第26話 聖騎士

 門を抜けると、そこには懐かしい王都の街並みがあった。


 ああ、懐かしいな。


 このうるさい喧騒とごった返す人混み。


 言うまでもなく、王都は王国で最大の都市だ。


 帝国の台頭までは世界でも一、二を争う世界都市だった。


 そんな王都の街並みは今でも変わっていなかった。



「ここが……王都……」


 すると、隣を歩くリヴィアが小さくそう呟いた。


「こんなに人がいるのは初めてか?」


「は、はい。そうですね。人がこんなにいるのは……初めてです」


 リヴィアは緊張したような声音でそう言った。


 まぁ、そうだよな。


 帝国の奴隷ルートに巻き込まれてしまったリヴィアにとって、これほどの人混みは緊張してしまうだろう。


「リヴィア……? 大丈夫か?」


 俺はリヴィアの顔色を伺う。


「そ、その……手を……手を繋いで欲しいです。はぐれたくないので……」


 すると、リヴィアはその震える小さな手を俺に差し出した。


 ……可愛い。


 俺はリヴィアのその仕草に心が打たれ、今まで少しなりを潜めていたリヴィアの可愛さを改めて認識した。


「ああ、そうだな……」


 俺はあまりの可愛さを放つリヴィアから視線を逸らしながら、その小さな手を取った。





 **********





 王都をしばらく徘徊すること一時間。


 リヴィアは既に人混みに慣れてしまったようで、自由気ままに王都を楽しんでいた。


 リヴィアがちゃんと人混みに順応できてよかった。


 やっぱり主人公なだけあって、リヴィアは強い子なんだなぁ。


 俺はリヴィアを遠い目で見ながら、安堵の息を漏らした。



「見てください! キースさん!」


 すると、遠くの方から奇妙な形のスイーツを持ったリヴィアが走ってきた。


 な、なんだあれ……。


 なんか……見たことがあるような……。


 俺は既視感しかない紫色の謎のスイーツを見つめながら、嫌な予感がした。


「キースさん! 一緒に食べましょう!」


 リヴィアが尊い笑みを浮かべながら、俺に近づいて来る。


 しかし、リヴィアのすぐ目の前には銀色の鎧をまとった男の姿があった。


 まずい。リヴィアにはあの男が見えていない。


 このままじゃ、リヴィアが謎のスイーツを持ったまま、あの人にぶつかってしまう。


「リヴィア! 危な……あ……」


 俺は大声でリヴィアを呼び止めるも、既に手遅れだった。


 リヴィアは鎧の男と激突し、その場で倒れ込んでしまった。


「だ、大丈夫か? 怪我してないか?」


 俺は倒れ込んでしまったリヴィアに近づき、リヴィアの様子を伺う。


「は、はい……なんとか……でも、スイーツが……」


 リヴィアは顔を上げ、悲しそうな表情を浮かべながら地面を見つめる。


 地面には無惨にもぐちゃぐちゃになってしまった紫色のスイーツがあった。


「大丈夫。また買ってあげるから」


 まぁ、ちょっと変な形のスイーツだけど、リヴィアが好きなら幾らでも買ってあげよう。


 それでリヴィアが少しでも喜んでくれるなら……。


 俺はリヴィアに手を差し伸べ、リヴィアを立ち上がらせる。


「…………ん?」


 その時、不意に周りを見渡すと、何故か周りのほとんどの人々は俺達の方を見つめていた。


 あれ? どうして見られているんだろうか。


「お前ら……何をしたか分かってるのか?」


 すると、次の瞬間、冷たい声が俺の背後から聞こえてきた。


 背後を振り返ると、そこにはリヴィアがぶつかってしまった銀色の鎧をまとった男が立っていた。


 男の表情はゾッとするほど冷たく、蔑むような視線を俺とリヴィアに突き刺していた。


「……ああ、すまない。ぶつかってしまって」


 俺は男に頭を下げ、その場を離れようとした。


「……お前ら、この街でのルールが分かってないみたいだな」


 すると、鎧の男は離れようとする俺の肩を掴んで、そう言った。


「俺は聖騎士だ。つまり、この街の王だ。その王に、その小娘がぶつかってしまった。その意味が分からないのか?」


 鎧の男……もとい聖騎士は表情筋をピクピクさせながら、そう言い放った。


 この街の王って、この街の王は国王だろ。


 俺はふとアレクシスの言葉を思い出した。


『王であろうと聖教会には逆らえない』


 その言葉はまるまる、目の前の聖騎士が言うことに当てはまっている気がした。



 聖騎士が王都で横行な振る舞いをしているとは聞いていたが……。


 リヴィアがぶつかっただけで、ここまで横暴になれるのか……。


 俺は溜息が出そうになりながらも、何とかそれを抑え込む。


「……すみません。王都には久しぶりに来たもので……」


 俺は聖騎士に深々と頭を下げた。


 俺としても、ここで問題を起こす訳にはいかなかった。


 これで解決できるなら、これ以上安いものはなかった。


「ダメだ。お前らはここで神の審判を受ける」


 俺の謝罪がまるで耳に入っていなかったのか、聖騎士は腰から長剣を取り出した。


 え? 嘘だろ? ぶつかっただけだよな?


 剣を抜いたってことは……そういうことなのか?


 俺は目の前の聖騎士の行動に、目を丸くして驚くしかなかった。


「ねぇ、キースさん。この人は消してもいい人……?」


 すると、そんな聖騎士の行動を見てか、リヴィアが小さくそう呟いた。


「い、いや、待て。ここで騒ぎを起こしたら……」


 俺はそんなリヴィアを何とか静止し、目の前の聖騎士の様子を伺う。


「無礼にも聖騎士様にぶつかった罰だ。ここで死ね」


 聖騎士は冷たい声音でそう言うと、長剣を空に高く振り上げた。


 あ……。ダメだ。


 アレクシスが聖騎士の振る舞いが酷いと言っていたけど、ここまでのものなのか?


 こんな無茶苦茶なのか!?


 俺は内心焦りまくる。


 目の前を見ると聖騎士が今にも剣を振りおろそうとしているし、後ろを見てみるとリヴィアが今にも聖騎士を消し飛ばしそうな魔力を集めている。


 ま、まずい……。


 ここは聖騎士には気絶してもらうか……?


 いや、そうなると聖騎士団を敵に回すことに……。


 いや、もうそれしかないだろ!


 俺も最終手段を使おうと、剣に手をかけた。


「死ね。愚か者共」


 目の前の聖騎士が剣を勢いよく振り下ろした。


 その次の瞬間だった。


 聖騎士の頭にクソでかい本が通り過ぎた。


 比喩なんかじゃなくて、本当にクソでかい本が聖騎士を吹き飛ばした。


 聖騎士はそのせいで意識を失い、その場で倒れてしまった。



 聖騎士が倒れ込み、クソでかい本を持った人物が明らかになる。



「ふっふっふっ! 使徒様! 女神様! 助けに参りましたよ!」


 そこには修道服を着た黒髪の謎の少女が立っていた。


 その少女の着ている修道服は……いつもネルが着ているヤツだった。


 それに黒髪の少女が持っているクソでかい本は……よく見ると女神教の教典だ。



 次の瞬間、俺の脳裏についさっきの門番のセリフが過ぎった。


 確か、門番は新興宗教の出現のせいで王都の治安が悪化してるとか言ってたよな……。



 いや、新興宗教って女神教じゃねぇか。

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