第16話
「どうして俺に話してくれたの?」
俺が気になったのはそこだ。記憶喪失だなんて重大な身の上話を、なぜ彼女の中では出会ったばかりであるはずの俺に話したのか。
「うーん、何て言うか、きみなら受け止めてくれると思ったから、かな」
彼女は困ったように眉を下げて分かるようで分からない理由を教えてくれた。本心ではないとは思ったが、あまり深く立ち入ってほしくないことなのかもしれない。俺は「そっか」とだけ返事をした。
それからはお互いに無言でお酒を飲み干し、お会計という流れになった。
「今日はありがとう。私、話しすぎちゃったよね。ゴメン」
「いやそんなことないよ。楽しかった。こちらこそありがとう」
自分でも不思議なほどに素直な気持ちが口からこぼれ出ていた。外は暗くなっていたが、人通りが多い道に面しているから夜遅いという感覚にはならない。ネオンライトの看板がいくつも立ち並ぶこの街は、今の俺にはまぶしすぎた。
二人で同じ電車に乗り、最寄駅で下車した。電車の中で、実里は自分のSNSアカウントを教えてくれた。俺はあまりSNSをやらない方だったが、彼女のものと知っては見ないわけにはいかない。
最寄駅は同じだったので、駅から出て別れたあと、彼女のSNSを眺めながら歩いた。“呟きアプリ”を彼女はかなり使っているようで、一日に数件投稿していた。
『今日は就活でまた嘘を見破っちゃいました。同じグループの子だったんだけど、グルディス、初めてじゃないのに初めてだって言ってたんだ〜。まあ、結構どうでもいい内容でゴメンネ!』
ちょうど一週間前のR食品会社でのグループディスカッションでの話だ。百件もの「いいね」がついている。ふとフォロワーの数を確認してみると、なんと3206人。ついでに目に入ってきたプロフィールには、「他人の嘘を見抜くことできる、不思議な力を持ってます」と記載されている。俺は食い入るようにして一つ上の投稿を見つめた。
『あと、もう一人嘘ついてる人がいてね。その人、本当は大学院生じゃなくてフリーターなのに、大学院生って偽って自己紹介してたの。さすがにちょっとびっくりした』
俺のことだ。「いいね」は152件。コメントもたくさん来ていて、『経歴詐称乙』『即アウトだろww』『嘘つくメリットある?』と俺を批判する声が相次いで寄せられていた。
それに対し、実里は特に返信などはしておらず、気にすることはないのだろうけれど、反射的にスマホの画面から目を逸らしてしまった。苦いコーヒーを飲んで胃の中で酸が渦を巻いていくような気持ち悪さを覚えた。はっきりとは見なかったが、他にも実里の呟きはほとんどが「他人の嘘を見抜いた話」で、聴衆は彼女の話を面白おかしく楽しんでいるようだった。
なぜ、実里はこのSNSを俺に見せたのだろうか。
そもそもどうして、こんなことを呟き続けるのだろうか。
見ていてあまりいい気分はしなかったので、俺はスマホの画面を閉じ、消沈した足取りで下宿先まで帰宅していた。
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