第27話 女神教王都支部

「あれ? 使徒様? どうしたのですか? あまり顔色が良くなさそうですが……」


 目の前の黒髪シスターは俺の顔を覗き込みながら、そう言った。


「ち、ちょっと待って……状況があまり理解できなくて……」


 俺はそんな黒髪シスターにそう言って、目の前で気を失っている聖騎士を見つめる。


 うん……完全に気絶している。


 これって、めちゃくちゃまずいんじゃないか?


 ぶつかったぐらいで殺そうとしてきた聖騎士を、思っきり気絶させてしまった。


 そんなトンデモ集団になってしまった聖騎士の報復は言うまでもなく想像できる。


「ああ、この聖騎士のことが心配なんですか? ふふっ、それなら大丈夫ですよ!」


 黒髪シスターは俺の様子を見兼ねてか、そう言った。


「え? な、なに? どうにかできるの?」


「おらっ! 何が聖教だ! ふざけんな! 早くくたばってください!」


 黒髪シスターは笑みを浮かべながら、気絶している聖騎士を足で思いっきり蹴り始めた。


 唐突に死体蹴りを始めた黒髪シスターに、俺は血の気が引いてしまう。


「な、何やってんだ!? やばいだろ!!」


 そう叫びながら周りを見渡してみると、そこには群衆たちの冷たい目があった。


 とにかくやばい。


 この状況をとんでもない人数に目撃されている。


 多分、俺もこの黒髪シスターの仲間だと思われているはずだ。


 やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。


「と、とにかく逃げるしかない……」


 俺は顔面蒼白になりながら、黒髪シスターとリヴィアを抱えて走り出した。


「あ、あのっ!? 使徒様!? まだ死体の処理が……!」


 無理矢理抱き抱えた黒髪シスターは、身を捩りながら抵抗してくる。


 くそ! 死体の処理ってなんだよ!


 こいつおかしいだろ!


 まんまアイツじゃねぇか!


 俺はネルの顔を思い浮かべながら、心の中で悪態を吐きまくった。





 **********





「はぁはぁはぁ……ここまで来れば……」


 俺は入り組んだ路地裏の更に逃げ込んだ。


 ゆっくりとリヴィアと黒髪シスターを下ろし、何とか息を整えた。


「使徒様? どうして逃げられたのですか? あそこで始末しておけば……」


「い、いやいや待て。お前は一体何者なんだ? 説明してくれ」


 平然とした表情のままの黒髪シスターに、俺はそう説明を求めた。


 いや、まぁ大体勘づいている。


 どうせ、コイツも女神教のネルみたいなヤバい奴なのは分かってる。


 それでも、王都で聖騎士を気絶させておいて平然としているのは理解できなかった。


 俺はこの黒髪シスターの正体を知る必要があった。


「私は女神教王都担当司祭のシルヴィアです! 主に王都でテロ活動をしています!」


 まるで聖母のような朗らかな笑みを浮かべるシルヴィア。


 発言の内容さえ考慮しなければ、優しそうな少女だった。


 しかし、発言の内容があまりに異様すぎた。


 こんな笑顔でテロ活動をしてますって言うのか……。


 い、いや、相手は女神教を信じるヤバい奴だ。普通に有り得る話なのか……。


 俺は困惑しながらも、何とか状況を飲み込む。


「あんなことをして、聖騎士に捕まらないのか? どうやって今まで生きてこれたんだ?」


 俺は声を震わせながらシルヴィアにそう尋ねた。


 そうだ。明らかにおかしい。


 聖騎士をあんな簡単に気絶させておいて、それでもなお逃げようとしなかった。


 明らかに聖騎士の力から逃れる術があるとしか思えなかった。


「ふふっ、私たちにはネル様から授かった最上級の隠蔽魔法があるんです! 私たちは隠蔽魔法を使って王都で活動をしているのです!」


 シルヴィアは手に持っていた教典を、俺の目の前でふっと消して見せた。


 俺の目でも魔力の流れが小さすぎて見えなかった。


 今のが隠蔽魔法なのか?


 こんな高度な隠蔽魔法、見たこともなければ聞いたこともない。


 もしかして……ネルって想像以上に凄いのか?


「ねぇキースさん。この人は私たちの仲間なんだよね?」


 そんなことを考えていると、ふと俺の袖をリヴィアが掴んできた。


「え? 仲間……? 仲間か……? そ、そうなのか……?」


 俺はリヴィアの言葉に少し困惑してしまう。


 シルヴィアは仲間でいいのか?


 いくら女神教徒でネルの知り合いと言えど……こんなヤバい奴を信じていいのか?


「なるほど……! 使徒様と女神様は私たちが信者である証拠が欲しいのですね? ふふっ、それなら……」


 シルヴィアは顔を近づけながら、そう言った。


「い、いや、別にそういう意味じゃないけど……」


「私たちの信仰心……見ててください!!」


 シルヴィアはそう言うと、指をパチンと鳴らした。


「え? な、何を……?」


 俺はシルヴィアの意味不明な行動の数々に、ただ困惑するしかなかった。


 しかし、次の瞬間にはシルヴィアの発言の意味を知ることとなってしまった。


「な、なんだ!? この音!?」


 突如してずっと向こうの方から爆発音が聞こえてきた。


 その爆発音は明らかに異常な音圧で、周囲のものを吹き飛ばすほどの衝撃を伴った。


 カタカタと揺れる建物を横目に、爆発音のした方に視線を移す。


「な、なんだあれ!?」


 そこには建物の大きさほどの禍々しいモンスターが出没していた。


「ふふっ! あれは超大型モンスター裁きの審判くんです! 私の固有能力で作ったんですよ! ちなみに教典の第3章にある邪教を裁く神の獣がモチーフです」


 シルヴィアはその豊満な胸をポンっと叩き、自慢げにそう言い放った。


「ま、待て待て待て! お前! 街中であんなの放ったらヤバいだろ!」


 俺はシルヴィアの両肩を掴み、大声でそう詰めかけた。


「いえいえ、待ってください。この街は憎き聖教の総本山ですよ? 何しても良いじゃないですか」


 シルヴィアはキョトンとした表情でそう答えた。


 あ、ああ、ダメだ……。


 シルヴィアもすっかりネルに毒されている。


 女神教が出てきてから数ヶ月の間、ネルはどんな手でこんな狂信者を生み出したんだ?


 い、いや待て。そんなこと考えてる暇はない。


 まずはあのモンスターを止めないとダメだ。


「く、くそ!! リヴィア! シルヴィアを見張っててくれ!」


 俺はリヴィアにそう告げ、その場から走り出した。

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