第2章

りつが鬼の子だと聞いた日から五年が過ぎ、りつは十歳になった。

老人の忠告を受けた俺は、更にりつを大切に育てた。

他の子と違うところが現れても、りつが戸惑わないようにしっかりと導いてやるつもりだった。

だが、十歳になった今も、りつは人の子と何ら変わりはない。

角も牙も生えていない。特別身体が大きいわけでもない。どちらかというと、同じ年の子と比べて小柄な方だ。

ただ違うといえば、髪色が珍しい藤色をしているということぐらいだろうか。


「ゆきはる、どうしたの?」


ふいにりつの顔が、俺の目の前に現れる。

大きな目と赤い唇の愛らしい顔に、俺は堪らず笑顔になる。


「ん?りつの髪は綺麗な色をしていると思って見とれていた。ずいぶん伸びたな」

「えー、そうかな?変な色じゃない?」

「変じゃない。俺の好きな色だ」

「そっか!ゆきはるが好きならいいや。でも…僕の髪、長いと思うんだ。切っちゃだめ?」

「長いのは嫌か?せっかくの綺麗な髪だし、この手触りも好きなのだが」


縁側に腰かけていた俺は、りつを膝の上に乗せると、背中まで伸びた髪を指でいてやる。

俺と同じ方を向いて大人しく座っていたりつが、ぴょこんと顔を上向けて俺を見た。


「ふふっ、くすぐったい!仕方ないなぁ。ゆきはるに髪の毛触られるの好きだから、まだ切らないでいてあげる」

「そうか。それは嬉しい」


りつは、俺の膝の上で身体の向きを変えると、真正面から俺をじーっと見つめた。


「なんだ?」

「うーん…。ゆきはるって、変わらないね」

「ん?」

「僕の小さい頃から、ずっと綺麗な顔してる!」

「そうか?よく見れば白髪やしわがあるだろう」

「ない!さよちゃんもゆきはるのこと、若くて男前だって言ってたよ!」

「さよちゃんが?」


俺は、苦笑しながらりつの頬をそっと撫でた。



昔、妻だった女に言われた。

俺が老けないから怖いと。

あの頃は、少々若く見えるだけなのに何を言ってるのかと気にも留めなかった。

だが、女と別れて一人で暮らすようになり数年が経った頃、瓶の中の水に映る自分を見て、さすがに怖くなった。

俺の容姿が、老けない。

俺は今、四十だ。なのに、見た目は若者だ。見た目だけでなく、体力も全く落ちてはいない。

なぜだ?

そう考えて思い当たるのは、やはり父親のこと。

父親は、どこからともなく現れた男で出自がはっきりとしない。

俺の物心着く前にいなくなってしまったから、父親のことをよく知らないのだが、祖父母が言うには、若くて綺麗な青年だったと。でも若いのに、時おり年寄り臭いことを言う不思議な男だったと。


俺は、そんな父親の血を引いている。




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