第19話
『先日、三年間通った高校を卒業しました。入学の時、私は中学校と変わらず、教室でひとり、本を読んで退屈な授業を聞くだけの青春が始まるのだと思っていました。青春が痛かったり楽しかったりするのは、一部の明るい人間の特権なんだろうと。私みたいな、日陰でひっそりと生きている人間に、青春という言葉は重すぎるって。そんなふうに最初から決めつけていた私は、これから始まる高校生活に、何の意味も見出せずにいました。
でも、私が経験した高校三年間は、当初私が想像していたものとは180度違っていて、特に最後の一年半は、かけがえのない人と出会い、私にとって宝物の時間になりました。
気がつけば私は、痛かったり楽しかったり、苦しかったり嬉しかったり、自分でもびっくりするほど感情の波に飲まれていて。ああ、青春してるなって思ったんです。私のような人間でも、こんな痛みや喜びを味わえた。大切な三年間のことを、これからどんなことがあっても、この先一生忘れずに生きていきたいです。
最後に。
私の高校生活を色づけてくれた、かけがえのないあなたへ。
心から、ありがとう。
月並みだけど、これからもよろしくお願いします』
「ああ……」
自分の喉からかすれ声が出て、俺は口を手で覆った。
ブログに綴られていた当時の実里の想いの丈を知って、七年前にタイムスリップしたかのように、実里への気持ちが蘇る。再会してからも実里のことが気になっていたが、俺が好きだった実里は、本当の実里は、こんなにもあの日々を大切に思ってくれていたんだな。
胸に湧き上がる熱湯のような思いを、俺はもう抑えることができなくなっていた。
「高校を卒業しました」の記事の一番下のコメント欄をタップして、カーソルを合わせる。震える指で、俺は文字を打ち込んだ。
「実里へ。
俺です。覚えていますか?
今さらだけど、このブログを読みました。
懐かしくて、当時のことを思い出してしまっています。
実里はもう覚えていないと思うけど、俺の高校生活も実里の横で鮮やかに色を帯びていったんだ」
記憶を失くした彼女は、もう「まつかぜ」のことなんて覚えていないだろう。だから、コメント欄なんて見られることはないと思っていた。むしろ、読まれないと思ったからこそ、素直な気持ちを綴ることができる。
その日から俺は、実里の過去のブログを読み返しては、コメント欄を埋めていくという作業を繰り返した。気づいてほしいような、ほしくないような。どちらとも言えない気持ちで言葉を、今の俺の思いを残していく。知らない誰かに見られる可能性はあるが、このブログの更新自体、長い間止まっているので、誰も見ていない可能性の方が高いと思っている。
実里のブログを読み、過去を掘り返す作業は寂しくもあり、でも楽しくもあった。あの時の新鮮な気持ちがまだ、俺の中に残っていることが分かり、嬉しかったのだ。
俺の数少ない娯楽の一つとなった「まつかぜ」再読の時間は、夏が来て、秋が去り、冬の始まりまで続いた。
12月、街全体がクリスマスムードに包まれて華やいだ恋人たちの姿を目にすることが増えたいま、俺は内定0のまま、ただひたすら実里のことを考えていた。
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