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「この子が赤子の時に、母親と倒れている所を助けたのです。母親は病気だったらしく、すぐに身罷みまかってしまった。一人残った赤子を里に預けようと思ったが、たった一晩共に過しただけで情が湧いてしまって。俺が大事に育てようと決めたのです」

「なるほど。生半可な気持ちでは人の子は育てられぬ。ましてや血の繋がりのない子を、こんなにも慈しんで育てているお主は立派じゃな。これからもずっと、大切に慈しんでやりなさい」

「言われなくとも」


「ふむ」と頷いて、老人がりつを見て微笑む。

俺と老人の長い話に飽きたのか、りつは、少し離れた場所に行って、珍しい鳥をじっと見つめている。


「ところで」


老人が、俺のすぐ傍に近寄り首を伸ばすと、耳元でとても小さな声で話し出した。


「お主が気づいておらぬようだから、忠告しておこうかの。…あの子は、他の子とは違うぞ。この先、計り知れぬ苦労が降り掛かってくるかもしれぬ。それでも、あの子の家族になると決めたからには、必ず守ってやって欲しい」

「それはどういう…」


俺は、ぎろりと老人をにらんで低い声を出す。

そんな俺に、老人が口元に指を立てて俺を目で制する。


「静かに。あの坊やに聞かれてはならんよ。わしはな、こう見えて坊主なんじゃ。生臭坊主じゃが、修験者みたいなこともやっておる。だからか普通でない者が何となくわかってな…。坊やは…まだ幼いから人のなりをしておるが、鬼の子じゃな」

「……は?」


俺は一瞬、老人が何を言ってるのか理解できなかった。


「今…なんと…」

「鬼の子じゃと言うた。お主が助けたという母親は、人だったか?それならば、人と鬼の間の子じゃの。そのうち、本人の自覚なく不思議な力を発揮するかもしれん。半分は人だからわからんが、角が生えてくるかもしれん。その時坊やが戸惑わぬよう、お主が導いてあげなさい」

「……鬼」


老人が、穏やかな表情で頷くと、「坊や、何を見てるのかね」と言いながら、りつに近寄る。

俺は、老人の背中を見やりながら、今言われたことを頭の中で反芻はんすうした。


りつが…鬼?…そういえば、りつの母親は、村人に殺されそうになったと言っていた。それは、鬼の子を産んだことで、村人に迫害されたからなのか?でも…今のところ、りつは普通の子供と何ら変わらない。なら老人が嘘を言ってるのか?しかし、俺にそんな嘘をついて何になる。それに老人は嘘をつくようには見えない。一応、気をつけておくか…。


「ゆきはる!見て、可愛い鳥だよっ」


りつの可愛いらしい声に、俺は瞬時に笑顔になる。


「ん?どこだ?」

「あそこ!あの枝の所で休んでるみたいなの。そーっと来てね」


俺は、ゆっくりとりつの元へ歩きながら、しかしと思う。


しかし、りつが何者であろうとも、俺の大切な者に変わりはない。俺が守るべき、一番大切な宝。それに俺は……。


りつに手を握られて、ハッと意識を戻す。

りつが指差した先を見て、俺は自然と笑顔になる。


「ね?可愛いでしょ?」

「ああ可愛いな。だが、りつの方がもっと可愛いぞ」

「うふふっ、ゆきはる、ありがとう!」


ぎゅっと俺の腰に抱きつく、りつの頭を撫でてやる。

そんな俺達を、老人が優しく微笑んで見ていた。

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