第2話

 採用担当の男が各グループに資料を配り終えたところで開始の合図をした。俺たちはさっそく配られた資料を各自で読み込む。議題は、「新商品カップ麺『九州ヌードル柚子胡椒味』の売上年間10億円を達成する具体的なプランを考えよ」というものだった。議題の書かれた紙を一枚めくると、カップ麺の特徴や、同社が販売する他のカップ麺の売上のデータがずらりと並んでいる。眺めるだけで頭が痛くなりそうなものだったが、グループのメンバーは皆黙々と資料を読んでいた。


 ちらりと横目で実里の方を見ると、顎に手を当てて何か考え込んでいた。その風貌を見ると、いかにも賢そうで、自分が彼女と同じ年齢であることを忘れそうになる。


「みんな、読んだ?」


 5分程して実里が顔を上げて全員に声をかけた。グループディスカッションはとにかく時間が短い。資料を読み、意見をまとめて発表するところまでこぎつけるには、正確なタイムキープと,

ここぞという時に無理やりにでも意見をまとめられるリーダーが必要だ。その大事な役目を彼女が買って出ているように思われた。


「読みました」


「私も」


「僕もです」


 全員が資料を読んだのを確認すると、予想通り彼女が舵をとり、「じゃあまずはペルソナを考えましょう」と切り出したのだった。


 グループディスカッションは思いの外白熱し、30分間誰一人として顔を下げなかった。誰かが意見を言うと、すかさず実里が「それはとてもいいね。じゃあこっちはどう?」と相手の意見を肯定しつつ、新しい論点をついていった。そんな彼女の議論の進め方は審査員にもよく映ったのか、そばで見ていた社員たちが神妙に頷いているのが見えた。


 無事に発表まで終えた俺たちは程よく燃え尽きていた。議論が始まる前までは固まっていた女子も大きく伸びをする。


「あー疲れたね。発表、いい感触だった」


「そうですね。でもこの中で誰か落ちるなんて信じられないです」


「そうとは限らないよ。グループディスカッションって、会社にもよるけど一つのグループの中から合格者・不合格者を出すこともあれば、全員合格になったり不合格になったりすることもあるんだって。まあこれは噂だし、本当か嘘か分からないけどね」


 実里が最後にそんな豆知識を披露し、その場はお開きとなった。

 今回のディスカッションがうまくいったのは、間違いなく実里のおかげだ。実里以外、自ら積極的に議論を進めようという気概のある人間が、あの中にはいなかった。

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