第13話

 翌日、昼間に高校生模試の採点バイトを終えた俺は、約束通り実里と待ち合わせをしているカフェに向かった。カフェで夜ごはんなんていつぶりだろう。普段研究室の仲間とご飯に行く時は必ず居酒屋だったし、大学院を辞めた今は、一緒に飲みに行く友達もいない。なんだか寂しくなってきたとお店の前で感傷に浸っていると、実里が姿を現した。


「ごめん、待った? でも一分前! セーフ」


「あ、ああ。大丈夫だよ」


「良かったー。きみって心広いんだね。さ、入ろう」


 慣れない「きみ」という呼び方に背筋が伸びる。実里と付き合っていた頃、彼女は俺のことを「仁くん」と呼んでいた。あの頃の彼女と目の前にいる彼女との差に、やっぱり頭が混乱してくる。


「いらっしゃいませー」


 実里が指定してきたカフェは俺と彼女の自宅からは電車で四駅のところにある、小洒落た街のカフェだった。女性はこういう街にショッピングなどをしに来るのかもしれないが、男の俺はそもそも駅に降り立ったのがほとんど初めてだった。


 ゆえに、店内も落ち着いた暗い照明に観葉植物がそこかしこに置かれているという、お洒落な内観をしていた。


 俺は反射的に萎縮しながら店員から案内された席まで歩く。反対に実里はこういう店に慣れているのか、特に何も気にする様子もなく、俺と反対側の席についた。


「ここ、前にも来たことがあるんだけど、ピザが美味しいの。私、これにする」


 メニュー表を広げて三秒でメニューを決めた実里に、俺は焦り出す。


「あ、えっと……」


「はは、ゆっくりでいいよ」


 余裕の笑みで俺がメニューを決めるのを待つ実里は、お冷やグラスに口をつけた。グラスにほんのりと残るリップの跡が、俺が置き忘れた七年間の空白を思い知らせた。


「これにします」


 俺が頼んだのは実里と同じピザだった。散々悩んだ結果、結局おすすめされたものを選んだ。

味は違うので、まあいいだろう。

 彼女が「すみませーん」と店員さんを呼び、さっとメニューを注文する。


「何か飲む?」


 さらっと実里にそう聞かれて、迷う暇もなく、


「じゃあビールを……」


 と反射的に答えてしまう。


「生ビールと、ミモザ、お願いします」


「かしこまりました」


 実里はなんでもないふうに注文を終えると、メニュー表を片付けて端に寄せた。


「ここ、よく来るの?」


「ええ。といっても二回しか来たことないけど。友達とカフェ巡りするのが好きだから」


「へえ」


 カフェ巡りか。俺と付き合っていた頃はそんなことは言っていなかった。カフェに行ったことは確かに何回かあるけれど、取り立ててカフェ巡りが好きだという話はしたことがない。


 俺は彼女と同じように、お冷やグラスに口をつける。冷たい液体が、俺の食道や胃まで萎縮させるようにツンと滑り落ちた。


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