9

翌朝、山に入る準備をしている時に、りつが起きてきた。

土間に置いてある籠に入った斧や縄紐を見て、「山に行くの?」と聞いてくる。


「ああ。再来年用の薪を切っておこうと思ってな。ついでに山小屋から今年用の薪も持って来るつもりだ」

「僕も行く!」

「もちろんだ。薪を運ぶのを手伝ってくれるか?」

「うんっ!顔洗って着替えるから待っててね」

「ゆっくりでいいぞ。俺も飯がまだだ」

「はーい」


ゆっくりでいいと言ったのに、りつは慌てて土間に降りて、瓶の中から水をすくい顔を洗う。

俺が渡した手拭いで顔を拭くと、また慌てて板間に戻って着替え始めた。


なんとか自分で着物を着たけど、少し着崩れている。

俺が苦笑しながら整えてやると、「ありがとう!」と抱きついてきた。


「ふっ、りつは元気だ。このままずっと元気で育ってくれよ」

「うん、僕は元気だよっ」


可愛らしい笑顔を見せるりつの頭を撫でて、俺も笑い返す。

我が子を幼い頃に亡くした恐怖からか、りつが少しでも元気がないと、どうしようもなく焦ってしまう。

囲炉裏の傍に座り両手を合わせ、大きな碗を持ち飯を食べるりつを見て、どんな事からも俺が守ると改めて強く誓った。



俺とりつは、家から少し奥に入った所にある小屋に向かった。

四半刻もかからずに小屋に着く。

小屋の前に籠を下ろすと、俺は斧と縄を持って、りつの手を引きながら木々が生い茂る細い道に入った。


「あっ、ゆきはるー!この木は?」

「お、いいな。よし、少し下がってろ」


りつを後ろにさがらせて、りつが指し示した枝を掴む。右手に持っていた斧を数回打ち込むと、薪にちょうどいい太さの枝が切れた。

俺とりつは、楽しく話しながら薪にする木を集めた。たくさん集まると縄で縛り、大きな塊が二つ出来たところで一旦小屋に戻ることにした。

小屋に戻り、りつに「遠くに行くなよ」と言い置いて、縄を解いて太い木と細い木を選別する。

太い木を斧で割ることに集中していると、ふと先程まで聞こえていたりつの声が消えていることに気づいた。

その瞬間、俺の身体が凍りつく。


「りつ!」


斧を放り投げて小屋の周りを走って捜したが、りつの姿が見当たらない。

俺の身体が、怖いくらいに震え出した。


「りつ!どこだっ!返事をしろっ!」


俺は、喉が裂けんばかりに叫んで、りつの足で行けそうな場所を捜し回った。


「りつ!」

「…ゆき……っ」


りつがいなくなったことで、俺の頭が狂いそうになったその時、りつの声がかすかに聞こえてきた。


「りつ?どこだっ!」

「こっちだよ…」


声がする方へと急いで駆けて行くと、大きな岩の陰からりつが顔を出した。

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