ブログ まつかぜ」と打ち込んでいた。


「もうやってないよな」


 期待などまったくと言っていいほどしていなかった。単なる慰めに過ぎない。高校時代、携帯を持っていなかった俺が唯一オンラインで彼女と繋がれた場所。その場所が、今も変わらずに残っているとすれば、彼女は今、どんな言葉を綴っているだろうか。


 検索結果に表示されたタイトルには、飲食店のブログと思われるものが多かった。「まつかぜ」という屋号の店が全国にちらほら存在しており、予約サイトも並んでいた。


 諦め半分、好奇心半分の気分で画面を縦にスクロールしていくと、二ページ目の一番下に、それは現れた。


 Free Blog「まつかぜ」。


 自分以外誰もいない部屋の中で、息を凝らしてそのタイトルをタップする。


 途端、ぱっと表示された画面のデザインに、見覚えがあった。


「あった……」


 画面上にずらりと並んだ記事のタイトルは、「明日の五限目は大好きな古典」「昔は苦手だった村上春樹にハマってます」「今日、彼と見てきた映画が最高でした」と、高校時代に一度目にしたことのあるものだった。最終更新日は2018年3月8日になっている。俺が、彼女に別れを告げたのが2018年3月9日なので、その前日になる。3月9日は、俺が受験した大学の合格発表の日だった。


 最後のブログのタイトルは、「高校を卒業しました」というものだった。


 俺も当時読んだはずだったのだが、無意識のうちにその記事を再び開いていた。


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