第14話
「今日は何してたの?」
今度は実里の方が俺にそう聞いた。料理が運ばれてくるまでのこの時間は、まだ気持ちも温まっておらず、女の子とこうして二人で顔を突き合わせるのにはいささか気力がいる。だからこの時ばかりは、積極的な彼女の存在がありがたかった。
「採点バイトしてた。就活がない日は大抵バイトしてるかな。みの——松葉さんは?」
「私は修士論文の準備。半年後には中間発表があるのよ。ハードスケジュールだと思わない?」
「はあ」
理系だった俺は卒論を書くのが自由だったため、正直なところ実里が苦しんでいることに理解できない。まあ、卒業論文と修士論文では難易度もまったく違うのだろうけれど。大学院を辞めてしまった俺には、どちらにせよ理解しがたいものだった。
「大変なんだね。頑張って」
「ありがとう」
ありきたりな励ましの言葉しか出てこなくて、俺は再び水を飲んだ。しばらくしてピザが運ばれてくる。香ばしい匂いに、実里が思わず「美味しそう!」と感嘆の声を上げる。3回目でもこんな反応ができるのは素敵なことだ。
「いただきます!」
嬉しそうに無邪気な笑顔で手を合わせる実里は、高校時代の彼女に少し似ていた。
だが、やはり納得いかない。どうしても、今目の前にいる実里が、昔交際していた女の子だという事実を受け入れられない自分がいた。
「どうしたの?」
運ばれていたピザをそのままに、微動だにせず考え事をしていた俺を見て、実里がそう聞いた。
「……いや、なんか新鮮だなと思って」
「何が?」
「みの——いや、就活で出会った女の子とこうしてご飯を食べていること」
本当は目の前の実里が、記憶の中の実里とは違うことに混乱している、などとは口が裂けても言えなかった。
「ふふ、確かにそうよね。私も初めてだよ? 誰でも彼でも誘ってるわけじゃないからね」
意味深なことを言いながらピザにかぶりつく実里。豪快な食べ方だ。昔の実里だったら、口元にソースがつかないか、服に具材を落とさないか心配しながら、お箸でピザを掴んで食べていただろう。
俺も彼女につられてピザを食べる。エビとイカが乗ったオイルベースのピザは、魚介の風味がふんわりと鼻に抜けて大人の味わい、といったところだった。
しばらくお互いの就活の話や世間話をして盛り上がった。最初は彼女と何を話せばいいのかもっと迷うのかと思っていたのだが、彼女が会話の主導権を握ってくれたおかげで、話題に尽きることはなかった。だが、昔のように本の話などは一切しない。彼女はもう、本を読まないのだろうか。記憶との齟齬に、俺は頭を悩ませた。
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